第18話 さあ、旅立ちだ

 イデアが慎重に蛍石製魔石を窪みにセットし、そっとスライドさせ蓋を閉める。これで準備完了だ。

「動かないな」

「大型であっても小型であっても魔道具は魔道具だよ」

「確かに機構は同じか。マナが供給されたとなれば起動だな」

「冷蔵庫は動かし続けるものだから、スイッチは誤って押さないところにあるはず」

 起動のスイッチ自体は小型でも大型でもデザインはそう変わらない。丸いボタンか四角いボタンであることが殆どだ。

 その辺はイデアとて勝手知ったるである。

 電化製品とことなり、音もなく冷蔵庫が起動した。音がなくとも、魔力の流れで動いているのか止まっているのか分かる。

 電気は目に見えないけど、魔力なら感じ取ることができるんだよね。

 ただ、魔力を体内に全く持たない人は魔力そのものに対する感受性がないから、魔力の流れを感じ取ることができない。

 俺が気が付くのとほぼ同時にイデアも冷蔵庫が起動したことに気が付く。

「動いた!」

 狸耳と尻尾がピンとなり、彼女が喜色をあげる。

「箱の中に冷気がでてきているはず」

「確かに庫内の表面が冷たくなってきている」

「扉があれば、中のものを冷やすことができるんだ」

「それで『冷蔵』庫なのだな」

 感動する彼女よりも動いた冷蔵庫よりも彼女の尻尾と耳の方が気になっているのは秘密だ。

 誰も俺の動きになど気が付いてないと思っていたのだが、ペネロペの視線を感じる。ハッとして彼女の方へ目をやったら、視線を外された。

 この後は店内を一通り巡り、特にめぼしいものもなくウィンドウショッピングが終わる。

「次はラボも見てもらえるか?」

「もう少し早く来ていたらよかったよ。ちょっとばかし遠出しようと思ってるから、戻ってきた時にまた来るよ」

 ピクリとイデアの尻尾が動くものの、表情は変えず握手を求めてきた。

 彼女と握手を交わし、この場を後にする。

 

 階段を降り始めた頃にペネロペが立ち止まり、じっと俺をみあげてきた。無表情で。

 無表情なのは彼女の種族特性だと分かっていても怖いって。

「私も耳と尻尾を付けた方がいいですか?」

「突然なんだよ!」

「じっと見ていらっしゃったのでお好みなのかと」

「め、珍しいからだって」

 我ながら苦しい言い訳をしたが、ペネロペの追求が止まらない。

「人間の男性は女性の胸を見るものではないのですか?」

「へ、偏見だぞ」

 この時代の人たちの服装はいわゆる中世ファンタジー風のイメージに近い。過去によくみたレオタードのような衣装はここに来るまで見た人たちの中で一人たりとも見当たらなかった。女性のレオタード的な衣装ってSFもので見るような感じで、転生した時は「俺、魔法の世界に来たんだよな?」と疑心暗鬼に陥ったものだ。

 ペネロペの着ているものも体にピタリと張り付く全身スーツの上に胸、腰にプロテクターである。

 かわいいとかかっこいいとかで彼女が全身スーツを着ているわけではないことを俺は知っているんだ。全身スーツは魔術回路が組み込まれていて、体温調節をしてくれる。肌が出ている顔や首以外の部分はいつも快適さを保ってくれる優れものなのだ。

 女性ならまあ見た目的にもいいのだが、男には不評でね、これ。かといって機能性抜群だし、悩ましいところ。

 全身スーツの上から服やローブを着ている男性諸君も多かったなあ。俺? 俺はほら、お金がなくて……。

 女性用は需要も多いので価格もこなれているが、男性用は不人気な故、生産数が少なく、高価なんだよね。

 胸と腰を覆うプロテクターって対モンスター用かなにかで取り付けてあるのかな? この時代ならともかく、魔法文明時代のモンスターってマナが枯渇しているから強くても猛獣クラスくらいだったが……。

「胸を見ました」

「い、いや、偏見だって」

 た、確かにプロテクターを見ていたけど、決して邪な気持ちではない。純粋なプロテクターに対する興味だって。

 なんてことを告げたら余計に話がややこしくなる。ここはだんまりを決め込むしかない。

『みゅ?』

 ちょうどいいことにハリーが足元にいたので抱え上げ彼の首元をわしゃわしゃする。

「やはり耳をつけるべきでしょうか」

「い、いや、ペネロペはそのままで十分魅力的だから、ほ、ほら、胸のプロテクターもおしゃれだし」

 自分の胸のプロテクターに触れ、首を傾けるペネロペ。

 う、うん、可愛い、可愛いから。おどけて見せたつもりなんだろうけど、視線が鋭すぎて怖いとは言えない。

 

 ◇◇◇

 

「お世話になりました」

「お礼を言うのはこちらです。フェンブレンにお立ち寄りの際は店に顔を出してください」

「近いうちに必ず。何せフェンブレンの食事はおいしいですから」

「次は評判のパスタを出す店で食事でもしましょう」

 モレイラの店の前で彼と続いてダリオと握手を交わす。

「またきてね!」

「うん、またくるよ」

 ダリオの頭を撫で、短い間であったがフェンブレンの街を去ることに決めた。

 数日くらい滞在しようかなと思っていたのだけど、善は急げって言うだろ。

 幸い雷獣の素材を売ったお金で食料を大量に買い込むことができた。狩や採集をしながら道すがら食材を集めることだってできるし、何ら問題はない。

 当初は魔石の充マナをどうしようか、なんて考えていたけど、魔法陣魔法は自重せず使いまくってもよさそうだから充マナの心配はなくなった。

 遠い未来に転移したことに気が付いてから過去の倫理観を結構な間引きずっていたが、魔法陣魔法を使うことに忌避感を覚えなくなってきている。

 これもフェンブレンの街で二つのアーティファクト店を訪れたからに他ならない。

 魔道具の専門店の品揃えを見て少なくともフェンブレン周辺では魔法文明が栄えていないと判断できた。魔道具の研究をしているイデアでも魔術回路のことは殆ど知らない様子だったし。

 つまり何がいいたいのかというと、マナの使用量が世界的に非常に少ないということだ。

 地球でたとえると石油資源を使う前の社会に戻り……ちょっと違うな。石油資源は使わなかったとしても勝手に増えないか。

 魔法文明崩壊によってマナの使用量は大地から生成されるより少ないってことさ。

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