第2話 崩壊のゼロ

「そろそろです」

「おっし、んじゃ準備を整えようか。まずはマナ密度の計測から」

 ペネロペの眉がピクリとあがる。魔法生物である彼女は魔法を使わずとも探知能力に優れているんだ。

 さてさて、目的地「天の大地」まであと僅か。今回は配線修理? 配線工事? だと聞いているので計測からやるとしよう。

 大き目の木製工具箱をパカンと開き、分厚い体温計のような棒を取り出す。

 これはマナ計測器というもので、中に極小の魔石が仕込んであってスイッチを押すと動く。魔石のマナが切れた場合でも自分の魔力を流し込めば動くところが電化製品との違いだ。魔道具は全て魔石に蓄積されたマナを消費して動くのだけど、魔力(人間の体の中にあるマナは魔力と呼ぶ)で代替がきく。この辺り、電気で動く家電より優れているが、電気と違って電線から常に供給する仕組みは取られていない。送電線のようなものでマナを供給すれば一儲けできるじゃないか、とその昔考えたことがあったことは黒歴史である。電気のようにマナを送電線で送ることができるのかできないのか、で言えばできるが回答だ。しかし、送るうちにマナが減衰し、魔石にマナを蓄積するより効率がとても悪い。限られたマナという資源を有効活用するには魔石を使う方が遥かにエコである。

 マナ資源の枯渇が叫ばれ、省マナ、省マナの世の中だしね。

 マナ計測器のスイッチを押し込むと、数字がピコンと浮かび上がる。

「ええと、気温21度、湿度28、マナ密度0.21か。マナ密度は昨日比-0.01、下限の0.18には至ってない。作業可能だね」

『わーい、喋っていいみゅ!』

 数字の読み上げを聞いたハリネズミのハリーの声が脳内に届く。

「ハリーが多少マナを食べたところで大丈夫だよ」

 愛いやつめ。マナ密度を気にして喋らずにいてくれたんだな。小さなハリネズミのハリーが喋ったところで世界全体のマナ密度が変わろうはずもない。

 いかんいかん。皆が皆、ちょっとだけなら、と魔道具や魔法を使いまくった結果、マナ密度が落ち込みはじめ、今の枯渇した状況を作り出した。

 一人一人が省マナの精神をもたなきゃ、便利な魔道具文明を維持できなくなるだけじゃなく、魔法生物が生存できなくなってしまう。

 マナ資源と石油資源は根本的に異なる。石油資源は埋蔵量がなくなれば終わりだろ。対するマナ資源は自然にじわじわと増えていく。増える量より使う量が多ければ枯渇に向かうというわけだ。石油資源と違って尽きることはないものの、世界全体での使用量を制限する必要がある。

 更に石油資源と異なり、マナはあらゆる生物が使う。じゃあ、制限なんて不可能じゃないかと思うかもしれない。しかし、マナ使用量をコントロールすることは可能だ。

 生物がマナを使うには体の中にマナを取り込み魔力にする必要がある。取り込める量は種によって個体差があるが、マナ密度が低ければ低いほど取り込むことができる量が減る。つまり、マナ密度に連動して使用量が減る。このことから、魔法文明で使用するマナの量を制限すれば密度低下を防げるってなるわけだな。

 詳しいことはよくわからんが、そんなものなんだって。

 よっし、準備完了。

「道具類も問題ない。あ、天の大地に行くのって飛行魔法を使っていいのかな? それとも魔道具?」

「説明を読んでいないのですか? 天の大地から梯子が伸びますのでつかまれとのことです」

「落ちたら……魔道具使ってもいいんだよね」

「記載されてません」

 まじかあ。でも、緊急避難だったらさすがに魔法の使用は許可されているよね。

 俺の住むクリフォト国では魔法の使用が制限されている。魔道具であれば魔石でマナの量を管理できるが、魔法の使用だとそうはいかないからだ。

 体内の魔力を消費して魔道具に頼らず何らかの現象を発現させることが魔法である。使った魔量は空気中から体内に補充されるから使った人に支障はない。

 しかし、魔石と違ってどれだけ使ったか分からないからねえ。例外は魔法生物で、彼らは生きるためにマナを取り込む必要があるから生命活動を維持するための使用は認められている。制限ばかりの世の中で嫌になるよ、全く。

 ギギギギギギイイイイ!

