第7話 お食事おいしいれす

 ダリオが小枝を集めている間にモレイラが馬車から肉と野菜を出して、鉄製の台座を組み立てる。

 続いて彼は台座に息子が集めてきた小枝に乾燥した藁を乗せ、火打石をカチカチとさせ火をつけた。パタパタと小さな扇で火種をあおいだら火が大きくなり、しっかりと小枝に火が移る。

 慣れたもんだなあ。

 感心してみている間にも彼が手際よく進めていく。

 台座には網が乗せており、その上にモレイラがフライパンを置き牛脂? らしき油の塊を乗せ肉と野菜を炒める。岩塩を削り味を整え、コショウに見える黒い粉を振りかけた。

 肉野菜炒めを大皿に乗せ、続いて鍋に火をかけ大麦の粥を作る。こちらにも琥珀色の粒々を入れている。鶏ガラか何かだろうか?

 岩塩以外の調味料になじみがなくて、食べてみるまで何なのか分からないな。

 モレイラの料理の様子を見て疑念が確認に変わる。きっとペネロペも同じ結論に至っているのではと思い、彼女の耳元で囁く。

「これって……」

「何をご想像されているのか説明してくださらないとわかりません」

「魔道具を一切使ってない」

「そのようですね。マスターのお聞きしたいことが推測できました」

 ふむ、と形の良い顎を上にあげ、納得した様子のペネロペ。

「この場所って、天の大地のお迎え地点から東に僅か20キロの位置だった」

「CA歴2420年でしたか? 2420年の真偽がともかく、少なくとも時間軸か場所が異なっていることは明らかです」

 彼女が空に目線を向ける。

 晴天の青空。薄い雲がちらほらとあり、遠くに群れる鳥が飛ぶ姿が見える。よく見る空の景色だ。

 俺だってさすがに気が付いていたさ。

 そう、天の大地がない。空はただ晴天が広がるばかり。

 たった20キロ離れただけで天の大地が見えないはずはないのだ。天の大地は空に浮いているため、100キロ離れていてもその威容を視界に捉えることができる。

 捉えることができないとしたら、自分が高い山の麓に位置しているであれば山に遮られ見えない。

 一方でこの場所は空の大地を遮るような遮蔽物はないのだ。

 可能性としては地理観測器の観測結果が正確でないか、本当にCA歴2420年にいるかのどちらかになる。

「って、そこはさすがに俺も既に気が付いているって。地理観測機の故障か時代が違うか、のどちらかだろ」

「そうですね」

「時代が違う、で確信したんだよ。ほら」

「魔道具を使っていないから、ですか」

「早計かもしれないけど、馬車といい料理の様子といい引っかかるんだ」

「そうですね。娯楽で馬車を利用していたにしては、いざというときの備えもない。料理も回顧主義である可能性もありますが、それならそれで一言断りを入れてからとなりますね」

 俺の住む王国内にも省マナの過激な組織がいるにはいた。

 一切のマナの使用を否定し、魔道具も魔法も使わず生活していた集団だ。他にも貴族や富裕層の道楽として敢えて魔道具を使わない旅や食事を楽しむ「遊び」もあった。

 もし彼が省マナの過激組織の人だったら、俺が魔法を使った時点でえらい剣幕になるか、自分が助かりはしたから怒りは出さずとも距離を取ろうとするだろう。

 「遊び」だったら、そもそも雷獣を撃退している。

 そこから導きだされる答えは、本当に「魔道具がない」「魔法がない」のではないかってことだ。

 にわかに信じがたいが、2000年後の世界となればありえない話じゃあない。

「さ、できましたよ」

「ありがとうございます! あ、器には自分で」

 笑顔のモレイラに対し、せめて各自の取り皿に分けることくらいはやらせてくれ、と申し出る。

 うーん、取り分けているだけで肉と野菜のよい香りが漂ってきて、ぐうううと腹が悲鳴をあげた。

 金欠で最近ろくなものを食べていなかったから、この香り、たまらんな。

 しかし、俺は待てができる男……動物ではないのだ。

 全員への配膳が整い、「いただきます」の瞬間を待っているとあぐらをかく膝の上に乗ってきたハリーがすんすんと鼻を上に向ける。

『たべないのかみゅ?』

「ハリーはこれでいいかな」

 乾燥させた甲虫を床に置くとのそのそと俺の膝から移動するハリー。

『いただきまーす、みゅ』

 かじかじと食べ始める彼の姿に目を細める。

 さて、全員に水も行き渡ったようだ。

「いただきます!」

「大地の神に感謝を」

 手を合わせる俺に対し、モレイラとダリオも両手を組み祈りを捧げる。

 さっそく、肉野菜炒めからいただくとしよう。

 かみしめた肉からはじゅわああっと肉汁があふれ、そいつが野菜のうまさを際立たせる。黒い粉はコショウだったようだな。

 ぴりりと味にアクセントがついて更なる食欲を生む。

 飽食の日本時代の俺ならただの野菜炒めじゃないか、と思っていたかもしれない。しかし、この世界に転生し劣悪な食事環境で暮らしてきた俺にとっては得難いおいしさだ。

 粥の方もこれまたうまい。琥珀色の粒々は何だったのかはわからないけどうま味調味料的な何かであることは確か。

 ただ大麦が入っているだけじゃなくて、ニンニクと唐辛子のようなものも入っているのも味をよくしている一因だな。

「とてもおいしいです!」

「まだまだありますから、ぜひ食べてください」

 率直に感想を述べる俺に対し、モレイラが鍋と大皿をしめす。どちらもまだ半分くらいの量が残っている。

 では遠慮なく、いただかせてもらおうっと。食べられるときに食べておかないと、次はいつになるやらだからな。

「ご馳走様でした。とても美味でした!」

 上品にペコリと頭を下げるペネロペにモレイラがホッとした様子で「いえいえ」と返す。

 彼女は食べている間も無表情だったから、振舞った側としてはドキドキになってしまう気持ちは分かる。

 マナ密度が十全な彼女の食は細い。それぞれに盛る時に半分以下の量にしたくらいだもの。その量は小さな体のダリオよりも少ない。

 だから余計にモレイラとしては気になってしまうのだろうと思う。

 彼女が食事によるエネルギーをそれほど必要としないのは種族特性なので、気にすべきところじゃあないのだけど、モレイラが魔法生物という種を知っているのか分からない。もし超レアな存在になっていたとしたら、不用意に口にすべきでもないよなあ。

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