第20話 のってきた

 天の大地……いや、今は天の山? だっけ。気のせいではなく、明らかにモンスターの密度が高い。

 何かしらの原因はあると思うが、調査は後からにしたい。後回しにするからといって調査を軽視してはいないんだ。

 俺たちは天の山で住むつもりだし、安定した生活を送るためにも土地の情報は集められるだけ集めておくべきである。

 落ち着く土地が決まったら調査に乗り出そう。できれば、調査用の魔道具を発見できればいいなあ。今持っているのってマナ密度を計測したり、位置の測定くらいしかできないもの。

 空からが終わったと思ったら、今度は地上からか。そうだよ、またしてもモンスターがきましたわ。

 現れたのは、見た目バッファローのようであるが、角が一本で、尻尾がバラの茎のようになっていた。足元は毛で覆われ蹄を隠すほど。数は三。

「何だっけあのモンスター」

「魔獣『ロングロール』かと断定します」

「えらい育ったなあ」

「かつては風を操る力があったとか」

 口の作りからして肉をたべそうにはないのだが、魔道車に体当たりする気に見える。三頭揃って前脚を踏み鳴らし、頭を前に下げ突進態勢を取っているから。

 おまけに鼻息も荒い。

「障壁が破られる可能性があります」

 ペネロペの言葉にまあそうだろうな、バッファローより断然大きいもんなあいつら。会話をしている間にも、バッファローに似たロングロールの毛が波打ち風が沸き起こる。目には見えないが、魔力の流れから風の膜が奴らを覆っていることが分かった。

 次の瞬間、うなりをあげて弾丸のようにロングロールの巨体が飛んでくる。

 ベシン、ベシン、ベシン!

 これに反応したペネロペが左を蹴り飛ばし、右を右手で打ち払い、左手で残りの一頭の長い角を掴む。

「どうしますか? これ」

「食べるかってこと?」

「食べるのでしたら、残りの二頭も拾いますか?」

「い、いや、そいつ離したらまた襲ってくるかな?」

 彼女が食べる以外に何を考えていたのか不明だが、肉も野菜も街で買い込んできた分がまだまだある。魔道車は狭く、ストックしておくにもストレージの余裕がないんだよね。バッファローだったらおいしくいただけそうではあるが、欲張って身動きできなくなったら本末転倒だ。

 ペネロペがロングロールの角を離す。すると、ロングロールは先ほどまでと打って変わって借りてきた猫のように大人しくなった。きっと力関係が明らかになったからだろう。

 彼女に弾き飛ばされた残りの二頭も戻ってきて、横並びになった。三頭ともじっとこちらの様子を伺うだけで、再び暴れそうな気配はない。

 それにしても、あいつら相当タフだな。ペネロペの黄金の拳を受けてもまだピンピンしてやがる。彼女とて本気で殴ったわけではないだろうけど、どっちもどっちだよ、ほんと。

「やたら襲われるのって、魔道車が弱そうに見えるってことかな?」

「かもしれません」

「闘技大会じゃあないんだが……」

「闘技大会とは?」

 何のことか理解が及んでいない彼女に「すまん、言葉足らずだった」と断ってから、説明を始める。

 天の山麓(と山の麓だから勝手に呼称した)はモンスターたちの力試しの場になってるんじゃないかと推測した。天の山麓にいるモンスターたちは既に序列がついていてある程度落ち着いていると思われる。しかし、新たな挑戦者が来たら一斉に腕試しにやってくるとかそんなところではないかと。いわば、モンスターたちにとっての実力を試す聖地巡礼……はちょっと違うか。

「片っ端からやればよいだけです」

「の、脳……」

 つい口が滑ったがなんとか思いとどまる。

 ふ、ふう。

「脳が何か?」

 き、危機はまだ去ってなかった!

「脳……つまり頭を使ってこの状況を打開したいと思っている」

「頭突きは美しくないですね」

「いやいや、魔道具はなくとも魔法陣魔法は使うことができるわけだ。記憶している術式で何とかなるんじゃないかってね」

 いちいちモンスターの相手をしていたら、進むものも進まない。

 俺の知る魔法陣魔法は魔道具……特に生活に欠かせない魔道具に仕込まれた魔術回路である。魔術回路はイコール魔法陣(術式)と考えてもらっていい。

 う、うーん。その場でしゃがみ込み頭を抱える。

「良いものが思い浮かばずとも問題ありません。要は叩き潰せばいずれ大人しくなるのでしょう?」

「いっそ大音量を出して呼び寄せるか。待ち構えていた方が対処しやすいし、却って早いんじゃないか」

「望むところです」

『みゅ』

 我ながら酷すぎる策であるが、魔道車を超強者に見せかけたとしても、この地に住むとなれば魔道車の威を借りることはできない。

 遅いか早いか俺たちが生身でなんとか平穏を確保しなきゃならんのだ。

 だったらいっそ、呼び集めるだけ呼び集めてしまいましょう、というのはある種理にかなっている。

 取り繕ったところで酷い策には違いないがね。

「音を出すだけなら手持ちの魔道具でいける。俺はいつでも魔法陣魔法が発動できるように構えるよ。今回は露払いとペネロペとハリーのサポートに徹する」

「お任せください」

『みゅ』

 ペネロペが物理、ハリーが広範囲の電撃とトゲ(物理)、そして俺が酸や毒の攻撃が来た際の守りや、虫型モンスターの群れとか物理でやり辛い相手が来た時に対処する。群体系ならハリーでもやれそうだから、ケースバイケースかな。


「いよおおっし、じゃあ行くぞ。皆の者、準備はいいか」

「いつでもどうぞ」

『みゅ』

 屋根の上に全員が登り、スピーカーの魔道具のスイッチを入れた。こいつは音楽を封じた魔道具を再生する機能を持ち、音量調節も自由自在である。

 今回は音楽を聞くためではないので、なんでもいいから爆音を流してしまうぜ。

 フンフンフンー! ららららー!

 間抜けな鼻歌が大音量で流れ始める。

 音に惹かれてさっそくモンスターがやってきたぞ。

「さあ、振り切るぜ!」

 気合と共に術式を組み上げる。行くぜ、行くぜ、行くぜ。

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