第22話「さらば、弁当屋!」

 翌朝、荷物をまとめた五人が開店前の弁当屋へ集まった。

 図書館で寝泊まりした者は最後の挨拶に来ていた。


 フィトラグスはエンジ色の鎧、ティミレッジは長い丈の白いローブ、オプダットは袖なしの黄色いシャツと、ゲームの時の格好で来ていた。


「うわあ~! これだよ、これ! やっぱりこの衣装が一番似合うよ~!」


 ユアは三人の本来の姿を見て興奮し始めた。

 フィトラグスが冷静に返す。


「俺らからすると普通だ。それよりも、このミラーレは随分と平和なんだな。モンスターもいないから、武器や防具を見掛けないわけだ」


 そこへディンフルが二階から降りて来た。

 ミラーレに来た時と同じく、長い髪を下ろし、紫のジャケットの上に黒いマントを羽織っていた。

 ユアは三人の時以上にときめき、言葉すら出なかった。その姿を見たのは、初日以来だった。


「ユアちゃん、目がハートになってるよ……」

「見れば見るほどムカつく格好だな」


 ティミレッジが指摘する横で、フィトラグスは敵意を向けていた。

 因縁相手と旅に出ることに今も納得がいっていなかった。


「足は大丈夫か?」

「あ、うん。大したことなかったみたいで、ゆっくり休んだら良くなったよ!」


 ディンフルから足の心配をされ、ユアは笑顔で答えた。


「そうか。治っていなければ、置いて行くところだったのでな」

「ご冗談を?!」


 ディンフルの返答に驚くユア。

 冗談に聞こえないほどに口調は冷淡だった。部下にスパルタを働く設定を考えたら、本当に置いて行くことも容易に考えられた。



 その時、店の奥からとびら、キイ、まりね、こうやがやって来た。


「みんな、カッコいい~!」


 本来の姿で集合したディンフル達を見て、とびらが叫んだ。


「世話になった」

「短い間でしたが、ありがとうございました!」

「ありがとな! 次に会った時も弁当食わせてくれよ!」

「オープンとティミーが世話になったな」


 ディンフル、ティミレッジ、オプダット、フィトラグスが順番に挨拶をする。

 最後のフィトラグスの言い方に、ティミレッジが違和感を覚えた。弁当屋ではディンフルが一番いる時間が長かったのに、名前を出さなかったからだ。


「一番世話になったのはディンフルさんのはず……?」

「ディンフルの礼まで俺がするのか?」


 指摘を受けたフィトラグスは不満そうにした。因縁のお礼まではしたくないようだ。

 慌てて話題を変えるために、ユアもとびら達にお礼を言った。


「私とディンフルも、お世話になりました。ありがとうございました!」


 とびら、キイ、こうや、まりねからも別れの挨拶をした。


「みんな、元気でね! 寂しくなるなぁ」

「またミラーレに来ることがあったら、ぜひ寄って行ってくれ」

「美味しいごはんも作るからさ!」

「その代わり、旅の土産話もしてね」


 最後に言い終えたまりねは、今度はユアへ向けて言った。


「ユアちゃん、昨夜はごめんなさいね。何か事情があるようだけれど、やっぱりお家の人を心配させちゃいけないわ。黙って出て来るのは良くないし、すれ違いとかが起きているなら一度話し合ってみた方がいいと思うの」


 元の世界の話になり、明るかったユアの表情がまた暗くなった。


「甘いな。話しても解決しないこともあると言うのに」


 察したディンフルが話に加わると、フィトラグスが嫌味を言った。


「ラスボスはマイナス思考の塊だからな」

「何だと……?」


 ディンフルが眉間にしわを寄せると、オプダットとティミレッジが「まあまあまあまあ!」と急いで落ち着かせた。

 さらにユアが「可能な限り、話し合ってみます!」と明るく取り繕ったことで大事には至らなかった。



 別れの挨拶を終え、五人は弁当屋を出て図書館へ向かった。

 とびらとキイは案内役としてついて行くことにし、まりねとこうやは笑顔で見送った。


 ユアも、見えなくなるまで笑顔で二人に手を振り続けた。

 しかし、心の中は暗くなっていた。


(ありがとう、まりねさん。でもディンフルの言うとおり、解決にならないこともあるんだよ……)



