第5話 俺の華麗な魔法が
「全速力で追うぞ!」
遠見の魔法は発動したまま、魔道車を急発進させる。
お、魔法陣のオレンジ色の光が見えたぞ。ペネロペが強化の魔法を発動したようだ。強化系の魔法はオレンジ色であることが多い。
例外ももちろんあるけどね。
それにしても魔道車の全速でも追いつけないとはどんだけ速いんだよ。ペネロペに至っては強化の魔法もあってかぐんぐん離されていく。
「うお、あれは!」
馬車にあと少しのところまで追いつこうとしていた雷獣たち。必死で逃げる馬車。御者台には小柄な男と小学生低学年くらいの子供が乗っていた。
この構図は変わっていないのだが、青白い稲光を発していた雷獣のうち何体の光が膨れ上がる。
マナの力で俺の知る雷獣とはまるで別物になっているじゃないか! まさか、雷撃まで使いこなすなんて思いもしなかった。
狙う先は――馬車だ!
こいつはまずい。ペネロペが馬車に届きそうだが、手をこまねいて見ている理由はないぜ。
「術式構築、ストーンウォール」
魔法陣から灰色の光が伸び、地面に吸い込まれる。
次の瞬間、馬車の後方に横幅7メートル、高さ4メートルの石壁が出現し、雷獣たちがちょうど放った雷撃を弾き返した。
ワンテンポ遅れ、次の雷撃が飛ぶも石壁に阻まれる。
その間にペネロペが馬車の御者台まで到達。会話を交わすこともなく、親子らしき大人と子供を左右に抱え踵を返した。
二人を抱えたペネロペは速度を落とすどころか逆に加速し、こちらに向かってくる。
対する俺は魔道車に急ブレーキをかけ、扉を開けた。
「お待たせしました」
ペネロペが抱えた二人をそっと床におろす。小柄な男の方は耳が三角にとがり、赤茶色のくせ毛で、深緑のローブを着ている。
特徴からしてノーム族の人かな。子供の方は八、九歳くらいの男の子で、彼もまたノームに見える。父親らしき男と同じ色のローブを着ているが、こちらは袖も裾も短いから、膝上の半ズボンが少し見えていた。
二人とも何が起こったのかわからないといった困惑した顔をしていたが、右手を前にし宣言する。
「言いたいことはあるだろうけど、話は雷獣の後にしてほしい」
続いてペネロペの方へ顔を向けた。
「ハリーが心配だ。ペネロペは二人を見ていてほしい」
「かしこまりました……と言いたいところですが、私も出ます」
「ちょ、ま、二人を置いて」
「このまましばらくお待ちくださいね」
さらりと俺を姫抱きしたペネロペが無表情で「ごめんあそばせ」とばかりにペコリとお辞儀をした。
彼らの様子はって? 呆然としたまま頷くことさえできない感じだ。そらまあ、雷獣出現からいきなり抱え上げられ、魔道車だものな、無理もない。
彼らが落ち着きを取り戻す前にやっちまわないとな。さすがに魔道車で勝手にどこかへ行かれるってことはないだろうけど、見ず知らずの人を魔道車に残したままにしておきたくないからね。
「口を閉じていてくださいね」
「え、いや、うお!」
は、速い! 本物の魔道車と同じくらい、いや、それ以上のスピードかもしれねえ。
ペネロペを回収しなきゃ。
僅か数秒で俺が魔法で出現させた石壁の辺りまで到達する。
「防御魔法は不要です」
それって? と言い終わる前に石壁が出現効果時間の限界を迎え忽然と姿を消した。
それと入れ替わるようにして都合4本の雷撃が襲い掛かってくる!
防御不要と言われても、いや、ここはペネロペを信じ、次の手を打つ。
迫りくる雷撃。対するペネロペは俺を地面におろし、右手を猫の手を払うかのように左から右に動かす。
ペシン、ペシン、ペシン、ペシン。
雷撃が彼女の手に払われ地面に突き刺さる。
まさかの物理かよ! 身体能力を強化しているとはいえ、あまりにあんまりだ。魔道具も防御魔法もあざ笑うかの行為に乾いた笑いが出そうになる。
あっけにとられている暇なんてないのだ。俺は俺でやることをやらねば。
「ハリー! いるか?」
呼びかけつつ、術式を組む。雷獣を無力化するかハリーを探すか悩みどころだが、ハリーの安全を確保するのなら雷獣を無力化する方がより安全か。
『そろそろ、暴れてもいいかみゅ?』
「いったいどこに? 危ないことはしないでくれよ」
頭の中に声が響くも、小さなハリネズミの姿を見つけることができないでいる。
『危なくないみゅ。行くみゅうううう』
直後、ハリーの位置が分かった! 雷獣の群れの中だ。あんな危険地帯にいたのかよ。
何故分かったかって? そいつはだな、ハリーが巨大化して中型犬ほどのサイズになったからだ。
中型犬ほどの大きさなら、視力を強化したままの俺なら余裕でとらえることができる。元のままの大きさであっても見ることは容易いけど、どこにいるのか探すのは強化していようがしていまいが困難なことは変わらない。
「ハリーって巨大化できたんだっけ」
「犬ほどですし、巨大とは言わないのでは?」
「ってそんな場合じゃねえ。おっきくなったら雷獣たちに的にされる!」
急ぎ術式を組みなおすぞ。雷獣を無力化するのではなく、より確実なハリーを守る方へ舵を切るのだ。
俺が術式を組むより早くハリーがトゲトゲをピンとさせ雷獣と同じようにビリビリと帯電し始めた。
『びりびりなら負けないみゅ』
雷獣の帯電と比べるのもバカらしくなるほどの稲光がハリーを中心に広がっていき、周囲の雷獣を飲み込む。
大きさだけじゃなく威力もとんでもないようで、雷に耐性のあるはずの雷獣がバタバタと倒れていった。
「続きます」
まさに瞬足とはこのこと。姿がぶれたペネロペは音を置いていき、雷獣の目前でくりんと手首を回す。
音より速い彼女の動きにソニックブームが発生し、轟音とともに雷獣数体を切り裂いた。
一方のハリーはといえば、帯電したままのっしのっしと歩くだけでバタバタと雷獣が倒れていっている。
あっという間に半数ほどの仲間を倒された雷獣たちは算を乱して逃げ去っていった。
「ハリーもペネロペもえげつないくらいパワーアップしているな……」
「満腹ですから、これくらいは」
『みゅ』
二人ともすっきりした顔しやがって。雷獣もマナ密度の効果で強くなっていたが、こちらはそれ以上だった。
魔法を使えば危なげなく撃退できると見込んでいたけど、二人がこれほどまでとは思わなかったよ。
魔法? あれ、俺の華麗な魔法は……?
「みんな怪我がなかったから、まあいいか」
意気揚々と魔道車に戻る俺たちであった。
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