第3話 遥かな未来
「う……」
意識が覚醒する。ん、意識が覚醒した、のか!?
絶望的な状況で魔力切れを起こし意識を失ったのだが、大地に押しつぶされることもなく生きているだと?
ちょうど潰されずに隙間にはまった、というのは考え辛い。
「しかし、妙に爽快だ。これまでにないくらい」
調子の良い朝の目覚めというものが稀にあるよな。最悪の気絶で眠ったというのにかつてないほど頭がすっきりしていて体にも力が漲っている。
ボロボロの床で崩れ落ちたのだから、環境としては最悪だ。しかも、魔力切れで目覚めたとなると、本来体が重く頭痛も酷い。ちょうど二日酔いの朝のような感じになるはずが、絶好調とはこれいかに。
「っつ、自分の体調に喜んでいる場合じゃなかった。ペネロペ! ハリー!」
ハッとして左右を見渡すも、俺と一緒に倒れていたはずの一人と一匹の姿がない。
「そ、そんな……ペネロペ、ハリー」
「お呼びになりましたか? マスター」
「ギーギー」
窓の外に澄ました顔で会釈をするペネロペと彼女の肩に乗るハリーの姿が目に映る。
「ペネロペ! ハリー!」
窓を開け、そのまま窓から外へ飛び出ようとして引っかかり、情けなくもペネロペに引っ張ってもらった。
その時に握りしめたままだったマナ計測器を落としてしまう。
彼女らが元気にしている様子から、不可解であるがマナ密度が回復したのだろうとマナ計測器のスイッチを押し込む。
「え、え、ええええ! 壊れてる?」
マナ密度『0.00』にも驚いたが、それ以上に意味不明な事象が起こっているじゃあないか。
マナ計測器に表示されたマナ密度は『99.99』と計測最大値になっていた。要はマナ密度が高すぎて計測不能状態になっているってわけさ。
薄い酸素濃度で暮らしていたところに、酸素カプセルの中に入ったような、そんな感じ? いや、かなり違うか。
俺の体調がすこぶるよいのはマナ密度が極端に高くなったからであれば説明がつく。
疑問に対し、ペネロペが自らの考えを口にする。
「(マナ計測器は)壊れてはいないかと。マナを取り込もうとせずとも、マナの方から流れ込んできており、私は初めて満腹になっております」
「いきなりゼロになったのはまだ理解できるけど、マナ密度が大きすぎて計測不能になるとかどうなってるんだ」
「原因は不明です。周囲の景色を眺めてみてください」
「う、うん」
すーはーすーはーと深呼吸をして気を落ち着け……って空気がかつてなく美味しい! これも高いマナ密度のなせる業か。
まずは見上げた。天の大地の姿はない。うーん、やはり「落ちた」のか?
周囲の様子も様変わりしていた。
ぽつぽつと高木がある荒地だった風景が高木の密度が倍ほどになり、高さも少なく見積もって二倍以上となっている。
しかも、元々あった高木が成長したとかじゃあなくて、植生自体が変わっているじゃないか。
「どこか別の場所に転移したのかな」
様相がまるで異なる風景に対し疑問を口にする。
「観測されては? 私は周囲に敵性を持つ猛獣や魔物がいないか、念のため探ります」
「助かる。見知らぬところとなれば、まず最初に敵対的な何かがいないかの確認だよな」
「ご安心を。今なら周囲2キロまでいけます」
「す、すさまじいな。魔法を使わずだよな?」
「特に魔法陣魔法を使いません。満腹状態ですので、それだけで」
魔法生物である彼女はマナ密度の低さから常に最低限の「食事」をしていた。それでも俺より遥かに優れた知覚を持っていたんだ。
今の彼女は「満腹」である。初めて見る彼女の本気はかつての10倍くらいの力を「素」で発揮するってことかあ。
腹が減っては戦ができない、とはまさにこのこと。
「お言葉に甘えて、観測してくるよ。何か発見したら教えてほしい」
「かしこまりました」
「ギーギー」
ペコリとお辞儀をする彼女の肩からハリネズミのハリーがぴょんとジャンプし、俺の肩へと乗り移る。
ハリーの鼻先を撫で、魔道車の中へ。
「ええと、確かこの箱の中に……」
測量関係の魔道具を使うことになるなんて思ってもみなかった。
天の大地まで行く時に迷子になったら使うこともあるか、くらいの感覚で持ってきたんだよな。そもそも、ペネロペが迷うなんてことないから、道中も使うことはなかった。
確かここに。お、あったあった。
見た目はマナ計測器と似ている。一回りくらい筒が分厚いかな、程度の違いしかない。
マナ密度がゼロになった時、マナ観測機の魔石に蓄積されたマナもゼロになっていて、自分の魔力を使ったんだっけ。
マナ密度ゼロ化現象により、魔石に蓄積されたマナが一斉にゼロとなり、天の大地が落ちてきた。
地理観測器に取り付けられた魔石も御多分に漏れずマナが空になっていたはずだが、豊富すぎるマナ密度があって満タンまで充マナされている。
「ほいっとな。現在の位置は……東に20キロほど移動している? ん、んん?」
地理観測器は今いる場所を示すだけじゃなく、年代記付き時計の機能もついているのだけど、時計がおかしい。
「CA歴2420年、時刻は9時40分……。確か今年はCA歴420年だったよな? マナ密度が極端に上昇したから故障したのかも」
ともあれ、東に20キロ移動していることは分かった。
東にってことは通ったことのある道なのだけど、こんな大木なんてあったっけ?
2000年後だから、と頭をよぎるがブンブンと首を振る。
その時、扉が勢いよく開き、ペネロペから報告が入った。
「マスター、事件です」
「事件は現場で起き……現場はどの辺なの?」
「ここよりおよそ2キロ先です。私の感知によると『馬車』が魔物の集団に追われています」
「魔道車でちぎれないのか。相当速い魔物なのかな? 馬型とか犬型?」
違います、とかぶりを振るペネロペ。
馬でも犬でもないのか。そいつは珍しい。
「『馬車』です」
「魔道車のことは聞いたのだけど、ん? 馬車?」
「はい、馬車が追われています」
「馬車だって!? なんでまたそんなもので」
「二頭引きです」
「ますますわからん……」
想像してみて欲しい。自動車が行きかう中、馬車が走っている姿を。
魔道車の場合は脚だけ購入して取り付けることもでき、魔道車を用意する方が馬一頭用意するより安い。
ランニングコストも馬の方が高いし、速度も魔道車の方が速いときたもんだ。
脚のみの場合は馬とそんなに速度が変わらないけど、それでも休憩なしで走ることができるから長距離なら脚だけ魔道車の方に軍配があがる。
何もない荒野を進むに馬車である理由がないんだよなあ。街中を趣味で走らせるならともかく。
二頭立てとなるとますます理解に苦しむ。
「できれば助けたいけど、俺たちまで全滅すると元も子もない。救助できるか検討しよう」
「かしこまりました」
さあて、作戦会議だ。
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