第16話「嫌われる」
イマスト
その後すぐにお昼のラッシュが始まったため、いつも通り仕事に取り掛かったがやはり元気が無く、接客ではなく裏方の調理へ回してもらった。
昼を過ぎた辺りでまりねが気を遣い、ユアを早退させて二階に上げた。
その間、ティミレッジ達から事情を聞いたキイがとびらを責め立てた。
「とびらが余計なこと言うからだぞ! 何でライバルの前で“ディンフルが好き”って言ったんだ?」
「つい、うっかり……」
とびらも後悔しているらしく、頭を抱えて唸った。
それを見て、まりねがキイをなだめた。
「キイ君、過ぎたことを言っても仕方ないわ。ディンフルさんとライバルさんが険悪なら、どっちみち平穏に済ませるのは難しかったわよ」
自分達の故郷を消されたからとは言え、人前で剣を抜くぐらいだ。フィトラグスのディンフルへの恨みは相当深い。
戦おうとする瞬間を誰にも見られなくて良かったとキイは思った。
そこへ店のドアが開き、客が入って来た。
「いらっしゃいませ!」と出迎えるも、やって来たのはフィトラグス。良くない感じで店を去ったので、「どうも……」と彼は気まずそうに挨拶をした。
キイは、きっと仲間達に用事があって来たのだろうと思い、聞かれる前に伝えた。
「ティミーさんとオープンさんはこの近くの図書館ですよ。そこ、俺の家でもあるんですけど、手伝ってもらってるんです」
フィトラグスは「そうか」と簡単に答えた。キイの思惑通り、やはり仲間達を探していたようだ。
ティミレッジ達の情報を知るとすぐに「ディンフルと女の子はいるか?」と尋ねて来た。「女の子」は、もちろんユアのことだ。
「ディンフルさんは戻ってないわ。ユアちゃんなら、この二階にいるけど?」
まりねが天井を指さしながら応じた。
先ほどと同じ簡単な返事をして相手が出て行こうとすると、キイが呼び止めた。
「何か、用があったんじゃないですか?」
「ディンフルと、あの子がいないか確かめに来たんだ。彼女がここに出入りしているなら、図書館でオープン達と本を待つよ」
ユアまで嫌う彼に、とびら達は不快感を覚えた。
「そんなこと言わないで下さい! ユア、ディンフルとあなたに嫌われて、すごく落ち込んでいるんですよ!」
「余計なことを言った奴もいるけどな」
とびらの横からキイが口を挟んだ。直接の原因ではないが、きっかけを作った彼女が言っても説得力がないと感じたからだ。
それをまりねもわかっており、とびらの代わりに説得をし始めた。
「ディンフルさんのこと、悪く思っているみたいだけど今だけ目をつぶってあげてくれる? 彼も今、困っているから……」
「あいつだけは許せねぇんだ!」
フィトラグスはまりねの話を遮った。
「あんたら、自分の家族や店を魔法で消されたことがあるか? 仮に、店を潰した上に家族を誘拐した相手を許せるか? そして、そんなことした奴を好きになった奴も理解できるのか?! 相手の所業を知った上でだぞ!」
三人は言い返せなかった。
フィトラグスの思いと例え話を聞き、自分達が彼の立場なら同じように思っていたかもしれないし、加害者とそれを好きになる者を許す自信が無かった。
「ディンフルとあの子がいなくなるまで、この店には近づかない」
フィトラグスはそう吐き捨てると、店のドアをピシャッと閉めて出て行ってしまった。
今の会話は二階へ続く階段に座っていたユアの耳にも届いていた……。
◇
図書館ではオプダットとティミレッジが本を片付けていた。
二人も浮かれた様子ではなく、フィトラグスとディンフルの心配をしていた。
「フィットとディンフル、もう来ないかな~?」
「ディンフルさんは来ないかもね。フィットに居場所知られちゃったし……」
「でも、ディンフルはフィーヴェで戦ってた時より柔らかくなってるぞ。フィットもわかってくれると思うけどな」
「フィットはディンフルさんを嫌ってるから、言っても聞かない気がするよ」