 弁当屋の裏側にキーワード図書館はあった。

 まだ開館前だったが、入口でキイの父・ワードが出迎えてくれた。


「おはよう、みんな。今日でお別れなんて寂しいなぁ。ティミー君とかはもう少し居てくれても良かったのに」

「僕も居たいですが、故郷も心配なので」


 ティミレッジはこの図書館をすっかり気に入っていた。

 本好きなこともあるが初めて入る異世界の図書館なので、フィーヴェには無い本を見れることが魅力だった。

 そして、図書館の仕事にも前から憧れがあったので、働けたことは彼にとっては財産となった。居たいのは山々だが、故郷や家族も気掛かりだった。


「本はどこだ?」

「奥の書斎だよ。家内が磨いて待っている」


 ディンフルの問いにワードが答えると、ティミレッジ、オプダット、フィトラグスの三人は目を丸くした。

「本を磨く」という意味がわからなかったのだ。




 一行が奥の書斎へ行くと、キイの母親・シオリがきちんとした身なりとバッチリメイクで待っててくれていた。


「おはよう、みんな! 待ってたわよ~」


 キイは心の中でつぶやいた。


(ディンフルと最後の関わりだから全部整ってるな。普段からそうしてくれればいいんだが……)


 シオリは普段自分の外見には無頓着で、家族や友人の前でも髪はボサボサ、身なりもジャージやスウェットが多いが、気になる者がいると上から下まで全て整えるようにしていた。

