第2話 駅の二階のサンタクロース
「この駅の上に、何かあるのかい?」
「ええ、そうなんです。僕ら、実は『サンタクロ―ス組合』の事務局やってて、今夜はここの二階を借りてプレゼント発送の基地にしてるんです」
男の子が、笑顔でうなずく。
「クリスマス・イブですから。今夜はフル稼働ですよね、それは」
当然のような顔をして、女の子がそう言った。
そう言えば、クリスマスの夜に子供たちにプレゼントを届ける活動をしている、学生ボランティアのレポート記事を読んだことがある。きっと彼らもそんな活動をする団体に参加しているのだろう。
面白そうだな、と私は思った。どうせホテルに戻っても、あの狭いベッドで寝るだけだ。特に急いで帰る理由もない。
じゃあ、お言葉に甘えて、ちょっとだけお邪魔するよというと、二人は顔を見合わせて嬉しそうに笑った。その時に気づいたが、この二人の顔はよく似ていた。
「はい、その通りなんです」
彼女はそう言いながら、切符売り場の隣にある、狭く急な階段を上り始めた。
「この人が、私の弟でセイヤというのです。私は優しいに美しいと書いてユミと申します」
「名前負けしとるでしょう、この人」
セイヤはそう言って笑った。
店舗が入っているわけでもない駅の二階、というのはどんな場所なのだろうかと思ったが、そこは青白い蛍光灯に照らされた廊下で、病院とか役場のような感じだった。特に面白味はない。廊下の両側には磨り硝子の窓があるドアがいくつか並んでいて、そのうちの一つだけが室内の灯りで窓を明るく光らせていた。そこが彼らの言う基地らしかった。
二人に続いてその室内に入った私は、またもや思わず立ち止まった。十畳間くらいの広さがあるその場所には彼らと同じような高校生が何人かいて、その隣には真っ赤なナイトキャップをかぶり同じ色のコートを着た、立派な白いあごひげを生やした老人が座っていた。見事なまでに、その姿はサンタクロースであった。
「……こんばんは」
高校生たちは、私を見て一瞬きょとんとした後、そう言って挨拶してくれた。その声が聞こえたのか、うつむいて何やら作業をしていたらしいサンタクロースも顔を上げる。
「メリー・クリスマス。ホッ、ホッ」
「どうも、こんばんは。いや、ええとメリークリスマス」
私も、慌てて挨拶を返した。
「この方は」
とセイヤが説明してくれた。
「旅の途中の方で、終列車が出てしまって困っておられたので、こちらへお連れしました」
「それは、それは」
とサンタクロース老人はうなずいた。
「大変でしたな。この本線は、本線とは名ばかりのローカル線でしてな、随分早いうちに列車が終わってしまうのです」
「ここは今晩は朝までやっているのですし、そこのソファーで仮眠もできましょうから、おくつろぎいただければ結構なのですよ」
と優美さんが微笑む。彼女が指し示したソファーというのは、古びてはいたがなかなか立派なもので、四~五人が並んで座れそうな幅があった。座面には、折り畳まれた毛布も置いてある。暖房も良く効いて暖かかったから、十分快適に過ごせそうだった。
あの寂しいホテルに戻るより、こちらのほうがずっと楽しそうだ。ここは好意に甘えることにしよう。料金はチェックインの際に払ってあるから、後で鍵だけ返しに行けばいいだろう。
改めて室内を見回してみると、壁際に並んだ机の上には、赤いリボンがかかった箱がいくつも、山のように積み上げられていた。やはり、クリスマス・プレゼントを配って回る活動をしているのだろう。机の下には、そのプレゼントを入れて運ぶのに使うらしい、白い袋が置かれている。
「なかなか本格的ですね。すごい数だ」
と私は感心しながら、プレゼントの箱の一つを手に取った。何が入っているのか、思ったよりは軽い。
「そこはやはり、伝統のある『サンタクロース組合』ですからな。未だ人気衰えず、ありがたいことです」
と老人がうなずく。
「子供たちからのリクエストも、昔よりは減ったらしいんですけど、それでもこの数ですからね」
セイヤはそう言って、壁の時計を見上げた。
「わ、まずい。もう十二時が近いよ」
「この時間ですから、残りの荷詰めも急いで終わらせてしまわなくては、さあ」
優美さんにそう言われた二人の高校生は、積まれた箱を一つずつ取り上げては、机の下に置かれた袋に詰め始めた。セイヤも、サンタクロース老人も、同じように袋詰めの作業に取りかかる。
「あの、僕も手伝いますよ」
と私は慌てて言った。世話になるのに、何もしないんじゃさすがに悪い。
優美さんが、何か言いたげな顔で老人のほうを見た。今度はサンタクロース老人が、真顔でじっと私の顔を見る。深い色をしたその瞳は、まるで私の人生の全てを見通しているようでもあった。
やがて老人は表情を緩めてゆっくりとうなずき、優美さんに向かってうなずきかけた。
「ありがとうございます。それではお願いいたしたいと思いますので」
彼女はにっこりと笑って、私に向かって頭を下げた。
箱の一つ一つは、大きさに関係なくばらばらの重さだった。それぞれみんな違う品物が入っているということなのだろう。リクエストとか言っていたが、これは本当に子供たち一人一人に希望通りのプレゼントを贈るということなのかも知れない。箱には名前も番号も入っていなくて、これをどうやって見分けるのかは不思議だったが。
袋詰め作業を続けるうちに、私は二人の子供たちのことを思い出した。光子も幸太郎も、今夜は楽しいイブを過ごすことができただろうか。
もう私には、クリスマス・プレゼントをあの子たちに渡してあげることはできない。けれど代わりに、この町の見知らぬ子供たちにプレゼントを贈る手伝いをすることができた。
巡礼の旅の途中にある私にとって、それは大きな意味のあることのように思えた。クリスマスの奇跡、大げさだが、そんな風に呼んでも良いのかも知れなかった。
(最終話「本当の奇跡、はるか眼下に」に続く)
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