第17話「出戻り」
炎に包まれた森の中。赤く燃える草木が視界に映る。
以前と同じ光景だった。
目の前には赤毛の三つ編みを片方下げた女性が立っていた。
前と同じように、悲し気な表情を浮かべている。
「……また、会いに来てくれたのか?」
女性はこちらの後ろ側を見つめ始めた。
そちらへ振り向くと、赤く燃える森がウソのように青い空が澄み渡っていた。その下には、弁当屋・ネクストドアがあった。
「弁当屋? 何故、森の中に?」
女性の方へ向き直すと森は無くなっており、彼女もいなくなっていた。
代わりに、この一週間過ごした町が広がっていた。
弁当屋の中はお客さんでいっぱいだった。店番をしているのはとびらと、手伝いに来てくれているキイ、そしてまりねという、いつもの三人の姿があった。
「あいつは……?」
◇
目を覚ますと青い空が広がっていた。
ディンフルはまた公園のベンチで横になって眠っていた。
「また夢か……。何故、弁当屋が出て来たのだ?」
ミラーレに来た時もディンフルはこの公園で、燃えている森と女性の夢を見た。
同時に、ユアと出会った場所でもある。あの時は傍に彼女がいて、うなされるディンフルの額に濡れたハンカチを当ててくれていた。
約一週間、ディンフルは弁当屋と図書館、そしてユアに尽くして来た。ほぼ不本意だが……。
体を起こし、ベンチに座り直して足を組むと、ディンフルはユアとあったことを振り返り始めた。
一同の食事の手伝いをしていた時に、ユアが具材を焦がしてしまった。
「終始、火が強い! 強弱を使い分けろ! 常識だぞ!」
見ていたディンフルがたしなめる。
ユアは、まりねに料理の経験を聞かれた時に「少しだけある」と答えたが、お世辞にも経験があるとは思えなかった。
ユアの失敗は今に始まったことではなく他にも色々あった。その都度、ディンフルやまりねに怒られて来た。
それでも二人共、ただ怒鳴るだけではなく、どうすれば出来るようになるか助言までしてくれる。
まりねは店のためで、ディンフルは世話焼きの傾向があるのか同じく丁寧に教えてくれる。
本人は「店が潰れたら、本を待つ場所が無くなる!」と言っているが……。
助言を活かして成功し、その度に「ディンフルのお陰だよ! ありがとう!」と言われる。
初めは「大袈裟な……」と思っていたが、言われ続けると「人間からここまで感謝されたのは初めてだ」と感心するようになっていた。
そして、出来る仕事が増える度に笑顔になったり、日々成長していくユアの今後にいつの間にか期待するようにもなっていた。
ディンフルは、フィーヴェでは世界中を恐怖に陥れたので間違いなく嫌われている。
ミラーレでも「態度が悪い」という理由で一時期接客をさせてもらえなくなり、昼間も悪態をついて出て来てしまった。
現時点で人から好かれている自信がない。
フィーヴェでは、ディファートは大人子供関係なく差別を受ける種族。
ディンフルも幼少期から味わって来たので嫌われることには慣れており、好かれることにも期待しなくなっていた。
しかし、ミラーレの者達は初めて会うタイプだった。
特にユアは、数少ないファンの一人である。それなのに、「大嫌いだ」などと言って傷つけてしまった。
弁当屋の者達も、ディファートである自分を差別することなく一週間良くしてくれたのに……。
「ん? 何故こんなことで悩んでいる? 私は魔王だぞ!」
思い出しているうちにディンフルはベンチから立ち上がり、歩き始めて公園を出た。
向かったのは弁当屋。無意識に足がそちらへ向いてしまっていた。
◇
到着し、中を覗くと店番をしていたのはとびらとキイの二人。夢で見たようにユアの姿はなかった。
外から店内を見ていると、後ろからまりねに声を掛けられた。
「随分と早いお帰りね?」
「別に戻ったつもりは……」
ディンフルは振り返り、否定するが返答に覇気がない。
まりねはすぐに別の話題へ移った。
「帰る方法を探すって言ってたけど、見つかったの?」
「残念ながら。だが、フィトラグスが店にいるなら、別行動だ」
「彼も同じこと言ってたわよ。あなたとユアちゃんがいるなら弁当屋には行かないって。こちらは何もしてないのに、勝手に嫌われて気分は良くないけどね」
まりねは冗談っぽく言った後で続けた。
「ユアちゃんまで目の敵にされているわよ。“故郷と家族を奪った人を好きになる人が理解できない”って。あなたが出て行った後、“同じ空気を吸いたくない”とまで言ってたわよ。ユアちゃん、ショックを受けて、二階で休ませているわ」
ユアは普段、失敗をしてもめげずに明るく振る舞って来た。
そんな彼女が店に立てないほどに落ち込んだことを受け、ディンフルは「私を好きになったばかりに」と少しだけ同情した。
その時、とびらとキイがディンフルの姿を見て、店から出て来た。
「戻って来たんだね?」
「そんなつもりは無い」
とびらが嬉しそうに近づくが、ディンフルはすぐに否定した。
「本当にあの人達の故郷を異次元へ送ったのか?」
キイが心配しながら尋ねた。
「そんなことする人には見えないけどな……」
「今は力が使えないからだ。魔法さえ戻れば、こんな世界も滅却してやる!」
とびらの言葉にディンフルが意地になると、今度はまりねが冷静に聞いた。
「今のあなたに出来るかしら?」
「どういう意味だ?」
続いて、とびらも否定した。
「私も、今のディンフルには出来ないと思う。だって、ディンフルの作る料理、とっても美味しいんだもん!」
予想外の理由に彼はずっこけ、「関係あるのか……?」と呆れ果てた。
