電気石人形(トルマリンドール)の見る夢

朏猫(ミカヅキネコ)

藍電気石人形(インディゴライトドール) 1

「おまえを引き取りたいという客が来た」

「え?」

「間違いなくおまえにとってよい客だ。二日後には迎えに来る」

「ちょっと、」


 店主は言いたいことだけ言うと、さっさと背を向け部屋を出て行った。


「客って……本当に?」


 思わず口にしたのも当然だ。ここにはいくつもの商品があるけれど、これまで店主のお眼鏡に叶った客はほとんどいない。おかげで僕たちは在庫もいいところだ。


(店主が認めるような客が僕を指名したって?)


 まさか、あり得ない。店主は客の選別にとても厳しい。それは僕たちを作ってくれた博士との約束があるからで、どんな金持ちや身分の高い人でも簡単に首を縦に振ることはなかった。その店主が「よい客だ」とまで言うということは、間違いなく僕を引き取るに値する客が来たということだ。


(今さら客なんて)


 僕は随分と長い間在庫として店にいる。今さら新しい持ち主なんて望んでない。


(博士の遺言なんて叶うわけがない)


 そう思いながらベッドに寝転がり目を閉じた。

 僕たちは電気石人形トルマリンドールと呼ばれる電気仕掛けの自動人形オートマタだ。随分昔にとある科学者――博士が生み出した人形で、特別な鉱石が発する電気によって動いている。僕はその中でも藍電気石人形インディゴライトドールと呼ばれる藍色の鉱石で作られた人形だ。瞳は鉱石と同じ藍色で、ランという名前を付けてもらった。

 生みの親である博士が亡くなった後、僕たちは博士と唯一親交があった文学者に引き取られた。それが博士の遺言だった。その文学者は博士との約束を果たすため、僕たちを専門に扱う水晶舎すいしょうしゃという店を構えた。商品は僕たち電気石人形トルマリンドールで、文学者は店主として店を切り盛りしている。


(あんな遺言、叶うものか)


 博士は「きみたち一人一人を愛してくれる人のもとに行くんだよ」と言い残した。でも、博士ほど僕たちを愛してくれる人なんているはずがない。

 博士は幼くして亡くなった息子の面影を僕たちに投影した。成長過程を追うように僕たちを作り、そして心から愛してくれた。僕たちは誰かに愛してもらわないと稼働できなくなる。僕たち電気石人形トルマリンドールの存在意義は“愛されること”だからだ。ほかにも少年の生命が放つ精電気が必要だけれど、それはあくまでエネルギー源、食事のようなものでしかない。


(博士のように心から愛してくれる人じゃないと僕たちは死んでしまう)


 生みの親である博士がいなくなった今、電気石人形トルマリンドールを修理できる人はいない。僕たちが壊れることなく稼働できているのは、この店が思いが詰まった博士と暮らしていた家だからだ。


(ここから出ていけば、僕はきっと壊れてしまう)


 二日後には客が迎えに来る。一度引き取られれば故障でもしない限り店には戻ってこられない。でも、故障するということは死ぬことと同じだ。


「……冗談じゃない」


 ベッドから勢いよく起き上がった僕は、クローゼットから外套を取り出し乱雑に羽織った。これは博士が僕たちのために用意してくれたもので、羽織っているだけで空気を漂う微量な精電気を集めることができる。


(もし遠出が必要になったときのためにって言ってたっけ)


 そんなときは来ないと思っていた。でも今が使うときだ。僕はフードを目深に被ると、音を立てないように部屋から出た。


(この時間なら店主はまだあの部屋にいるはず)


 博士が縁側で日向ぼっこをしていた部屋は商談用にと洋室に変わった。そこには大きなテーブルとふかふかのソファがあり、店主は日が暮れるまでそこで書き物をしている。用事がなければ店の奥、つまり僕たちがいるところまではやって来ない。


(……よし)


 廊下に人影はない。店とは反対側の廊下を進み、キッチンの奥にある裏口から外へ出た。足音を忍ばせながら裏門を出たところで走り出す。


(博士のいたあの家にいられなくなるなら、どこにいても同じだ)


 細い路地裏を駆け抜け表通りに出た。何某銀座と呼ばれる表通りにはたくさんの店があり、大勢の人たちが歩いている。もちろん子どもたちの姿もあった。


(ここなら精電気が集められるはず)


 僕はあえて子どもが多くいる店々に紛れ込むことにした。

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