ずっと、普通になりたかった。

神山れい

雪のように白い彼

 ふと、目が覚めた。

 ぼんやりとした意識のまま枕元に置いてあった時計を見ると、今は朝の五時を過ぎたところ。アラームは六時にセットしているため、まだ数十分は寝ることができる。

 布団を被りなおし目を瞑るも、眠気はやってこない。このまま布団に包まれていればいつかは眠れるかもしれないが、眠ってすぐに起こされることになりそうだ。

 ことはのそりと起き上がり、時計のアラームをオフにした。今日が休日であれば、眠気がやってくるまで寝転んでいただろう。

 両腕を天井に向けて上げると、ぐっと身体を伸ばす。数秒後、ふう、と小さく息を吐き出しながら、だらりと腕を下ろした。


「いつもより早めに出てみようかな」


 ゆっくり準備をしても、一本早い電車に乗ることができる。準備を終えてから好きなことをして時間を潰すことも考えたが、せっかく早起きをしたのだ。わざわざ時間を潰して、いつもと同じ時間に出るのは勿体ない。


(早起きは三文の徳とも言うし)


 そんなことを思いながら、ベッドから降りて準備を始めた。



 * * *



 まだ夏本番ではないというのに、暑い日が続く毎日。朝ですらじんわりと汗をかくときもあるのだが、今日はひんやりとしていて涼しい。校則上、今の時期は合服なのだが、少し肌寒く感じるほどだ。

 改札に着くとICカードを当て、琴はホームへ続く階段を上る。隣にエスカレーターがあるが、この寒さを紛らわせるために敢えて階段にした。

 普段は使わない階段に若干の足の重さを感じるも、身体があたたまっていくのがわかる。ホームに着く頃には、肩で軽く息をするほどにはなっていた。


(一本違うだけなのに、人の数が少ない)


 琴がいつも乗る時間の電車は、通勤と通学のラッシュの時間帯。その時間帯でもラッシュのど真ん中ではないが、席に座ることができないほど利用者が多い。

 それが、一本早くするだけで人の数が目に見えて少なくなった。座れるかもしれないと、並んでいる人が少ない、前から二両目の車両が停車する場所に立つ。

 鞄から英単語帳を取り出して眺めていると、踏切が鳴り始めた。左側を見ると、電車が向かってきている姿が見える。

 速度を落としながらやってくる電車。勢いのある風が琴の制服のスカートを、黒い髪の毛をなびかせる。

 電車が停車したのと同時に、英単語帳を閉じて扉の横へ立つ。

 プシュ、という音と共に開かれた扉からは数人が降りていき、入れ替わるようにして琴が電車に乗った。

 空席はあるが、できれば扉に近い端の席に座りたい。何気なく視線を動かしていると、白が目に入る。

 ──そのあまりの美しさに、魅入ってしまった。

 雪のように白い男性。髪も肌も、透き通るほどの白さ。周りが黒や茶色ばかりだからか、際立って見える。怪しまれるとわかっていても、その男性から目が離せない。

 なんて、綺麗なのだろう。まるで美しい雪景色を眺めているかのような、そんな錯覚に襲われる。

 扉が閉まる音でようやく我に返り、琴は慌てて空いていた近くの席へと座った。そこは、探していた端の席ではなく、人と人の間の席。

 席のことよりも、男性のことで頭がいっぱいだった。鞄を抱え込むようにして持ち、英単語帳を開く。顔を俯けて勉強しているように見せかけ、ちらりと髪の隙間から男性の様子を窺った。

 男性が座っている席は、琴からは少し遠い。それでも、彼の美しい白さはしっかりとわかる。

 ベージュ色をしたカーディガンを身に着けてはいるが、袖から見える手、隠れていない顔、首筋。肌という肌が眩しいほど白い。

 そして、髪。よく見ると眉毛や睫も白く、どうやら地毛のようだ。男性の後ろにあるカーテンが下ろされていなければ、日が差し込んでキラキラと輝いていたかもしれない。

 では、目は。男性は眠っているようで、その目は閉じられている。一体、瞼の下には何色の瞳が──そこまで考えて、我に返った。


(何を考えてるんだか)


 琴は視線を戻し、目を瞑る。周りとは違うからと見てしまうなど、非常識な行動だ。そのような好奇の目で見られるのは嫌なはず。辛いはず。

 誰よりも、それをよくわかっているはずなのに。それなのに、気になってしまう。

 自分とは違う、正反対の色を持つ彼が。気が付けば見てしまっている。自然と、彼を捉えてしまう。


(周りとは違うのに、どうして堂々としていられるのだろう。でも、とても)


 とても、綺麗な人だ。

 開かれた英単語帳を見ることはなく、琴は再び男性を眺めていた。

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