第12話 お次は

「う、うーん」

 店を出て腕を組み、唸り声が出てしまう。

 これじゃあ、魔道具が普及することはないだろうな、と確信してしまったからだ。魔法陣魔法の中でも単純で1要素しかないものを元にした魔道具くらいなら作れそうなものだが、店員に聞いたところ全て発掘品なのだと言う。古代の遺物と称されるように魔道具の技術は今では完全に失われたものなのか?

 にわかに信じられないよ。どこかで魔道具を研究している人くらいいるかもしれないが、商品を普及させることに興味がないのか、流通させても儲けにならないのか、の判断は難しい。いずれにしろ、大型店でもこの時代に制作された魔道具はないってことは確かである。

 頭の後ろで腕を組み、歩きつつぼやく。

「ヘロンも然り、なのかなあ」

『みゅ?』

「すまん、口に出てた」

『おいしい?』

「おいしくは……ないかなあ」

『そうなの?』

「あはは、ムーンビートルとかいたら捕まえようぜ」

『つかまえるー』

 よしよし、愛いやつめ。ひょいと手を伸ばし、ハリネズミのハリーの鼻先をつんとつつく。

 すると彼は額の上にあたりのトゲトゲだけツンツンと伸ばす。この仕草は彼がご機嫌な時にするものだ。

 くいくいと服の袖が引っ張られた。見ずとも誰かは分かる。

「ヘロンとは?」

「魔道具のない時代に初期の魔道具を作ったけど、コスト的な問題で彼がショーで使う以外には広まらず、廃れてしまった、という逸話を持つ人だよ」

「火を出す魔道具に100ドガード以上使うなら、魔法や火打石を使うということですね」

「そんなとこ」

 俺なりにヘロンのことを言い換えてみた。ペネロペがヘロンのことを今後知る可能性がゼロだから間違えていても問題ない。

 なぜかというと、ヘロンはこの世界で生きた人じゃなく、地球の歴史上の人物だからなのだよ。しかし、ま、彼女に伝えたかったことが伝われば、良しだよ。

 ヘロンは紀元前に蒸気エネルギーを使っていくつかのからくりを開発した人で、ヘロンの公式など現代日本でもその名を聞くくらいの賢者だった。

 蒸気で動く聖水自販機を作ったりしたのだけど、人が手渡しした方が遥かにコストが安いとかで、全く普及しなかったんだ。必要は発明の母とはよく言ったもので、蒸気エネルギーを使うには時代が追いついてなかった。

 さっきの店でこの時代に作られた魔道具がないことからいろいろ妄想が膨らんで、つい口に出たのだけど、ペネロペが拾ってくるとは思ってもなかったよ。

「モレイラから教えてもらったから、せっかくだしもう一つのアーティファクト店にも行ってみようか」

「畏まりました」

『みゅ!』

 余り期待せずに見に行くとしますか!

 

 ◇◇◇


「こ、これ、魔道車じゃ?」

「脚がありませんが?」

 二件目のアーティファクト店は大型の丸っこいバスを改造したようなトレーラーハウス風だったのだ!

 店は街の中でも郊外にあたる地区なのか、小さな家が多く大通り沿いにあったような石造りの家が見当たらない。坂と階段も多いから大きな家を建てるのが難しかったのかもしれないな。個人的には整った大通り沿いよりこういった雑多な場所の方が好きだったりする。場所によってはスラムのようになっていて危険なところもあったりするけど、この辺りは静かなもので特に身の危険は感じない。万が一があっても護身用の魔道具に加え、「緊急時」であれば魔法を使うことができるから身を守るだけならまず問題が起こることはないさ。えらい自信だなって? 別に俺は武芸に長けているわけじゃあないけど、装備の差ってのは実力差なんて簡単に覆すことができるんだぞ。剣の達人であってもマシンガンの雨あられを喰らえばひとたまりもないだろ。つまりそういうことさ。

「入らないのですか?」

 |益体≪やくたい≫もないことを考えていたら、ペネロペから冷静な突込みをうけてしまった。

 こほんと気を取り直し、トレーラーハウスの扉を叩く。

 コンコン、コンコン。

「こんにちは」

 二度ノックして挨拶するも、中から反応はない。ここってアーティファクト店だよな? 扉には小さな表札がぶら下げてあるが、何も書いていないんだよね。

 店の場所を間違えたのかもしれない。ペネロペがモレイラの描いてくれた地図を見ているから場所を間違うことはないはずなのだけど、地図の描き方次第では別の場所に来てしまうこともあり得る。細い路地を描いていなかったり、描いていたりしたら、省略しているのかしていないのか分からなくなっちゃう、とかね。

「うーん」

 一度モレイラのところに戻るか、と天を仰いだところでペネロペの肘が俺の腰にあたる。

 うん、さすがの俺も気が付いているさ。背後に気配があるってことを。距離にして7メートルってところか。

 階段を登ってきている。登りきるまであと三秒くらいってところか。

 カチリとポケットの中に入れておいたオイルライターほどの大きさの魔道具のスイッチを入れる。

 続いて、ペネロペの右肘の下あたりを掴み、ハリーを反対の手でつかみ上げる。一応警戒はしておこうと思ってね。

 静かな場所だと思っていたが、人の目が届き辛い郊外だから追剥の類がいても驚かないぜ。

 足音はゆったりしていて、焦る様子はない。さあて、買い物帰りの通行人なのか、追剥なのか。

 正解は――。

「デムーロの店を訪れる客か?」


 相手の数は男三人。いかにもって感じの軽装の盗賊であるが、店の店員かもしれないから応えておくとするか。

「そのつもりだったけど、残念ながら閉まってたよ」

「アーティファクトを求める女連れ。着ている服も上質そうだ」

「服は安物の極みだぞ」

 つい、突っ込んでしまった。こちとら食うのにも困ってる赤貧なのだ。上質な服なんて着るくらいならおにぎりの一つでも買うわ。

 悲しくなってきた……。

「へたくそな冗談だな。さあて、金持ちは俺たち貧乏人に施すものだろ。出してもらおうか」

「あー、それ系ね……」

 男は得意気に腰のショートソードを抜いてちらつかせてきたよ。彼の動きに合わせ、右の男が弓を、左の男が投げナイフ? を構えた。

 これに対し飛び出そうとするペネロペを抑え、左右に首を振る。

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