藍電気石人形(インディゴライトドール) 2

 何某銀座はこの辺り一番の商店街で、朝から晩まで大勢の人たちがひしめき合っている。子ども向けの店もあるからか子連れ客も多く、常に精電気が漂うような場所だった。


(だから大丈夫だと思ってたのに)


 早めに店仕舞いした呉服屋と和菓子屋の間にある小さな路地に体を滑り込ませる。店の人しか使わないような路地なら通りすがりの誰かに声をかけられる心配はない。壁に背中を預けながらフードを取り「はぁ」と息を吐いた。その息もいつもより少しだけ熱い。


(精電気が足りない)


 微熱のような感覚は体内で熱暴走が起きかけている証拠だ。精電気が足りなくなると冷却能力が落ちて熱暴走しやすくなる。それが続くと鉱石に負荷がかかり、最悪の場合稼働できなくなる。


(もっと精電気を集めないと)


 夜が近づいているからか、通りで見かける子どもたちの姿が減ってきた。このままだと今夜を乗り切る分の精電気を集めることすら難しい。そう思って表通りに出ようと一歩踏み出したところで、ふらりと体が傾き慌てて壁に手をついた。

 思っていたよりも足元が覚束なくなっている。これでは精電気を集めるどころじゃない。「いっそ店に帰ろうか」と頭を過ぎったものの、それでは二日後客に引き取られることになってしまう。


(それなら今と同じだ)


 力を振り絞って足を動かした。一歩、また一歩と進んで建物の間から出る。そこで右足がぐらりと揺れて体が傾いた。


(しまった!)


 このままじゃ地面にぶつかってしまう。わかっていても踏みとどまるだけの力は残っていなかった。手をつこうにも腕もうまく動かない。「博士が好きだった顔だけは守らないと」とかろうじて体をねじり、痛みを覚悟して目をギュッと瞑った。しかし痛みを感じることはなく、何かに支えられている感触にそっと目を開ける。


「大丈夫かい?」


 僕を支えてくれていたのは見ず知らずの男だった。心配そうな顔に「大丈夫です」と答える。


「あの、ありがとう」


 そう言って起き上がろうとしたものの、ふらついてうまく立てない。


「大丈夫じゃなさそうだ」

「いえ、大丈夫ですから」

「子どもが遠慮なんてするもんじゃない」


「子ども」という言葉に目をぱちくりさせた。「そうか、見た目は子どもに見えるのか」と気づいたものの、僕はもう二十年以上稼働している電気石人形トルマリンドールだ。そのプライドがむくりと顔をもたげる。


「子どもじゃないんで、大丈夫です」


 そう言いながら「ランの見た目は大体16歳前後といったところかな」という博士の言葉を思い出す。


「わたしの言葉が気に障ったのなら申し訳ない。だが、その様子ではきみが大人だったとしても心配になるよ」


 心配そうな男の眼差しに、ふと博士の顔が重なった。僕は電気石人形トルマリンドールの中でも意地っ張りなほうで、無茶をするたびに博士を心配させた。あの頃も「大丈夫」と口癖のように言っていたけれど、博士はいつも「大丈夫は魔法の言葉じゃないんだよ」と諭すように口にしていた。


「大丈夫じゃないときに大丈夫と言わないほうがいい。大丈夫なんて魔法の言葉はないんだからね」

「魔法の言葉……」

「あぁ、すまない。また子ども扱いしてしまったかな」


 男が困ったように笑っている。その顔が何となく博士を思い出させて懐かしくも切なくなる。


「そうだ、この近くに懇意にしているホテルがある。そこで少し休むといい」


 今度は「大丈夫」とは言えなかった。何となく言うべきじゃない気がして口を閉じる。


「歩けるかい? それとも抱えていこうか?」

「……歩けます」


 ふらつく足でどこまで歩けるか自信はなかったけれど、男に甘えるのは何となく気が引けた。そんな僕の気持ちに気づいたのか、男が「じゃあ、手を貸そう」と言って大きな手を差し出す。


「さっきの様子だと足首をひねったかもしれない。無理をすると腫れてひどくなるから、わたしの手を支えにするといい」

「……ありがとう」


 きっと僕が手を伸ばしやすいようにとついた嘘だ。わかっていたけれど、僕は素直に従うことにした。

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