第5話

 海に溶けるように夕日が沈んでいく中、その日のうちに海鳥たちが歌を歌った。


「梨乃、また明日ね」

「うん、また明日」


 秋穂は並木道の通りの向こうに住んでる為に、手を振り合って別れた。私は家に帰るなりすぐに水着に着替え、海に潜った。海底にある赤い郵便受けからはすでに気泡が立ち昇っていた。投入口からふわりと手紙が吐き出され、それを手にしたまま海からあがった。近くにあった岩場に腰を下ろした。


『なにも心配はしてないさ。お前と母さんのことだ。きっとお店はうまくいく。ああ、母さんの手料理が食いたくなってきたな』


 硬い材質の紙にはそう書かれていた。


『お父さんにも食べさせてあげたいな。お客さんたちもね、皆喜んでくれてるんだ。こないだなんて隣町から買いに来てくれた人もいたんだよ。


 あっ、あとね晴が今でも元気に馬鹿やってますってお父さんに伝えといてっていって言ってたよ』


 事前に用意していた紙にはそう書き入れ、再び海に潜りポストに投函した。家に着いた頃には日が暮れており、母と夕飯を食べ自分の部屋に戻るとふっと糸を引き抜かれたかのようにベッドに倒れ込んだ。今日は疲れた。いや、今日もか。お弁当屋さんを母がやり始めてからは毎朝5時に起き、それから学校に行く。帰宅してからも片付けが残っていれば店の閉め作業を手伝うようにしている。そんな生活がずっと続いている。父が亡くなってから、私達の人生は大きく変わってしまった。人は、生き物だ。生き物には必ず始まりがあって終わりがある。そんな事は分かっていた。分かっていたはずだった。でも、実際に自分の大切な人がそうなってしまう事は、やっぱり辛い。すぐには、いやずっとかもしれない。こんなの、受け入れられない。


「お父さん……会いたいよ」


 ベッドの引き出しからこれまで父から届いた手紙を集めた缶を取り出した。それを胸に抱き、声を殺して泣いた。静かに、部屋の中の空気が湿り気を帯びていくことを感じながら、ゆっくりと意識を手放した。

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