第6話 ニクニク

「本当にありがとうございました。今でも自分が生きていることに信じられません」

「お兄さん、ありがとう」

 ふかぶかと頭を下げるノームの父子。そうそう、二人は親子だったんだ。

 魔道車に戻るなり大人の男の方が言っていたからね。

「本当にたまたまなんです。何故かマナ密度がとんでもなく高かったのもありますし」

 いえいえ、と首を振り父親の方へ握手を求め笑みを浮かべる。

「|蛯名健一≪えびなけんいち≫です。こっちは……あ、馬車を取りにいっているんだった」

 自己紹介したものの、ペネロペが彼らの馬車を取りに行っていることが抜けていた。

 そんなおまぬけな俺に対しても彼は笑顔で再び感謝の言葉を述べる。

「何から何までありがとうございます。申し遅れました。私はモレイラ、この子はダリオです」

「ダリオだよ」

 よろしく、とお次は少年の方――ダリオと握手を交わす。

 その時、ヒヒーンと馬の嘶きが聞こえてくる。

 窓越しにペネロペが会釈し、引っ張ってきた馬車へ手のひらを向けた。あの様子だと馬は元気そうだ。

 馬車は問題なく動くものの、損傷があるかもしれない。雷獣が至近距離にまで迫っていたからなあ。積み荷は割れ物がアウトになっているかもしれん。

「何から何まで、もしや、あなた様は聖者様で、お仲間は聖女様に聖獣なのでしょうか」

「そんな大層な者じゃあないですよ。ただのしがない修理屋です」

 即否定するも、何やら一人納得したモレイラが感慨深げに首を縦に振る。何やら変な勘違いをしていそうだけど、強く否定する必要もないか。

 彼らからすれば絶体絶命のピンチに颯爽と現れたヒーローだものな。一方の俺たちといえば、当初こそ消極的な人助けであったが、途中からマナ密度が高いって素晴らしいとハッスルしていただけだった。ま、まあ知らぬが仏ってやつでここはひとつ。

 聖者ってのは大げさすぎるけどね。

 それにしても聖者という言葉の意味は分かるけど、この世界に転生して以来聖者と呼ばれる人に会ったこともないし、聖者とはどのような人を指すのかってのも聞いたことがないんだよな。地域によって色んな風習があるからモレイラの住む地域では聖者とは何かの定義があるのかもしれない。

「お兄さん、魔法陣まほ……」

「ん?」

「なんでもありません」

 モレイラが言葉途中でダリオの口をふさぎ、大きく首を左右に振る。魔法陣の先が気になるけど、彼らには彼らの事情があるから突っ込むのは野暮ってもんだ。

「せい……ケンイチさ……んに助けて頂いたお礼をさせていただきたいのですが、私の住む街はケンイチさんご一行には……」

 街に案内してくれるなら是非ともお願いしたい、ところなのだが、街で何か問題が起きているんだろうか。君子危うきに近寄らず、が正解だとは分かっている。

 だけど、ほら、開けるなと張り紙がされている箱は開けたくなるだろ。何が言いたいのかというと、モレイラの住む街へ行ってみたい、ってことだ。

 人口規模の大きな街であれば地図に載っているし、今どこにいるのかの座標も分かっているから彼らがいなくとも街へ行くことは可能である。

 行くことは可能であっても、道を知っている人と一緒にいけるのなら大歓迎だろ。それに行ったことのない街だから彼らと一緒だと街のことも聞けるからさ。

 どんなレストランがおいしいんだとか、その辺りをね。どんな名物があるのか楽しみだ。

「あ……お金なかったんだ……」

 食べ物の妄想をしたところで、残酷な事実を思い出し、思わず心の声が口をついて出てしまった。

 そうだよ、ペネロペからもうコーヒーを出すのも厳しいって言われて天の大地まで出稼ぎにきたところだったんだよな。街のレストランでお楽しみなんて敷居が高すぎる。

「マスター、一つ提案があります」

「い、いつの間にとなりにいたんだ」

「先ほどマスターが変な顔で喜んで、更に変な顔で落ち込んでいる頃からです」

「……俺の百面相のことはいいから……提案を聞かせてくれないか?」

 仕方ありませんね、と澄ました顔のまま自分の提案を述べるペネロペ。

 表情だけじゃなく抑揚も一定なので彼女が何を考えているのかイマイチ読み辛い。感情はなんとなくわかるようにはなってきたんだけどね。

 ちなみに今の彼女は喜怒哀楽でいうと喜だ。

「街まで行く予定なのですよね。でしたら、雷獣の毛皮を売れば多少のお金にはなるのではないでしょうか」

「おお、いいかも! 惜しむらくはなめす道具をもっていないことだな。剥いだままだと相当買いたたかれるだろうけど、量で勝負すれば宿一泊分くらいにはなりそうだ」

『おにくはどうするみゅ? みゅはたべないけど、ケンイチはたべるみゅ?』

 ハリーも俺たちの懐事情を察してか、彼なりの提案をしてくれた。

 雷獣の肉って食べられるだろうけど、おいしくなさそうなんだよな。見た目が豹に似ているからどうしても肉食獣を想像してしまうし。

 といっても彼らが肉食なのか雑食なのかもわからん。人を襲うことから少なくとも草食ではないのだろうけど。

 まあ特徴からして十中八、九、プレデターだろうから、肉食だろうね。

 自分で何とも判断がつかないときはペネロペの意見も聞いてみたい。

「雷獣の肉っておいしく食べられるのかな?」

「私はご遠慮願いたいです。ここは砂漠ではありませんし、探せば食用の果実や野菜など見つかるのでは? 野鳥を狩ってもよいかと」

「そうしよう、って考えていたら腹が減ってきたな」

「でしたら、ぜひご馳走させてください!」

 俺たちの会話をじっと聞いていたモレイラが口を挟む。どうも馬車の積み荷には食料もあるようで、お礼にとふるまってくれるとのこと。

 ありがたい、天の大地の仕事はまかない付きだったからもう食糧の備蓄がないんだよね。

 そんなこんなで外に出てお料理タイムとなる。

 モレイラが料理をする様子をみていて、馬車を見た時から感じていた違和感が大きくなってきた。

 食事をしながら彼に聞いてみることにしよう。今はまだ違和感の正体に半信半疑であるが……彼に聞くことでハッキリするかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る