 なので、イケメン男性陣四人が来ると聞いた今日は、おしゃれとメイクを怠らなかった。


「ディンフルさんとも、お別れなのね……」


 半泣きになるシオリの横のテーブルには、クリスタルで出来たA5サイズほどの本があった。サイズはそんなに大きくないが、辞典のように少し厚かった。

 クリスタルで出来ていることに、フィトラグス、ティミレッジ、オプダットの三人は驚いた。ユアとディンフルは事前に聞いていたが、彼らは初耳だったからだ。


 魔法と大いに関わって来たディンフルとティミレッジは、すぐに本から魔力を感じ取った。


「魔法の書物はいくつか見て来たが、これほどの魔力は初めてだ。どこで手に入れた?」

「わからないわ。気が付いたら、キイ達が持っていたのよ」


 シオリが答えると、キイが「母さん達が手に入れたんじゃないのか?」と尋ねた。


「知らないわ。こんな珍しい本、手に入れたら覚えているはずだもの」


 クリスタル製のこの本は手に入れた側も記憶に残るはずだが、これまでワードやシオリから話が出なかった辺り、いつの間にか図書館にあったようだ。


「知っていればディンフルさんのお役に立てたのに、ごめんなさいね」


 ディンフルからの質問に答えられず、シオリは役に立てなかったことを謝った。

 ラスボスのディンフルが賞賛されるのが、フィトラグスはやはり信じられなかった。


「ユアと言い、変わった奴が多いな……」

「聞こえるよ!」


 皮肉を言う彼に、小声で注意するティミレッジ。


「役に立ちたければ、こちらを譲ってもらえるか? 力を持たぬ少年少女が、魔力が強い物を所持するのは危険だ。これを狙って悪しき者が襲来するかもしれぬ」


 ディンフルが提案し理由を説明すると、他の者は一斉に押し黙ってしまった。


「どうした……?」


 不審に思い、彼は他の者を見回した。周りもディンフルを凝視していた。


 静寂を破ったのはユアの一言だった。


「カッコいい……!」

「は?」

「そうよ、カッコいいわ! つまり、キイ達を守るために持って行ってくれるのよね?!」


 ユアに続いて、今度はシオリも絶賛した。

 二人が褒め称える中、他の者もディンフルの発言を疑った。


「夢を見ているのか? あのディンフルが相手の危険を思うとは!」

「やっぱり優しい方なのですね、ディンフルさん?!」


 オプダットとティミレッジもユア達に続いて目を輝かせていた。

 するといつも通り、ディンフルは怒りを露わにした。


「誤解だ!! 守るのではなく、魔力を自分のものにしたいだけだ!」


 フィトラグスも口を挟んだ。

 もちろん、彼を擁護するつもりはなかった。


「みんな、騙されるな! 本人の言うとおり、魔力を独占する奴だ。“悪しき者”は自分を含めて言ってるんだろう?」

「そ、そういうことだ!」


 誤解を防ぐために「魔力を独占する」と言ったディンフルだが、フィトラグスからの助太刀が納得いかなかった。


(何故、貴様が代弁する……?)


 本を持って行くことにキイは大賛成だった。


「俺は構わない。二度と開きたくなかったからさ」

「冒険できなくなるの、イヤだな~」


 とびらは反対だった。また本の力で旅をしたがっていた。


「昨日、おばさんが言ったこと忘れたのか? またみんなを心配させるし、今度こそ戻れなくなるかもしれないんだぞ! こういうのは、魔法のプロに任せておけばいいんだ!」


「魔法のプロ」と聞いて、とびらはすぐに納得した。

 これでユア達は、気兼ねなく本を持って行けることになった。


「でもこれ、どうやって持って行くの? 本の中に吸い込まれるんでしょ?」

「吸い込まれた時に一緒に来てくれるんだよ。たぶん、鍵について来るんじゃないかな?」


 ユアが聞くと、とびらは自身の首から下げていたクリスタル製の鍵を見せて説明した。


「セットで持ち運べるということか。それなら何故、別々にしていた?」


 ディンフルも疑問をぶつけた。確かに、別々に保管していたから一週間もミラーレから動けなかったのだ。

 キイが呆れながら答えた。


「とびらが勝手に持ち出しそうだから、離してたんだ」


「あぁ~」と、とびら以外が納得の声を上げた。




 いよいよ旅立ちの時。

 とびらはユアに自分の鍵を手渡した。


「大事にするね」

「今日からユア達のものだから、好きに使ってくれたらいいよ! 私が使うと、キイ君やお母さん達に怒られるからね」


 一方、本をまじまじと見ていたティミレッジは、表紙に魔法文字を見つけた。

 魔法文字とは、魔導士や魔法を扱える者しか解読できないものだった。


「この本、“ボヤージュ・リーヴル”って言うんだね?」

「読めるの?!」


 魔法を使えないとびら達は読めなかったので、解読できたティミレッジに面食らった。

 さらに彼は、表紙に書かれてある文字を読み上げた。


「本は“ボヤージュ・リーヴル”、その鍵は“ボヤージュ・クレイス”って名前がついているみたいだよ」

「名前があったんだな」


 彼の説明に、キイも感嘆した。

 学校で他国の文字を教わることはあるが、魔法文字は初めてなので新しい発見となった。



 本と鍵の名前を知ったところでユアは早速、鍵を本の表紙にある鍵穴に挿した。

 初めて扱う魔法系のアイテムなので、慎重になっていた。


「あれ……?」


 挿しただけなので、何も起きず。

 横からディンフルが「挿すだけでは使えんぞ」と、鍵をひねった。


 すると本はひとりでに開き、中から光が溢れ、強い風も吹き荒れた。


「うわーーー!!」


「ここにいたら一緒に吸い込まれる! とびら、母さん、部屋から出るぞ!」


 キイはとびらとシオリの手を引き、本から離れた。


「ま、また来てね、みんな! 特に、ディンフルさ~ん!」

「はいはい……。みんな、元気でな!」


 シオリが名残惜しそうに叫ぶ。

 キイは彼女に呆れた後で、ユア達へエールを送った。


「いつでも遊びに来てね~!」


 最後にとびらが叫ぶ。

 ユアは反応したかったが、吸い込まれ始めた衝撃で言葉が出せなかった。


 五人はボヤージュ・リーヴルの中に吸い込まれてしまった。

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