第3話
学校を終えてから急いで家に帰り、水着を下に着込んでからワンピースを身に纏った。防波堤を乗り越えた先にある岩礁地帯をサンダルで歩いていく。
「よし、このへんかな」
服とサンダルを脱ぎ、大きく息を吸い込んだ。次の瞬間、私は頭から海の中へと潜っていった。気泡の沸き立つ音が鼓膜に触れる。光の彩度が次第に薄くなっていき、水面でみえたコバルトブルーの海の色は半透明な青になっていた。そこでみた。水深三メートル程の海底から伸びる、真っ赤な郵便受け。
それに近づくと、ちいさな魚たちが逃げていった。その真っ赤な塊に手をかけて浮力で持ち上げる身体を抑え、私はその時を待った。やがて投函口から気泡が沸き立ち始めた。そして、ふわりと、まるで糸かなにかで手繰り寄せられているかのように中から手紙が出てきて、私のひらいた手のひらの上に舞い降りた。
『母さんは今でもよく笑っているか?』
封を切ると、中から取り出した硬い材質の紙にはそう書かれていた。私は自然と頬が緩んでいくのを必死に抑え、それを手にしたまま水面へと向かった。一度岩辺に戻り、ワンピースのポケットの中へと届いた手紙を大切に仕舞い込み、用意していた手紙にすぐさま返事を書き入れる。
『最近はよく笑うようになった。お店も凄く順調なんだよ。お弁当が美味しいって、お客さんたちもみんな喜んでくれてる。だから、お父さんも心配しないでね』
再び海へと潜り、手紙を郵便受けの投函口に入れた。
この世界では亡くなったはずの父と手紙を通してやり取り出来ると気付いたのは、半年程前のことだった。ある日、私はいつものように学校へと向かっていて、歌を聴いた。それが海鳥たちの歌声だとは当然最初は思わなかったけれど、耳を澄ませているうちに彼らたちのものだと気付いた。そして、その歌に導かれるようにしてあの郵便受けへと行き着いたのだ。
「また海にいってたの?」
家に帰るとレジのところで伝票を整理している母と目が合う。うん、と頷くと、「海は怖いから気を付けるのよ」と心配そうな声色が鼓膜に触れる。二階へと上がり、以前はクッキーが入っていた缶の中へと手紙を忍ばせた。これで届いた手紙は十三通目になる。いつかは母には言わなければ、と思っているけれど、きっと信じてはもらえないと今は私と父だけの秘密のやり取りになっている。次の返事はいつ届くだろうか。それが届いた時には、海鳥たちが教えてくれる。手紙が入った缶をそっと胸に抱いた。
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