第13話 イデア

「見たところ、魔道具も魔法もなし、だ」

「武器からも魔力を感じませんね」

「だったらさ」

「悪趣味ですね」

「えー」

 などとペネロペときゃっきゃしていたら、強盗? 追剥? まあどっちでもいいや、まあ、仮に盗賊としよう。

 彼らは武器を構えて脅している相手がふざけているので、えらくご立腹したらしい。

 自分が彼らの立場だったら、怒りはするだろうけど他の気持ちが強くなる。それは警戒と恐怖だ。

 武器をちらつかせても余裕の表情で構えもせずに談笑なんてしていたら、不気味ったらありゃしねえ。これは絶対何かある、と思うだろ。

 ということを期待していたわけだが、盗賊たちは察してくれなかった。

 こちらが余裕な態度なのにはちゃんとした理由があるってのに。仕方あるまい。

「痛い目に合わないとでも思ってんのか」

 中央のショートソードを構えた男が顎で弓の男へ指示を出す。

 指示を受けた男は躊躇なく俺たちへ向け矢を放つ。

 ヒュンと俺の頭に向かって矢が飛んでくる。

 カツン。

 俺の顔から50センチほどのところで澄んだ音が鳴り、見えない何かに矢が弾き返された。

 何が起こったのか考えるより早く、男は次の矢を番え二射目を放つ。彼の動きに合わせてもう一人から投げナイフも飛んでくる。

 カツン、カツン、カツン。

 先ほどと同じように矢も投げナイフも俺まで届くことなく見えない壁に阻まれ地面に落ちた。

「な、な……」

 声にならない声をあげるショートソードの男。残りの二人は呆然とし、手が止まっている。

「諦めて立ち去れ、実力差は分かっただろ?」

 やれやれと肩をすくめ、首を傾けてみせた。演技とはいえ、我ながらいけすかない態度に心の中で苦笑する。

「まさか、矢除けの精霊術! お前が?」

「そうだな、一応俺ってことになるな」

 魔道具のスイッチを押したのも所持しているのも俺だから、嘘は言っていない。ペネロペに限らず誰でも使うことはできるのだけど、わざわざ教えてやる必要なんてないだろ。

 俺の返答に盗賊の男たちは斜め上の反応をみせた。

 なんと、弓と投げナイフの男も腰の大振りのダガーを抜き、一斉に襲い掛かってきたのだ!

「ちょ……」

 俺の動揺を別の意味にとったらしい彼らはニヤリとし、ますます勢いつき迫ってくる。

 精霊術とやらは不明であるが、矢除けとは勘違いも甚だしい。

 俺が持っている魔道具は飛び道具をはじくもんじゃあないんだ。魔道具の名称は「ソードバリア低級」である。

 低級の名の通り安物なのだが、大型のクマの張り手くらいまでなら通さない障壁を出す。障壁は自分を包み込むように出せるようなものではなくて、見えない壁を任意の方向に出すことができる。前方や後方だけじゃなく、頭上や足元にも出せるのだが、障壁のない方向はもちろん無防備だから注意だぞ。

 障壁の方向を切り替える方法は魔道具に触れ、念じるだけでいい。魔道具は電子機器と違って脳内コントロールで動くものが多々ある。

 この辺、電子機器より優れている点じゃないかなあ。ただ、脳内コントロールは慣れるまでは扱いが難しい。

「武器を砕き、無力化するでよろしいですか?」

 ペネロペが細腕をぐっと畳み、握りこぶしを作り、盗賊たちを見据える。

 いやまあ、身体能力を強化すりゃいけるだろうけど……いくら魔力のこもっていない武器とはいえ材質を見極めてからの方がいいと思うのだが……。

 そもそも、何も知らずに突っ込んできたら障壁に激突してすっころぶって。

 彼女に「ちょっと待って」と伝えたものの、より大きな鋭い声にかき消されてしまう。

「愚か者ども! 止まれ!」

 声からして女性であることは間違いない。声は盗賊たちの現れた階段からではなく、背後だ。

 彼女の一喝に盗賊たちはピタリと足を止めくるりと踵を返し、一目散に逃げて行く。よほど焦っていたらしく、一人よろけて転びそうになっていた。

 件の声の主はトレーラーハウス風の店のボンネット……いや、屋根の上に腕を組み立っていたではないか。

 声の主は20歳を少し超えたくらいのキリリとした美女だった。まず目を惹いたのが、オレンジがかった茶色に金色の混じったフサフサの狸耳と尻尾。

 へそ出しにタイトスカートの上からひざ下まである白衣を羽織っている。

 彼女は俺たちに向けニコリとほほ笑むと屋根から飛び降り、華麗に着地した。

「客人に失礼をした。どうしても手が離せぬことがあってな」

「あなたはこの店の?」

「いかにも。イデア・デムーロだ。愚か者どもが迷惑をかけた。あやつら、何度か懲らしめてやったのだが」

「特に何事もなかったんで。俺は蛯名健一。こちらはペネロペとハリー」

 よろしく、とイデアと握手を交わす。

「さ、入ってくれ」

 店の扉を開ける彼女に待ったをかける。

「矢はともかく、投げナイフを放置しておいてもいいのかな?」

「ケンイチが使わぬのなら、私が処分しておこう」

「投げナイフは使うことはないかな」

「承知した」

 扉から手を放し、投げナイフを拾い上げるイデア。

 そのまま立ち上がるかと思われた彼女の手が止まり、形のよい眉をしかめた。

「この投げナイフ、何かに衝突したのか?」

「うん、まあ」

「あのバカ者は筋力がないものの、狙いは相当正確だ。矢除けの精霊術……いや、違うな」

「投げナイフを見ただけですごいな」

 一人思案するイデアに感嘆の声をあげる。

 すると彼女はスッと立ち上がりながら、右手の指を一本立てパチリと片目を閉じた。

「種も仕掛けもあるのさ。少々精霊術を齧っていてね。ラクーン族は精霊との相性が悪くないから勿体ないだろう」

「情報が多すぎて追いつかない。ちょっと整理させてほしい」

「すまなかった。順に語ろう。ラクーン族は知っているか?」

「聞いたことがないけど、イデアのような獣耳と尻尾を持つ種族のことかな?」

 そうだ、イデアが頷きを返す。

 ラクーンって狸のことだっけ? 獣耳を持つ種族は過去にもいた。だけど、狸耳を見るのは初めてだなあ。

 余り種族がどうとかってのを気にしてこなかったから、文献をあさったりはしていない。村にいた人たちやたまに出張で街に行ったときに関わった人たちの中に狸耳がいなかったので存じ上げていないって感じなんだよな。博識なペネロペなら知っているのかも?

 

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