第2章 異世界編

第20話「出発前夜」

 ユア達が待ち望んでいた、異世界へ飛べる本がようやく見つかった。

 駆け付けたキイが知らせると、ユア、ディンフル、フィトラグス、ティミレッジ、オプダットの五人は、一斉に立ち上がった。


「普段さわっていない本棚を漁ったら、出て来たんだ」

「本棚? 散乱した本の中ではなかったのか?」


 キイが見つかった場所を伝えると、ディンフルが尋ねた。

 以前の話では、本棚の一斉整理の際に他の本に埋もれたことになっていた。しかし、実際は埋もれてなく、キイの父・ワードの書斎の奥の本棚にしまわれていた。


「なら、処理場まで取りに行った苦労は一体……?」


 間違って捨ててしまった疑惑が上がり、男性陣だけで車で処理場まで取りに行った。

 その時の大変さを思い出し、ディンフルは唸った。


「捨てられそうになった本を回収できたし、オープンさんとも出会えたし、よかったじゃないか」


 何はともあれ収穫があったことをキイが思い出させる。


「出会わなくとも良かったがな」

「何をぉ?!」


 ディンフルは冷たく返した。オプダットが来てからは食材の消費が増え(大食いのため)、彼の言い間違いも多く、モヤモヤしていた。

 当の本人は、ディンフルの言い方にショックを受けた。


「前から思っていたが、不思議な本と鍵に関わるお前達は何者なのだ?」

「僕も思った! 魔法とは無縁なはずなのに」


 ディンフルが二人へ聞くと、ティミレッジも興味津々で参加した。

 キイが若干困りながら答えた。


「関わってるというか、巻き込まれたんだよ。四年ぐらい前に、父さんの書斎をとびらと整理していたら、例の本と鍵を見つけたんだ。鍵で本を開けたら、異世界へ飛ばされてな」


