第13話「買い出し」
ユア達のパーティにティミレッジとオプダットが加わった。
働く人数が増えたので、とびら、ユア、ディンフルは弁当屋、キイ、ティミレッジ、オプダットは図書館へと分担された。
昨日まではユアとディンフルのどちらかが弁当屋か図書館を交互に行っていたが今日から二人共、弁当屋に固定されることになった。
「何故、私が弁当屋なのだ……?」
不満を垂れながらも、早い包丁さばきで食材を切って行くディンフル。
「上手く切っておいて、そのセリフはないんじゃない? こちらとしては助かってるのよ!」
「助けているわけではない! 今のところ居場所がここしか無いからだ! あと、お前達の中途半端な出来が気に入らぬ!」
まりねが褒めてもディンフルはいつもの無愛想。
「いい加減、素直になればいいのに」と思うユアだが、優しい笑みを浮かべて感謝するディンフルを想像すると「何かちがう……」と後悔した。
「嫌々作っているみたいだけど感じるよ、ディンフルの愛」
「気のせいだ、バカバカしい!」
続いてユアも褒めるが、やはりつっけんどん。
ディンフルをよく知る彼女にとっては予想内の答えだった。
「そんなこと言ってるけど、過去にいたんじゃないの? 愛をあげたくなる人」
まりねが聞くと、とびらとユアは興味丸出しでディンフルを見た。特に、ユアにとっては重大な疑問でもあった。
すると彼は調理の腕を止め、こちらを見た。
「何故、わかった……?」
「否定しないってことはそうなの?!」
ディンフルに恋人がいる、もしくはいた……。ユアにとっては予想外の答えだった。
ヤキモチ焼きなので、ショックを受けた。
「お母さん、何でわかったの?」
「なんとなく。ほら、ディンフルさんってイケメンだし器用だし、過去にお付き合い経験がありそうだと思ってね」
とびらの質問に、まりねは得意げに答えた。
確かにディンフルは様々な経験を経てきたらしいので、恋人がいても不思議ではなかった。
ユアはショックを受けたが、すぐに納得してしまった。
すると、ディンフルは視線を作業へ戻しながら、つぶやいた。
「とっくに死に別れた」
ユア達は絶句し、厨房に重い空気が流れ始めた。
「お亡くなりに……? ごめんなさい。悪いこと聞いちゃったわね……」
「二度と聞かないでいただきたい」
まりねの謝罪に、彼は冷たく返した。
それきりディンフルは黙々と作業に没頭し、ユア達も声を掛けづらくなった。
(ディンフル、恋人を亡くしたんだ。ネタバレになるから聞かないけど、人間嫌いになったことと関係があるのかな……?)
ユアも気にはなったが、深入りはしなかった。
そして、恋人との死別を告白した時のディンフルが怒りをこらえているように感じられた。
◇
その頃、図書館組は本の整理をしていた。
「すごいなー。フィーヴェでは見たことない本ばっかり!」
「ティミーさん、先に片付けて!」
「ご、ごめんなさい! ただいま!」
ティミレッジは本を読み出すと止まらないので、キイに注意されてしまった。
作業を再開しようとすると、同じく整理をしていたオプダットが怪力を活かして、辞書や図鑑などの分厚い本を片手に五冊ずつ積み上げて運んで来た。
「キイ! ここでいいんだよな?」
「すごっ!!」
大きくて厚い本を大量に持ち運べる人はそうそういないので、キイとティミレッジは呆然とした。
「あ、ありがとう! 腕とかもげないように、気を付けてくれよ?」
「心配すんな! 力には自信があるからな!」
気を遣うキイに、オプダットは二の腕を指しながら明るく答えた。
ティミレッジは内気な性格であると同時に体を鍛えておらず、強くて明るいオプダットがうらやましかった。
「いいよね、生まれつき明るくて力がある人って。僕なんか引っ込み思案だし、体力が無いからすぐに疲れちゃうよ」
「何言ってるんだ? “ダメだ”って決めつけてると、ますます弱くなっちまうぞ! その気になれば、何でも出来るさ! 俺だって、幼少期を乗り過ごしたから今があるんだぞ!」
「……ん?」
キイとティミレッジは二つの意味で疑問に思った。
まず一つ目は、「乗り過ごした」という言い間違い。すぐにティミレッジが「乗り越えた」と訂正した。
二つ目は、オプダットの幼少期について。それを乗り越えたから、今の彼が明るくて力強い武闘家になったという意味なのだろうが、今の姿になるまでに何があったのだろうか?
それに加えてキイは、「どうしたら、ここまで言い間違いが多くなるのだろう?」という点も気になった。
ティミレッジは共に旅した仲間だが、彼の過去は聞いたことが無かった。
なので、率直に聞いてみた。
「答えにくかったらいいんだけど、幼少期に何があったの?」
「えぇ……? 色歴史だから教えられねぇよ!」
恐らく「黒歴史」と言いたかったのだろう。
ティミレッジはオプダットの黒歴史ということでますます気になったが、彼が話したがりそうにないので、それ以上は追及しないことに決めた。
◇
弁当屋・ネクストドア。
開店前なので客はまだおらず、店内の準備をこうやとディンフルに任せ、自宅の台所でまりねがユアに料理を教えてくれた。
メニューはピーマンの肉詰め。ユアもとびらも大好きな料理なので、作るのが楽しみだった。
しかし、調理に入る前にピーマンが一個しかないことに気付き、急遽ユアととびらの二人で買いに行くことになった。
いつも買い出しに行くスーパーでピーマン以外にも必要なものも買い、袋に詰めて店を出た。
買い物を終えると、ユアはミラーレが自分が住んでいた世界に近い環境だと感じた。
異世界なので多少の違いはあると思っていたが、スーパーや弁当屋などのお店を見る辺り、自分の世界と似ていたからだ。
「ねえ。ミラーレにも音楽やゲームとかの娯楽はあるの?」
「もちろん、あるよ! 私はどっちも興味が無いから詳しくないけど……。ユアの世界にも歌手っているの?」
今度はとびらから質問を受けたユアは「いるいる!」と、自信満々に即答した。
「超絶にオススメしたいのはミカネ! 若い女の人なんだけど、すっごく可愛くて歌が上手いし、自分で作詞作曲もしてるんだよ! あと、モデルや女優もやってるし、何よりプロデュース力も半端ないの! 本当にすごい人なんだ。きっと、ディンフルも気に入るよ!」
ミカネを語るユアの目は、イマスト
ミラーレに来る直前にポスターを見かけたが、ゲームを優先するために彼女の新曲を見送ってしまった。ユアは今でもそれが気掛かりだった。
「そんなにすごいなら、ユアの周りの人も好きなの?」
「うん。十代では知らない人はいないし、クラスで嫌ってる人は聞いたこと無いかな」
「クラス? ユアの世界にも学校があるんだ?」
「……うん」
とびらが学校の話を出すと、ユアの表情が急に曇り始めた。
「じゃあ、ユアがこっちに来てたら友達とか心配してるんじゃない?」
とびらが質問したその時、ユアと通行人とぶつかった。
拍子に、ユアが持っていたカバンからリンゴが五個飛び出してしまった。
先に通行人が謝った。
「すいません! 大丈夫ですか?」
「こちらこそ、すいません! 私もよそ見をしてたもので」
「こちらも考えごとをしていて……。手伝います!」
相手は帽子を深々とかぶっており顔がよく見えなかったが、若い男性のように見えた。
ユアととびらと通行人は三人でリンゴを拾い上げた。とびらがお礼を言う。
「ありがとうございます! お陰で助かりました」
「いえ。こちらも悪かったので……。おケガはありませんか?」
「大丈夫です! 本当にすみませんでした」
「もし、しばらくして痛みが出て来た際はお知らせ下さい。治療費を負担しますので」
通行人は住所が書かれてある紙をユアに手渡した。
「あ、ありがとうございます。よかったら、ここにも来て下さい! 私達、弁当屋をしているんです。私はアルバイトですが……」
ユアは「なんて律儀な人だろう」と思いながらも、住所の紙と入れ替えに弁当屋のチラシを渡した。
通行人は「今度、伺わせていただきます」と微笑みながらチラシも受け取ると、一礼をして去って行った。
とびらは「さりげなくチラシまで渡すとは、ユアも商売上手になったな」と、感心していた。
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