第3話
その休日が明けて、月曜日。彼女に名前を教えて三日と経たないうちに過澄聖と僕は再会してしまった。もちろん、学生らしく教室で。
彼女は礼儀正しく自分の席でぴんと背筋を伸ばして座っており、その肩くらいまで伸ばした濡れ羽色の髪にクラス全員の視線を集中させていた。しかし過澄聖はどこ吹く風といった様子で手元の本に視線を落としていた。
僕は教室の黒板側の入り口で突っ立って彼女を凝視していた。睨んでいるようにも見えたかもしれない。けれど、そんな僕をクラスメイトは誰も咎めない。だって、誰も僕を見ていなかったから。
「あ、櫻くん!」
過澄聖は本を閉じて、僕に向かって手を振った。クラスメイトの視線が僕に向いた。全員がどういうことだと視線で訴えてきていた。一番はじめに僕が知りたいことだった。
しかし、件の少女は元気よく、ひまわりのような笑顔を僕に向けて手を振っている。僕にはそれが悪魔の微笑みに思えてしまって仕方が無かった。
「あ……おはよ、う」
僕は引きつった笑みを浮かべながら教室の中に入った。いつもなら騒がしいはずの教室がうるさいほどに静かだった。静寂が耳を攻撃してきて、教室中が僕を視線で殺そうとしてきていた。後にも先にもこれっきりの感覚だった。
自分の席にバッグを置くと、過澄聖が僕の席にやってきた。クラスメイトが小声で何かを話しているのがよりはっきりと聞こえた。間違いなく、過澄聖と僕の関係についてだろう。しかし、彼女は全く気にしてないのか、それとも頭の中がお花畑なのか、周囲を無視して僕に話しかけてきた。多分、前者だった。
「ほんと、久しぶりに教室入ったから違和感しかないよ。でもよかった、机が綺麗で」
あっけからんと言い放つ。あまりにも自然に吐き出された言葉過ぎて、最後に付け加えられたその発言の危うさにその時気がつかなかった。
彼女の言葉にクラスメイトたちはどよめき、僕と過澄聖が仲良くしていることにざわめいて、朝の教室は異様な雰囲気に満たされていた。
その雰囲気の中チャイムが鳴り響いて、担任の先生の足音が聞こえ始めた。
担任の先生も例に漏れず、教室に入った途端に数秒停止して気を取り直すように咳払いをし、何事もなかったかのように朝のショートホームルームを始めた。しかし、異様に瞬きが多かった。先生も先生なりに動揺していたらしい。少しだけ申し訳無さが湧いた。
幸いなことに十分休みには過澄聖が接触してくることは無かった。けれど僕の心は落ち着くわけもなく、常に混乱状態にあった。そのときにはすでにクラス全員が狂い始めていた。
昼休みになると僕は弁当を持って一目散に教室から出た。これ以上僕の日常を壊されたくなかった。僕の求めていた平和で、信頼のある、学生生活が音を立てて崩れてしまう前に彼女から離れる必要があった。少なくとも僕は常にそうするべきだった。
僕は屋上に続く扉にもたれかけた。小さな踊り場のようになっていて、人が四人は座れるスペースがある。けれど屋上は締め切られており、ここに来る人はほとんど居ない。だからか表面には薄く埃が覆っていたことを覚えている。
僕は座って、一人で考えをまとめたかった。自分の置かれている位置とか、これから起こるであろう物事について、僕は考える必要性があった。
例えば、だ。
過澄聖が僕と関わることが今日で最後になって、明日からまた教室に来なくなったら、大変失礼な物言いになるが、そのほうが僕的にありがたい。僕は彼女と付き合いたくなかったからだ。少し時間がかかるかもしれないが求めている平和で信頼のある学生生活が近づくことだっただろう。
過澄聖が僕にこれからも毎日教室で関わってきたら、僕はきっとクラスで浮いてしまっていただろう。浮いてしまったらきっと僕が求めている学生生活と遠くかけ離れた物になる。それは避けなければならないことだった。クラスから浮いてしまったらきっと僕は窮屈で面倒な生活を送ることになる。大学とかなら話は別だろう。けれどまだ高校だった。僕らは高校生だった。高校というのは中学校や小学校と同じで、学校や一つの教室が世界なのだ。僕らにとって、それは絶対的な現実で覆しようのないものであることは確かだった。
僕が置かれているこの状況は早めにどうにかしなければいけなかった。でなければ僕は学校という社会の中で干されてしまう。そのことに多少なりともの恐怖を感じていた。自身の理想が崩れることに対しての警戒心がまだあったからだろう。
この状況を打開するために一番必要なのは過澄聖から離れることだった。彼女とこの学校で一番距離が近いのは間違いなく僕で、一番面倒な立ち位置にいる事は確かだった。
そんなことを考えていると昼休み終了五分前のチャイムが鳴った。昼休み程度ではなにも解決しなかった、少なくともあと三年はかかることなのだから仕方のないことだろう。
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