「思いっきりあるよ! だって料理って、味付けだけじゃなくてその人の思いでも味が決まるんだよ。ディンフルの料理は本当にハズレが無いしお客さんからも評判良いし、あなたが作ってること知らないお客さんからも“こうやさん、腕上げたね”って褒められたんだよ!」
いつもみたいにとびらはズレた物言いをすると思っていたが、珍しくきちんとした発言をした。
表情も真剣そのものだった。
「愛情が感じられるから、とびらもおばさんも“悪いことが出来ない”って思ってるんだよ。俺も同じだ」
キイも同じ思いだが、ディンフルはやはり気に入らない。
「前にも言ったが、居場所確保のためにやっている!」
「あなたの料理に嫌々な気は感じられないわ。元々上手だからかもしれないけど、下ごしらえから味付けまで丁寧ですもの。ちゃんとお客さんの立場に立って作られてるし、人間嫌いならもっと不味く作るはずよ。それに、ユアちゃんもフォローしてあげて来たでしょ?」
ディンフルは納得出来ず、苦虫を嚙み潰したような顔になった。
その様子に、遂にとびらが怒鳴った。
「素直じゃないな! もし力が戻ったら、今すぐ私らやこの弁当屋を異次元へ飛ばせるの?!」
とびらが真面目な質問をしたのでディンフルだけでなく、キイとまりねも驚いた。とびらは普段、ここまで怒ることが無いからだ。
ディンフルは肯定も否定もしなかった。
「何故、そういう話になる……?」
キイも、話題を変えて説得を始めた。
「ユアのことも、実は心配なんだろ? 山菜採りでケガした時も、ティミーさんを呼びに行ってたじゃないか」
「あ、あれは、たまたま薬屋に白魔導士がいただけだ。あいつのために呼んだわけではない!」
まりねが追い打ちを掛けた。
「そこ!! 本当にユアちゃんが嫌いなら、その場で見捨てるはずよ!」
確かに、あの時一人で山を離れれば周囲から「ディンフルはユアを嫌いなんだな」と確実に思わせることが出来た。
それなのに、彼女の手当てのために薬局まで足を運んだ。
「先ほどから何が言いたい? ユアが私を好きだから、私も彼女を好きになれと?」
「好きになるかはあなたの自由にすればいい。ただ、あれだけ心配していたのに“大嫌いだ”って言ったことが気になるんだ。ライバルも来たことだし、強がってたのか?」
「本当に嫌いだから言ったまでのこと」
ディンフルは再び否定するが、先ほどまでの威力がだいぶ落ちていた。抗うことに疲れて来たようだ。
ここで、まりねの雷が落ちた。
「本当にユアちゃんが嫌いなのね? だったら、もうここには来ないで!!」
予想外の発言に、ディンフルは驚いてまりねを見つめた。
「ユアちゃんはこれからも少しずつ成長していくと思うし、愛嬌もあるからお客さんからの評判もいいの。店には既に無くてはならない存在よ。そんな子を店に立てなくさせる人には、いて欲しくないの。あなたの腕は認めるけど、私とお父さんがいるから何とかなるわ」
こうは言ったがもちろん、まりねの中ではユアをまだ認めていない。なかなか素直にならないディンフルに、とびらと同じように腹を立ててウソを言ったのだ。
少し黙った後でディンフルは「こちらも気兼ねなく出て行ける」と納得し、来た道を引き返して行った。
とびらが追い掛けようとするが、キイが引き止めた。
まりねの言うことも一理ある為、ディンフルが出て行くことには反対しなかった。
去りながらディンフルは、本を待たせるキイに「いつまでも待たせる方が悪いのだろう」と憤りを感じていた。
同時に、こちらが店を去ると言うのに引き止める気配がないキイとまりねに疑問に抱いていた。さっきまで、とびらと一緒に説得をして来たというのに……。
曲がり角に来る前に、店からこうやが慌てて出て来た。
「大変だ! ユアちゃんが出て行ったよ!」
とびら、キイ、まりねがこうやへ目を向ける。
聞こえたディンフルも思わず立ち止まり、首だけ振り向いた。
「元気付けでおやつを持って行ったら、机にこんな書き置きがあったんだ!」
こうやは持っていた紙をとびら達に見せた。
そこには、「これ以上、迷惑を掛けられないので出て行きます」と書かれていた。
「これ、ユアが書いたの?」
「迷惑なんて思ってないのに……」
とびらとキイが見入っていると、去ったはずのディンフルが戻って来て、書き置きを奪って読み始めた。
読み終えると顔を上げ、鬼気迫るように聞いた。
「他の部屋は見たか?!」
突然戻って来た上に、心配までし始める彼にキイ達は唖然とした。
「風呂場やトイレとか、他の部屋も探したけどいなかったよ」
「図書館かもしれないな。ちょっと確認してみるよ」
キイは提案をすると、携帯電話を出して掛け始めた。
繋がった相手と少しだけ会話をすると、電話を切った。
「父さんが出たけど、ユアは来てないそうだ」
図書館にもいないとなると、他に心当たりがない。
ユアはミラーレにまだ詳しくないので、行く当てはないはず。
さらにキイは、図書館にはフィトラグスが来ており、そこで本を待つことも教えてくれた。
恐らく、ユアが図書館へ近寄らないのは彼を気遣っているからではないかと思われた。
「いつ頃いなくなったかはわからんが、女性の足だ。そう遠くへは行っていないだろう」
率先してユアを探そうとするディンフルをとびら達は呆然と見るが、視線を感じた彼から「店の危機なのだろう?」と先手を打たれた。
すぐに戻って来ては店の心配までしてくれる彼に「いつまで素直じゃないんだ……?」と、他の四人はすさまじい矛盾を感じていた。
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