第4話 助けよう

「なるべくなら助けたい」

 そう前置きしてから馬車に乗る人たち対応策会議が開催された。会議というほどの大層なものでもないけど……雰囲気ってやつだ。

 俺は特に善人ってわけでもなく、悪いやつでもないと思っている。ペネロペはどうだろう。俺と似たようなものなんじゃあないかな。

 俺の倫理観は前世の日本時代に培われたものが大きい。優先順位は自分、友人、知り合い、そして赤の他人で、困ってる人がいたら自分に余裕があれば助ける。

 自分が危険に晒されるなら見て見ぬ振りをすることも。

 『なるべくなら』という言葉は本心からのものだ。助けたいは助けたいけど……。

 ペネロペの情報によると、馬車に乗る人数は二人。どちらも御者台に座っている。馬車には何かしらの荷物が積んであるが、馬車の運行速度に影響を及ぼすものではない。2頭立ての馬車だから、多少荷物を積んでいても平気ってことなのかな?

「二人の特長まで分ったりする?」

「一人は成人、もう一人はおそらく年少です」

「親子かなあ。いざとなればそれぞれ馬に乗って逃げるのもアリだが、子供の方は厳しそうだよね」

「二人乗りであっても馬であれば小回りがききそうですが、馬車から馬へ乗り換えをしている間に追いつかれそうです」

 もういくばくの時間もなさそう? しかし、ここで焦ってはいけない。急いては事を仕損じる。

 次に馬車を追う魔物について。マナ密度が気薄になり、すっかり大人しくなってしまった魔物たちであるが、今のマナ密度オーバーフロー状態だと力を増してそうだ。ペネロペの語る特長から、魔物は魔獣の一種で雷獣ではないかと予想した。雷獣は獲物に牙か爪を立てるときに電撃を流し込み、麻痺させる狩をする。体長が3メートルほどで、大型の肉食獣程度か。見た目は豹のようで毛色は焦茶か黒である。

「雷獣の数は20くらい……」

「はい、なかなかの群れですね」

「親子が雷獣に襲われている状況から『緊急退避のため、魔法の使用は問題ない』と判断しようか」

「マナ密度から緊急でなくとも魔法の使用は問題ないのでは」

「大丈夫そうだけど、過度な使用は控えたい」

 職質を受けることがあればちゃんと言い訳しなきゃいけないからな。何事にも理論武装しておくことで厄介事を遠ざけるのだ。

「ペネロペ、術式はどの程度覚えていたのだっけ?」

「護身程度です。マスターは大抵の術式を使える、でよろしかったでしょうか」

 うんうんと頷く。

 魔法は魔力を魔法陣に走らせることによって発現する。魔法陣の描き方によって発現する魔法の種類も変わるって具合だ。

 魔法陣の描き方のことを術式と呼ぶ。どんな魔法を使えるのか? をどんな術式を使えるのか? って聞くことが多く、俺とペネロペのやり取りのような感じで術式と言うことの方が多いかも。

 緊急時以外の魔法は原則禁止されているし、護衛用の魔道具もあるから、術式を覚えている人も少なくなってきていた。学校で基本的な術式は学ぶのだけどね。

 俺が多くの術式を扱えるのは魔道具修理屋だからなんだ。魔道具は術式があらかじめ組み込まれた魔法陣に魔石のマナを使い魔法を発現するものである。魔道具を修理する時は魔道具に描かれた術式が壊れていることも多い。修理屋をやるなら術式を多数覚えることは必須ってわけなのさ。

 そんなわけで職業柄、多数の術式を覚えている。

「馬車の二人は術式(魔法)も魔道具もない、と考えた方が良さそうだ」

「馬車へ向かいますか?」

「雷獣の脅威度がわからないけど……」

「私が二人を抱え、小屋に戻り、安全を確保する、でどうでしょうか」

「えええ!」

 思わず声が出た。

『ハリーも、ハリーも、行くみゅ!』

 ちっちゃいトゲトゲをぴんとさせて張り切るハリー。

「お、落ち着け、ペネロペもハリーも。調子がとても良いのは分かる。ん、俺も魔法を使いたい放題なのか?」

「マスターは人間の中では平均より少し上の魔力保有量ですが、今のマナ密度なら魔力を使用しても即補充されるのではないでしょうか」

「そいつは……楽しそうだ。よおし、皆の者、馬車へ向かうぞ」

 おら、わくわくしてきたぞ。

 省マナの精神? 緊急事態なのだ、緊急事態である。無理が通れば道理が引っ込むってものよ。

 魔道車を起動させ、6本の脚が動き始める。

 途端にギシギシギシと小屋が音を立て始めるが、まるで気にならない。

 そう、魔法があればね。

「術式構築、『素材強化』」

 魔道具関連の術式では基本中の基本、素材の強化の魔法陣を構築。

 手のひらから魔力の光で魔法陣が浮かび上がり、複雑な文様を描いていく。強化の魔法陣の光の色はオレンジ色で、術式によって色が異なるのがおもしろいところ。魔法陣が回転し、光が拡散し消える。

 僅かに魔力が減った感覚があるが、すぐに元に戻った。

「魔力の回復速度が半端ねえな……」

 素材強化の魔法が発動すると、ギシギシという音が一切しなくなる。

「よおし、速度を上げるぞ!」

『いけいけみゅー』

 右手をあげると、ハリーもちょいっと前足を上にあげた。

 

 風のような速度で進んだ魔道車はあっという間に馬車の姿を捉える。

 遠見の魔法を使っているからよく見える見える。素の状態で見えているペネロペが規格外過ぎるのだ。だってまだ1キロくらいは先だぞ。

 おおよその距離を測っていたら彼女が答えを口にする。

「馬車までの距離、凡そ1キロです」

「馬車はこちらに向かってきていて、雷獣も同じくだな」

 ペネロペから聞いていた事前情報通り、二頭引きの馬車が雷獣の群れから逃げていた。

 追いかけているのって本当に雷獣だよな?

 全長と豹のような見た目こそ雷獣なのだけど、背中から青白い稲光を発している個体もいれば、足元がビカビカと光っている個体もいる。

 爪か牙から電撃を流し込む程度の雷獣だったのだけど、マナ密度の影響か随分と派手派手になったものだ。

 あれ、本気出したらとんでもない稲妻を落とすことだってできるんじゃ……?

「出ます」

『みゅもいくみゅううううう』

「ちょ、ま、待て」

 止める前に二人が魔道車の窓から飛び出して行ってしまった。

 何という速さだ、二人とも。

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