そんな噂をしていると、フィトラグスが図書館にやって来た。
ティミレッジとオプダットは喜んで彼を出迎えた。
「来てくれたんだな!」
「やっぱり、フィーヴェに戻りたい。異世界へ飛べる本をお前らと待つよ。あと、弁当屋にはもう行かない。ディンフルを好きな女がいるからな」
「ここで待つ」と言われてさらに喜ぶ二人だが、ユアまで避け始めた件で表情が曇った。
「それを言ってたら、弁当屋のとびらちゃんやその家族と、図書館のキイ君家族もディンフルの関係者だよ。彼はこの図書館の二階で寝泊まりしながら、両方を手伝ってたんだから」
ティミレッジが説明するとフィトラグスは初めて、ディンフルが図書館にも出入りしていることと彼が二つの施設で働いていることを知らされた。
「ディンフルが?! フィーヴェを襲って、罪のない人々を異次元へ送った悪人が人様のために働いているのか?! 信じられない……。町中であいつの名前を聞いた時は人違いだと思いたかったが……」
実は朝方、買い物を終えてしゃべるユアととびらの会話をフィトラグスは立ち聞きしていた。
盗み聞くつもりは無かったが、ディンフルの名前が聞こえて立ち止まり「まさか……?」と思い、もらったチラシを見ながら弁当屋まで来た。因みに、ユアとぶつかってしまったのは偶然だった。
ディンフルが作る惣菜が好評の話を聞いた時も、彼が料理をするイメージが微塵もなかったのでますます信じられず「毒とか盛られていないだろうな?」と心配までした。
さらに……。
「話はわかったが、あいつが俺らに何したか忘れてねぇだろうな?」
「悪いが、今はそれどころじゃねぇ。弁当屋と図書館が忙しいんだ」
「そっちか?!」
フィーヴェではなく、店の心配するオプダットに怒りと呆れの声を上げるフィトラグス。
しかし、オプダットはすぐに否定した。
「フィーヴェのことも忘れてねぇよ! ティミーもディンフルも魔法を使えない。フィットだってそうだろ? 揃って異世界に来てんなら、やり合っててもしょうがねぇじゃん。ここでディンフルを倒しても、フィーヴェの状況を確認できなきゃ意味ねぇし」
「オープンの言うとおりだよ。今、戦っても根本的な解決は望めないと思う」
フィトラグスは何も言えなくなった。
フィーヴェを恐怖に陥れたディンフルは現在、ミラーレで弁当屋と図書館を手伝い、人々に貢献している。彼は嫌々らしいが……。
一方的に相手を追い詰めても、逆に自分の立場が危うくなりそうだった。
正義の国の王子としては彼を讃えるべきだが、故郷と家族を奪われたままなのが引っ掛かっていた。
異次元へ送られた人々の生死も気になるところだ。
ここで、ティミレッジが気になることを言い始めた。
「僕、思ってたんだけど、現時点で僕らの家族やフィットの国民が亡くなったとか確定してないよね? 異次元がどんなところかは知らないけど、そこへ送られたからって死ぬとは限らないし」
オプダットが続けて言った。
「俺も思った。異次元へ送られたことしかわかってねぇし、あいつが人を殺したって話も聞かなくないか?」
「人間が嫌いなら、その場で殺すはずなのに……。何で、わざわざ別の次元に飛ばすんだろう?」
二人はディンフルを庇っているわけではなさそうだが、どうも敵と思いたくないようだった。
「”殺してないから悪人じゃない”とは限らないぞ! 異次元へ送ったのも裏があるに違いない! もし、送られた先が危ないところだったら? あいつならやりかねないぞ!」
どうしてもディンフルを悪者に思うフィトラグスは、二人の考察にも納得がいかなかった。
それでも彼にとって今は仲間が拠り所になっていた。二度とはぐれないように、空いている席に腰かけ、二人の仕事ぶりを見守り始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます