第4話

 枕元に置いていた携帯のアラームの音と共に目を覚まし一階に降りると、すでに母は朝のお弁当の盛り付けや仕込みに追われていた。頭に巻いたバンダナから溢れた髪の毛がちいさな束になっている。


「お母さん、何からやったらいい?」


 声をかけると、母は額に浮いた汗を服の袖で拭いながら「冷蔵庫に昨日作っておいたほうれん草のおひたしがあるから、とりあえず二十個分のお弁当に盛り付けてくれる」と言われたのですぐさま取り掛かった。終えてから壁に掛けられた時計に視線を送ると、針は朝の5時半を指していた。あと三十分もすればお客さんがやってくる。


「お母さん、もうご飯も盛り付けとくね」

「あっもうこんな時間? 急がないとね。梨乃、お願い出来る?」


 母はフライパンをふわりふわりと時折浮かせながらだし巻き卵を作ってるようなので手を離せないようだったので、私はそれからご飯を盛り、母の言われるがままに彩り鮮やかなお惣菜を一つ一つ盛り付けていき、最後に完成したお弁当を並べた。朝のピークタイムで店内はお客さんで溢れ返り対応に追われていると、あっという間に学校に行く時間になっていた。


「ねぇ晴、昨日ね海鳥たちが歌ったんだよ」


 いつものように家の前まで迎えに来てくれた晴と防波堤沿いを自転車で進みながら言った。


「まじ? じゃあ親父さんからの返事もあったんだ」

「うん」

「そっかそっか。親父さん、向こうでも馬鹿みたいにでかい声出して笑ってんのかな」


 何かを思い出したかのように晴はふっと笑みを浮かべた。私もその横顔をみながら、子供の頃を思い出した。晴には父親がいなかった。晴が三歳の時にお父さんは病気で他界しており、晴のお母さんが女手一つでここまで育てあげていた。私達の住むこの町は、ちいさな港町だからか家庭の事情は筒抜けで、当然のことながら私の両親も勿論その事情は知っていた。私の父は晴を息子のように思っていたのだと思う。休みの日になれば、ふらっと晴の家を訪ねキャッチボールでもするか、と大きな声をあげて笑った。きっと晴にとってもそれは同じで、私の父のことを実の父親のように慕ってくれていたのだと思う。お葬式があった日、晴は会場にいた誰よりも声をあげて泣いていた。父が眠る棺に手を添えながら「僕が代わりに守ります。梨乃がずっと幸せでいられるように。僕が、絶対、守りますから」と何度も言葉を詰まらせながらも涙を溢す晴の姿が、今でも目を閉じれば瞼の奥に浮かぶ。


「次に海鳥たちが歌った時は、晴のことも手紙に書くね」


 当時のことを思い浮かべるていると、気付けばそう口にしていた。「元気に馬鹿やってますって書いといて」と晴は空を見上げながらぽつりと呟いた。

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