 嫌な音を立てて、魔道車が停止する。

「魔道車ではなく小屋ですから、あしからず」

「お、俺の心を読んだのか!?」

「いえ、顔を見て判断しました」

『ケンイチ、お外へ行くみゅ』

 可愛くない突っ込みをするペネロペにふんと鼻息を飛ばし、ハリネズミのハリーを抱きかかえ外に出る。

 

「おおおお。『天の大地』、すげええ!」

 思わず感嘆の声が出た。

 圧巻とはまさにこのこと。地上より150メートルほどのところに大地が浮いている!

 大地の大きさは目視できないほど大きい。聞いた話では島をまるごと浮かせているとか何とか。俺が生まれる百年以上前に実行された魔道文明の象徴らしいのだが、今となっては負の遺産だよな。浮かせるのにも膨大な魔石が必要になるし、島を運んでくる時にどれだけのマナが消費されたのやら。

「信号をあげます」

 遅れて外に出たペネロペが導火線付きの丸い球を掲げる。

 導火線に火をつけ地面にそれを投げるペネロペ。すると、丸い球から青色の煙があがり狼煙となった。

 へえ、こんな方法で連絡をするのかあ。遠話で伝えるもんだと思ってたよ。

 空の大地を見上げ、ぼーっとその時を待つ。ハシゴが降りてきたらつかめばいいんだよな?

「ん、あれ?」

 異変に気が付き、血の気が引く。

 大地が、落ちてきていないか?

 気のせいかと思い、じっと目を凝らす。高木を目印にして大地との高低差を測る。

 やはり、じわじわと大地の高度が下がっているじゃあないか。

「ペネロペ、ハリー、大地が!」

「マスター、力が……」

 膝から崩れ落ちそうになるペネロペを支える。もう一方のハリーもまたぐったりしてその場で倒れていた。

 ハリーを抱え上げ、ペネロペに肩を貸し空を見上げる。

「おおおおおお!」

 今の間に50メートル以上は大地が落ちてきていた。

 このままだと落ちてきた大地につぶされてしまう。

「魔道車に戻るぞ!」

「あれは……小屋です……」

 全く、立てなくなるほどになっているってのに俺の気持ちを落ち着かせようとしてくれている彼女には敵わないよ。

 原因はもう分かっている。マナ密度に何らかの異常があったで間違いない。

 ペネロペとハリーの体調が急変するほどとなれば、マナ密度に相当な変化があったはずだ。

「ちくしょう! ペネロペ、ハリーを持って」

 ぐったりしている中申し訳ないが、肩を貸す体勢じゃ進めん。彼女を背負い、ハリーは彼女にむんずと掴んでもらって魔道車に転がり込む。

 このままあと数分もしないうちに大地が地面に突き刺さることは確定。

 ならば、ほんの僅かな可能性であっても最後まであがいてみせるさ。

 全速力でこの場から脱出する。

 魔道車の駆動ボタンを押し込む。

 ……。

 …………。

「動かねえ! 動け! 動けえ!」

 叫ぶもうんともすんともしない。突然故障するなんて考えられない。

 今の異変の原因は分かっている。ペネロペとハリー、そして天の大地の様子からマナ密度が突如危険水域の0.18を割り込んでいるんじゃあないかと。

 魔石にマナは充填しているから魔道車が動かぬはずはないのだが……。

 マナ計測器を掴み、動かなかったので自らの魔力を流し込む。自己魔力を使うことは緊急事態だから許してくれ。

 マナ密度『0.00』。

 ゼ、ゼロだと!

「う、こ、この感覚は」

 意識が遠のく。これは二度ほど経験したことがある。魔力切れで意識が飛ぶ感覚で間違いない。

 マナ計測器を稼働させる僅かな魔力で意識が飛ぶとかありえん……。

「す、すまん、ペネロペ、ハリー……」

 二人への謝罪を述べるも、完全に意識が沈んでしまった。

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