第21話「告白」
ユアは公園のベンチに座り、考えていた。
(本が見つかったから、今の生活とお別れか……。ディンフル達ともう少しいたいけど、ゲームキャラとしての役割とかフィーヴェでの生活があるよね。まりねさんも口を酸っぱくして言ってるし……)
その時、ユアの頭に一枚の布が掛けられた。
「ひゃっ!」
手に取って見ると、フリース製のひざ掛けだった。
時は一月上旬……寒い日が続くので、座って作業をする際にまりねから貸してもらったものだ。
「風邪を引いたら連れて行かんぞ」
そう言いながらディンフルがユアの隣に腰掛けた。
ユアは上着を着ないで出て来たことに気付き、掛けてもらったひざ掛けを肩に掛け直した。
ディンフルは単刀直入に聞いた。
「そんなに帰りたくないか?」
ユアは戸惑った。
彼が心配して来てくれたのはわかっていたが、指摘するとまたいつものツンデレが始まることもわかっていた。
だが今は、それに対応する余裕がなかった。
答えられずにいると……。
「わずかだが、私は打ち明けたぞ。お前は何も話してくれんのだな」
今日、ディンフルは少しだけ過去の話をしてくれた。
見返りを求めているわけではなさそうだが、今の言葉にユアは罪悪感を感じた。
「ごめん。そういうつもりじゃなくて……」
「言いたくなければ結構だ。こういうのは強制するものではないからな」
ディンフルは遮り、聞かない選択肢も示した。そしてすぐに「お前の過去にも興味は無いからな」と付け足した。
冷たく聞こえるがユアは「平常運転だな」と心の中で笑った。
「帰りたくなければ、店に残るか?」
「まりねさん、反対してるから無理かも……。さっきも聞いたけど、フィーヴェに連れて行ってもらうことは?」
「そんなに来たいのか? 娯楽として見ていると思うが、私からすれば面白い場所ではない。前向きなお前なら、楽しめるかもしれんが」
ユアはうつむきながら答えた。
「私、言うほど前向きじゃないよ。不器用だし、ドジだし、すぐ転んでケガするし、人に迷惑を掛けるし……」
やはりいつもと違う様子のユアに、ディンフルは困惑した。
「いつもの元気はどうした? 調子が狂うだろう……。まぁ、不器用とドジは当てはまる。その度に私がフォローを入れて来たからな」
「その節は、すいません……」
ディンフルに指摘され、ユアはフォローされたことを思い出し、改めて謝った。
「しかし、何故そのようなことを? いつもはすぐに立ち直るだろう?」
ユアは重い口を開こうとしなかった。
「“言いたくなければいい”と言ったのは、私だったな……」
ディンフルが諦めるように言うと、しばらく無言の時間が流れた。
ユアは珍しく黙ったままで、ディンフルも無理に聞こうとはしなかった。
静寂を打ち破るように、ユアが口を開いた。
「これだけ聞いてもらってもいい? 私がディンフルを好きになった一番の理由」
思いがけない言葉に、ディンフルは再び混乱した。問いに答えるのではなく、好きになった理由が来るとは思っていなかったからだ。
「別にいいが……」と困りながら返すと、ユアは話し始めた。
「私ね……、今から三ヶ月前、人生に絶望してたの」
衝撃の告白に、ディンフルは驚いてユアを見た。
人生に絶望など、普段の明るい姿からはまったく想像が出来なかった。
彼女はうつむいたままで、表情が見えなかった。
ユアが顔を隠すと言えば、初めて出会った時に推しのディンフルを直視出来ずに恥ずかしがる姿が印象深い。
今は、敢えて視線を合わせないようにしていた。
「詳しくは言えないけど、住んでた世界で色々あって……」
ディンフルは下を向いたままのユアを見つめ、話を聞き続けた。
「住んでたところを出て、”もうどうにでもなれ”って思って歩いてたら、ゲーム屋の前を通りかかったの。“自分にはもう関係ない”って通り過ぎようとしたら、“イマスト最新作”って書かれた看板が目に入ったの」
「なるほど。新作が出る喜びで、思い留まったか……」
ゲームの件を聞き、ディンフルはすぐに理解した。
ユアは続けた。
「それだけじゃない。店のモニターに宣伝用の動画が流れていて、フィット、ティミー、オープンと、他のイマスト
自分達のゲームなのだから、フィトラグス達が出ないわけがなかった。
その動画で、彼女は今作を知ったのだとディンフルは確信した。
「その中にあなたもいて……。見た瞬間、体中に電撃が走ったんだ」
「……異世界に雷魔法は飛ばしていないが?」
「そういうことじゃないよ!」
ディンフルの真面目すぎる発言にユアは顔を赤くしてつっこんだ。
「……すまぬ」と謝ると、彼女は照れ隠しからか勢いづけて続けた。
「つ、つまり、一目惚れしたの、ディンフルに!」
気迫に押されたディンフルは呆然としながら思い出していた。
「ここで会った時にも言っていたな。“一目惚れした”と。まさか、私がきっかけで思い留まったのではないだろうな……?」
