第10話

 二



 まず、僕が起こす行動は昔の人間に出会う事だった。なにも僕の高校生活は過澄だけで形成されているわけではないのだ。一応、雑談に興じたクラスメイトとかがいるのだ。いつも過澄とつるんでいたわけではない。そもそも、過澄とつるむことだってはじめは乗り気ではなかったのだ。いつの間にか戻れなくなってしまったから一緒にいただけで、なんて意味の無い言い訳をする。

 けれど結局、会う人間はもう決まっている。あとは僕が決心するだけだった。

 会う予定を決めるため、スマホの中に入っているカレンダーアプリに目を落とす。十二月はもう終わる。それにバイトのせいでほとんど毎日予定が入っているから行くとしたら一月だろうか。

 一月のカレンダーを見る。

 あった。合法的に、高校の同級生に会える時が。無理せず会える時が。

「同窓会……」

 幹事は確か、宮枡、直里だ。

 よかった、参加することにしておいて。

 宮枡に会えば過澄に会えるかもしれない。はじめから最後まで過澄の友人と言われるべき人間は彼女しかいなかった。過澄を理解している人間は彼女一人だけだった。

 情もいいことをするものだと思った。僕にとって、情というものはどこか体裁じみていて、世間体だとかいろんなことを纏めて情だと考えている。生きていくうえで大事なものだったのだろうそれらは、昔の僕には必要のないもので、今も僕には必要なものだった。

 カレンダーを眺めたまま止まっていると、御木本から連絡が来た。どうやら寝坊したらしい。講義出席確認表に名前を書いて欲しい、とだけ書いてあった。御木本と同じ講義をとっている、かつやってくれるであろう僕に御木本は迷わず連絡したようだった。

『借りだな』

 そう返信して、身支度を整える。僕が遅れてしまったら彼に合わせる顔がない。向ける足はあっても向ける顔がない。

 無意識のうちに顎に手を伸ばす。昨日のうちに剃ったからか、その表面はきれいで、気持ちが悪かった。今更昔に戻ろうとしているみたいで嫌だった。もう、あの頃の完璧を思い描いていた頃のぼくには戻れないのだ。あの頃から口先の巧さだけは変わってない。

 そんなことに気がついて、ため息が漏れる。また漏れそうになったからそれを防ぐためにコートを羽織った。ため息を抑えるためにかけられる重さは思ったよりもしつこいものだった。

 靴を履いて、外に出る。昨日よりも気温が下がっているように思えたのはきっと気のせいだろう。

 着いた時間が早すぎたため、大学内は閑散としていた。門の前に立っていた警備員が欠伸を噛み殺している。

 僕は大学内で買ったコーヒーで指先を温めながらぼんやりとこれからの事に思いを馳せていた。もちろん、講義のことではない。もっと大事なことだ。どうやって宮枡直里とコンタクトを取るか、ということだった。僕は彼女の連絡先なんて知らない。同窓会の葉書に書いてあったような気もするけれど手元にもうないから意味がない。今更、彼女と友達にならなかったことが悔やまれた。三年越しに後悔ばかり目に付くのは気のせいだろうか。どちらにせよ、同窓会に行けば会えるだろうからそこまで神経質になることは無意味かもしれない。

 無意味に手元のコーヒーを弄んで、栓を開けた。気の抜けた音が鳴った。少しだけ気持ちが楽になった。

 結局、宮枡さんとも過澄とも友だちになれずに終わった。一つの時間を共有したというのに、結局それきりの関係だった。

 コーヒーを飲みきり、講義室へ向かう。やけに後味が酸っぱかったように思えた。

 講義が始まって、年を取った教授が黒板に文字を書いていく。それを真面目に写しているのは前の席に座っている人たちだけで、僕を含めた真ん中よりも後ろに座っている人は自分の思い思いの行動をしていた。スマホをいじったり、間に合っていない課題を必死にやったりなどと無法地帯。

 僕は出席確認表に自分の名前と御木本の名前を書く。御木本の名前はわざと雑に書いておいた。そこまで神経質になる必要性はないかもしれないが、心配しておくに超したことはない。

 時間が空くと自然に昔の事を思い出す。特に過澄と出会った頃をよく思い出す。何か、大切なものがそこに埋まって、残っているような気がしてそっと、細かく彼女の事を思い出していた。そういえば結局、僕は彼女にどうして学校で孤立したのをちゃんと聞かなかったことを思い出した。もう、遅いことだ。けれど、やはりずっと喉に引っかかっている。もしかしたらあの頃の彼女を救えたかもしれないから、ずっと気になっていた。彼女に聞かなかったから僕の高校生活は完璧な物ではなくなってしまったのだろうと思う。結果論だ。理想論だ。けれど、それに縋ってしまう。それに縋るしかなくなる。過澄や宮枡さんに関して、僕は何も知らないのだ。きっと、あの頃から僕は何も変わっていない。

 過澄はずっと一人で、僕は彼女を見ているつもりになっていた。宮枡さんは自分の世界を大切にしていた。きっと僕らは連累関係を結びながら自分を優先していた。ただ利己的に生きていた、のだと思う。全力で若さに浸かっていただけだったのだと思う。今では出来ないことを全力でして、必死に生きていた。そんな気がする。思い出が混ざってしまって、まともに見る事が出来ているのかわからない。もしかしたら僕の目は曇っているかもしれない。過澄にとって、宮枡さんにとって、僕にとって、あれはかけがえのない時間だと言い切れてしまうから、美化されてしまっているように思えて仕方が無い。

 今回の講義は案の定、全くノートを取らずに終わった。いつも取っているのかと聞かれると微妙な反応を返すしかないのだが、ここまで考えに耽ったのは久しぶりの事だった。

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