第15話「主役の王子様」

 フィトラグスとディンフルを中心にもめていると、厨房からまりね、勝手口からキイがやって来た。


「何の騒ぎ?!」


 まりねはディンフルの罵声を聞いて駆け付け、キイはティミレッジに忘れ物を届けに来た。

 ディンフルはキイを思いきり睨みつけた。


「貴様がモタモタしているせいで、“人間と仲良くなった”などと誤解を受けた。どうしてくれる?!」


 キイはすぐに本のことを言っているのだと理解するが、いきなり責められて困惑した。

 フィトラグスがまりねに尋ねる。


「あなたがディンフル達の受け入れ先の方ですか?」


 まりねとキイは、ディンフルが怒っていることに頭がいっぱいで、初対面のフィトラグスに対しては「誰だ?」という疑問が先に来た。


「たいへん申し訳ありませんが、今からこいつと戦ってもいいですか?」


 フィトラグスはディンフルを指して、再度まりねに尋ねた。話し合う気にはなれず、真剣勝負を提案したのだ。

 彼女が答える前に、ディンフルも「面白い」と話に乗って来た。


「ユアの前だぞ!」


 オプダットが止めるも、二人は無視して店の外に出た。

 イヤな予感がしたまりねも急いで店を出た。




「ストップ! これからお昼のラッシュなのよ! 店の前で暴れたら、お客さんが怖がって帰ってしまうでしょ!」

「正義のためなのでご了承を。こいつを倒して、この世界も救います。」


 ミラーレも脅かされていると誤解したフィトラグスは隠し持っていた鞘から剣を抜き、ディンフルに向けた。

 平和な世界で育ったとびらとキイは、生まれて初めて本物の剣を目にした。


「本物?!」

「ほ、本気か?!」


 フィトラグスが真剣を出したということは、同じく戦意があるディンフルも剣を抜くに違いない。

 ここで、事情を知っているオプダット達に疑問が生まれた。


「そういや、ディンフルもばかでかい剣持ってたよな? 普段はどこにしまってんだ?」

「あれは魔法剣だ。鞘などは存在せず、魔法でしまっている」


 フィーヴェの魔法剣とは、魔法を注ぎこむと様々な属性で戦うことが出来る武器。

 普通の剣とは違い、魔法で出し入れするので「鞘から出す」と言うよりも「召喚する」と言った方がいい。

 しかし、今は魔法が使えない。つまり、ディンフルは剣が出せなかった。


「剣が使えぬ時のために武術も心得ている」

「武術だと? こちらは剣で行くつもりだが?」

「構わん。来い!」


 剣相手に体一つで挑もうとするディンフルは弁当屋のエプロンと帽子を外すと、ファイティングポーズを決めた。相手の剣には怖いという気持ちをまったく持ち合わせていないようだ。

 ますます気に入らないフィトラグスは剣を握り直し、掛かって行こうとした。


 見かねたまりねの雷が落ちる。最初は二人へ、後半はフィトラグスのみに怒鳴った。


「やめなさい!! この時間にこの場所で戦わないで! あなたも剣をしまって! この世界では、危険物を持ち歩く人は違反になるのよ!」


 フィトラグスが生まれ育ったインベクル王国は正義の国。「違反」は国の意向に背くことになるので、おとなしく剣をしまった。

 相手が戦意喪失したのを受け、ディンフルも戦うのをやめて店に入った。




「さあ、話して! ケンカの原因は何? どっちが悪いの?」


 まりねとフィトラグスも店内に入り、急遽話し合いが始まった。

 事情を知らない彼女はケンカと捉えていた。「子供のような扱いだな……」と、二人は腑に落ちない。

 彼らの代わりにユアが答えた。


「こちらの赤い髪の人はフィトラグスと言って、ディンフルのゲームの主人公なんです。だから、ラスボスのディンフルとはライバルと言うか、因縁と言うか……」


 続けてフィトラグスが、ディンフルを指しながら答えた。


「こいつが俺の故郷を消したんだ! 俺だけじゃない。オープンやティミーも被害者だ!」


「故郷を消す」……本物の剣と言い、ミラーレでは見たことも聞いたこともない事情にとびら達は信じられなかった。


「本当なの?」

「……ああ」


 まりねも驚きながら尋ねると、ディンフルはそっぽを向いたまま肯定した。


「何でそんなことをしたの?」

「人間が嫌いだからだ」


 理由を聞いても、別の方を見ながら無愛想に答えた。


「そんなので納得できるか! ちゃんとした理由を話せ!」

「そうだよ、ディンフル。やっぱりディファートであることが関係しているの……?」


 ユアもなだめるように聞いた。

 ネタバレはゲームをプレイするまで知りたくないが、今は真実がわかればフィトラグスも怒りを鎮めてくれるだろうと考えていた。彼の納得いくものであればの話だが。


 しかしつい先ほど、「大嫌いだ」と言われたショックからユアは思うように声が出せなかった。

 ディンフルは質問には答えず、食い気味で彼女に怒鳴りつけた。


「お前には関係ない!」


 彼は持っていたエプロンと帽子を床に投げつけ、再び店の外に出た。


「ここを出て行く」

「えっ?!」

「因縁に見つかった以上、留まる気になれぬ。帰る術は自ら探す。その方が早い。人間達に任せたのが間違いであった!」


 そう吐き捨てると、去って行ってしまった。


 とびらが追いかけようとするが、キイが「今は放っておこう」と引き止めた。同様に、まりねも今行ってもまともに話せそうにないと思っていた。

 オプダット達もフィトラグスの前では、ディンフルの元へ行きづらかった。


「あいつを追い掛けたら、裏切り者と見なすからな」


 もちろん、本人も反対した。そればかりか……。


「俺も行くわ」

「ど、どこへ?」

「当てはないが、その子と同じ空気を吸いたくないんだ」


 ティミレッジの問いに、フィトラグスはユアを指しながら答えた。


「罪は無くても、あいつの悪行を知ってて好いているのが信じられないんだ。悪いな」


 フィトラグスも店を出て、ディンフルとは逆方向へ去って行った。

 お昼のラッシュ前に弁当屋が重い空気に包まれ、ユアは心を痛めていた。

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