「そう。“この人をもっと知りたい”、“今諦めたら、動いてしゃべる姿を見られない”、“この人に会わなきゃ”って思うようになったの。そしたら、少しずつ希望が湧いて来たんだ」
「そんなにか? こちらは何もしていないのだが……」
ユアは思っていたことをすべて打ち明けると胸がスッキリし、うつむいていた顔を上げて隣の相手を見た。
「ディンフル……ありがとう!」
ユアは元の明るい表情に戻っていた。
「あなたがいてくれたお陰で私、救われたの! ディンフルは私にとって生き甲斐だし、世界で……いや、宇宙で一番カッコ良い存在だよ! ……今さらだけど」
感謝の後に愛のこもった告白をされた。
ディンフルは今まで虐げられて生きて来たため、他人からの愛情たっぷりの言葉に慣れておらず、「はぁ……」と生返事をするしかなかった。
「ごめんね。ビックリしてるだろうけど、これが私の気持ちなの。ディンフルがいなかったら、ここにはいなかったと思うし、この世界の人達とも出会えていなかったかもしれない」
語尾へ行くにつれて暗いトーンになるが、すぐに持ち直した。
「とにかく、あなたには恩があるの! “ありがとう”を何回言っても足りないぐらい。きっかけが無かったから、言うのが遅くなったけど……。まだ私を苦手なら、好きじゃなくていいよ。でも、私からはこれからも好きでいてもいいかな?」
「……本当に驚いたぞ」
ヒートアップし早口で言われたことに、ディンフルは静かな口調で返した。
ユアは興奮したことを反省した。
「ですよね……。無理しなくていいよ。ディンフル、人間嫌いでしょ?」
「ああ。人間は何があっても嫌いだ。どんなに好かれ、褒め称えられても恨みは変わらぬ」
彼に何があったかはまだわからない。それでもユアは無理強いだけはしないようにしていた。無理矢理くっつけると、逆効果になることを知っていたからだ。
ディンフルは話を続けた。
「……だが、お前は別だ」
「えっ?!」
「先に言っておくが、好きという意味ではない! 今でも鬱陶しいと思っている! だが、どんな時も挫けぬところは悪くない。私に歯向かってくるフィトラグス一行とは違った強さを感じた」
「わ、私、強くなんか……」
「こちらがどんなに怒っても、お前は成長しようと努力をする」
ユアへの想いを初めて語るディンフルの表情が少しずつ和らいで来ていた。
「お前は“推しからアドバイスをもらえた”と喜んでくれるが、私が従えた部下たちは厳しさのあまり逃げ出す奴もいた。無理矢理、連れ戻したが」
最後の一言で、ユアは「拉致と一緒じゃん……」と引いてしまった。
「お前は日々成長していき、たった五日で看板娘として期待されている。働いたことが無いお前が少しずつ成長していく様子を見るのが、いつの間にか楽しみになっていた。それは事実だ」
彼が成長を楽しみにしてくれていることを知りユアは感激するが、同時に恥ずかしさが込み上げて来た。顔が真っ赤になり、耳まで赤くなった。
「それから……、“一目惚れした”と言ったな? まだ表面しか見ていないだろう? これから内面を知っていけば、傷つくかもしれぬ。それでもいいか?」
「は、はい。あなたに惚れた時から、覚悟しているつもりですから……」
「“つもり”ではダメだ。私の過去はお前の想像以上にきついものだぞ」
「ディンフルの過去」というだけで、ユアは今すぐ知りたくて仕方がなかった。
だが、聞かないことにした。彼は人間から忌み嫌われてきたディファート。幸せな過去が想像に難しく、下手をすれば互いの心が抉られるかもしれない。
「そしてフィーヴェへ行けたとして、そこで生きていく覚悟もあるか?」
次にディンフルはそう聞いた。
彼らについて行けば、フィーヴェがゴールとなる。着いたら、そこで暮らすことになるだろう。
ユアは「行きたい」とは思っていたが、住むことは現時点で考えていなかった。
「もし暮らすなら、気を付けろ。存じていると思うが、フィーヴェは魔物が出る。自身で武器を持つか護衛をつければ問題ないが、油断は許されぬ。あと、ディファートにとって住みづらい世界だ。我々を庇うようであれば、同じ目に遭うことも考えられる」
「えっ……?」
ユアは息をのんだ。
ディファートを庇うと同じ目に遭う……辛い思いはしたくないが、ディンフルらを差別する側にも回りたくなかった。
最初の魔物の出没よりも難しい問題だった。
「まだ先になると思うが、元の世界に帰りたくないなら、それらを考えた上で決めろ。」
そう言うとディンフルはゆっくりとベンチから立ち上がり、店に向かって歩き始めた。
ユアもびっこを引きながらも、ついて行った。
ユアは、彼が以前より自分を受け入れていることが嬉しかったのか、足の痛みは店を出た時よりも軽くなった気がしていた。
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