 ティミレッジ、オプダット、フィトラグスは、驚いて声を上げた。

 ユアとディンフルは初日に聞いていたが、他の三人は初耳だった。


「あの時は楽しかったね~!」


 以前話してくれた際、キイは「これ以上聞くな」と言わんばかりに嫌な顔をしたが、とびらの方は楽しい思い出として残っていた。


「どこが?! 見たことない世界にいきなり飛ばされて、冒険やら何やらをさせられたんだぞ! お前が突っ走って行くから余計に大変だったのに……」


 とびらは思いつくとすぐに行動に移す子だった。悪いことではないが危険な冒険では命取りなので、彼女が動く度にキイが止めることが多かった。

 二人は、猪突猛進と慎重派という真逆コンビだった。

 そそっかしいので弁当屋でもそれに関係したミスを多発しており、話を聞いていたまりね、こうや、そしてディンフルは、キイの苦悩が手に取るようにわかった。


 彼が大変な思いをしたというのに、当のとびらは楽しんで話を聞いていた。

「キイの気持ちも知らずに……」ディンフルは怒りを通り越して呆れていた。


 そして、十代の男女が二人揃っていなくなるのは、周囲に相当な心配を掛けた。

 とびらが「たったの一日だけじゃん」と言うと……。


「一日でも生きた心地がしなかったわよ!!」


 まりねが怒鳴った。親としては、自分の子供が無断でいなくなることは耐えがたいことだ。

 しかも見知った場所ではなく、未知なる異世界へ消えたのだ。余計に心配だった。


「これでも“楽しかった”なんて言えるか?」

「ごめんなさい……」


 キイが聞くと、とびらはようやく無神経なことを言ったことに気付き、謝った。



「それで、フィーヴェには帰れるのだろうな?」


 ディンフルが腕を組みながら尋ねた。彼らにとっては重要問題だった。


「本当にランダムだから、すぐに行けるかわからないぞ。俺達が使ってた時も本を開ける度に、見たこと無い世界に飛んだんだから。まぁ、いつかはたどり着けるだろう」


 キイは曖昧に答えた。本の仕様は経験者でも理解に苦しんでいた。

 最後に希望を与えるような言い方からして、まさに「これ以上関わりたくない」と言いたげだった。


「ディンフルさんとかは、ここに住んでもいいんだよ?」


 こうやが口を挟む。

 ディンフルが来てくれたお陰で店の売り上げも上がっているので、いなくなって欲しくない。

 だが、本人は「断る」と即答。ショックを受け、うなだれるこうや。


 ここでフィトラグスは、キイが手ぶらで来たことに気が付いた。


「例の本は?」

「図書館だ。持って来たかったが、“もう遅いから明日にしろ”って、父さんが言うもんでな」

「そうね。帰る支度もあるし、明日にしましょう」


 まりねも賛成した。

 確かに、異世界へ行くには支度がいる。皆、ミラーレで生活している時の格好をしており、荷造りも出来ていなかった。


「着替えればすぐに行ける。私だけ先に貸して頂いてもいいぞ」


 ディンフルがそう言うと、ティミレッジとオプダットは驚きながら、ユアは絶望しながら「えぇっ?!」と声を漏らした。

 フィトラグスだけは声を発さず、表情も変えなかった。別行動に賛成しているようだ。


「せっかく同じ世界に帰るんだから、五人そろって行こうぜ!」


 オプダットが提案すると、ティミレッジも「異世界でバラバラになると、それこそ帰れませんよ」と付け足した。

 魔法が使えなければ本の力に頼って異世界へ飛ばなければならないので、イヤでも五人で行かなければならなかった。

 フィトラグスにとっては因縁相手との行動になるので、明らかに不服な顔をした。



 とびらが重要なことを思い出した。


「ユアも一緒でいいの?」


 他の者達も「そういえば?!」と声を揃えた。


「僕達の世界に連れて帰るのは、ダメでしょ……」

「そうだな。別の世界から来たんだしな」


 ティミレッジとオプダットの意見にユアは反対した。


「全然いいよ。むしろ、フィーヴェに連れて行って!」


 彼女の発言に皆が驚く中、キイが心配しながら尋ねた。


「自分の世界に帰りたいんじゃなかったのか?」

「……別にいいよ。前から“ゲームの世界で暮らせたらな~”って思ってたからさ」


 少し黙ってからユアは答えた。

 話し方はいつもの明るい様子だったが、目が泳いでいるように見えた。


「何言ってるの?! ご両親が心配するでしょう!」


 また、まりねの雷が落ちた。

 とびらとキイがいなくなった話をした時に「生きた心地がしなかった」と言ったばかりだ。


「連絡も無しに子供がいなくなると、親は心配するわよ! 子供を狙った犯罪もあるし。とびら達は一日で済んだけど、ユアちゃんはもう一週間でしょう?」


 ミラーレに来てからもう一週間。十代の少女がそれぐらいいなくなれば、普通の親なら本当に生きた心地がしない。

 しかし、何故かユアは押し黙っていた。

 今度はディンフルが尋ねた。


「帰りたくない理由でもあるのか?」


 ユアは顔を強張らせながら、彼を見た。


「単に、娯楽の世界で暮らしたいだけには見えぬが?」


 他の者がユアに注目する。

 彼女は質問に答えず、皆の視線にも耐えられなくなった。


「ちょっと、一人になります……」


 そう言い、捻挫した足を引きずりながら弁当屋を出て行った。




 ユアのいつもと違う様子に、他の者は心配になった。


「ユア、どうしたんだ?」

「聞かれたくないんだろう。そっとしておこう」

「帰りたかったら“連れてって”なんて言わないよね……」


 オプダット、フィトラグス、ティミレッジが言う中、店に残った者達は「聞いてはいけなかったか?」と疑問に思い始めた。

 特にまりねは、頭ごなしに怒鳴ったことを後悔していた。



「そういえば、ディンフルは?」


 とびらが言うと、全員はディンフルまでいなくなっていることに気が付いた。


「気付かなかったぞ! どこへ行ったんだ?」


 代表してキイが叫んだ。

 ユアが出て行くところは見たが、彼は音を立てず気配まで消して出て行っていた。


 かすかに開く勝手口のドアから、真冬の冷たい夜風が入り続けていた。

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