第9話「内気な白魔導士」

 ディンフルは山を離れ、町に来ると薬局を見つけて入って行った。


 店内で走るわけにはいかないので、歩きながら呼吸を整えた。

 すると、だんだん冷静に物事を考えられるようになって来た。

「人間のために薬屋に走るとは……」、「たった五日でこうなるとは……」と半ば後悔に似た感情を抱いていた。


 しかし、ここでユアを見捨てれば、間違いなくまりねの雷が落ち、とびらやキイからも白い目で見られ、面倒くさいことになるかもしれない(こうやからは怒られないと思っている)。


 ディンフルが店内を物色していると、白衣を着た青髪の若い男性店員に「いらっしゃいませ」と声を掛けられた。

 異世界の薬屋に来るのは初めてなので、聞いた方が早いと思い「傷を治す薬を……」とまで言い掛け、止まってしまった。


 同じく、聞いていた店員も何かに気付いた様子になり、お互いに言葉を詰まらせた。


 何故なら白衣を着た薬局の店員は、ディンフルと同じゲームに出ている白魔導士のティミレッジだったからだ。



「あぁーーーーー!!」



 二人揃って悲鳴を上げた。


「こ、この異様な気配はディンフル?! 何でここに?! しかも何? その、ラスボスにしてはラフ過ぎる格好は?!」


 ティミレッジはかなり動揺し、ディンフルが薬屋にいることと彼の格好を指摘した。

 ディンフルは山菜採りのために長袖シャツの上にポケット付きベストにジーンズ、帽子という服装で来ていた。


「貴様、フィトラグス一行の白魔導士……。そちらこそ、何故ここに? 私の格好はさて置き、その白衣がこれでもかという具合に似合っているぞ!」


 敵対者から褒められるように言われ、ティミレッジは逆に困惑した。白魔導士で普段から白いローブを着ていたので、白衣に替えても特に違和感は見られなかったのだ。

 ディンフルは「こんなことを言っている場合ではない」と我に返ると、店員である彼に探し物を尋ねた。


「傷薬はあるか?」

「な、ないことはないですよ。ここ、薬局なので……」


 ディンフルは聞き慣れないようで、「ヤッキョク?」と名称を繰り返すと、ティミレッジは「薬屋です」と説明してくれた。


「薬屋なら、すぐに売ってくれ! ケガ人がいるのだ!」

「ディンフル……さん、助けて欲しい方がいるのですか?」


 ティミレッジはディンフルの名前の後に「さん」を付け、敬語で話し始めた。

 今はフィトラグスら仲間はおらず白魔法しか使えない自分だけだったので、ディンフルには確実に勝てないと思い、条件反射で出てしまったのだ。


 そして、相手は来店客である。どちらにせよ、攻撃的に臨むわけにはいかなかった。


「だから来ているのだ。それと私は今、魔法を使えぬ。原因は不明だ。お前は白魔導士だったな? 一緒に来て、ケガを治してやってくれぬか?」

「ディンフルさんもですか?」


 ティミレッジの質問返しに「もしや……?」と、イヤな予感がした。


「僕も使えないんですよ。フィーヴェで竜巻にさらわれた時にケガをしちゃって、こちらに着いてから魔法で治そうとしたら使えなくなってて……。たまたま、薬局のご主人に拾って頂いたから良かったのですが」


 相手もミラーレに来てから魔法を使えなくなっている……、ディンフルは自身から魔力が消えたとばかり思っていたが、この世界に何らかの原因があると睨み始めた。

 一方でティミレッジは「ディンフルが魔法を使えないなら、フィットが“これはチャンス”と言わんばかりに乗り込んで来そうだな」と別の心配をし始めた。


 どちらも魔法が使えないので、ディンフルはそのまま傷薬と包帯を買った。さらに……。


「もし、時間があるなら一緒に来てくれぬか? 代わりにケガ人を手当てして欲しい。私がすると、ややこしくなりそうでな……」


 ここでの「ややこしくなりそう」とは手当てを出来ないのではなく、「ディンフルが手当てしてくれた!」とユアが大袈裟に喜びそうだという意味だった。

 五日も共に過ごして来て、彼女の癖が少しずつわかって来ていた。


 ティミレッジも客の要望なので断るわけにはいかなかった。

 しかし、今は仕事中なので店を離れるべきか迷った。


 その時、店の奥から同じように白衣を着た中年男性が満面の笑みで現れた。


「いいよ~」

「店長?!」


 ティミレッジは飛び上がりそうになった。

 一部始終を聞かれていたのか相手は突然現れた上、許可まですんなり出してくれた。


「店長なのに、ノリが軽くないか……?」


 ディンフルはとびらやキイを取り巻く環境と言い、この薬局の店長と言い「フィーヴェと違って本当に平和だな」と思った。

 そして、心の中で彼を「いいよ店長」などと命名した。



 ティミレッジを連れて、ユアが転げ落ちた場所まで戻って来た。

 彼女は、ディンフルと別れた場所から動かず座ったままでいた。


「ユ……、おい!」


 ユアの名前を呼ぼうとしたが、また大袈裟に感動されては面倒くさくなるため、呼ぶのをやめた。

 ディンフルの声を聞き、こちらへ振り返るユア。


 いつもの笑顔で「お帰り」と言ってくれたが、その表情は次第に驚きへと変わって行った。

 一緒にやって来るティミレッジに気付いたのだ。


「も、もしかして、ティミー?!」


 ティミレッジは初めて会う少女から名前を呼ばれ、足を止めてしまった。


「君、初対面だよね? 何で僕のこと知ってるの?」


 ユアは二人目のゲームキャラに会えたので、目をキラキラさせながら自己紹介した。

 ディンフルの時ほどではないのか、相手の目をきちんと見て話せた。


「わ、私、ユアと言います! あなた達が出ている“イマジネーション・ストーリー”というゲームの大ファンなんです! もちろん、新作もゲットしましたよ! まだプレイ出来てないけど」


 聞き慣れない言葉にティミレッジが頭をひねっていると、ディンフルが助言をした。


「我々の戦いが彼女の世界ではゲーム……要は娯楽になっているのだ」

「娯楽?! 僕らは必死に戦っているのに……」


 真剣な戦いを娯楽扱いされ、落ち込むティミレッジ。ユアはすかさずフォローをした。


「悪く思わないで下さい! あなた達の存在を生き甲斐にしている人だっているんです! 私は二人と出会えて良かったです!」

「そう言ってもらえたら嬉しいけど……」


「生き甲斐」と言ってもらえれば「戦って来てよかったかな?」と少しだけ救われた感じがした。

 

 ディンフルはユアのケガを手当てするように頼んだ。ティミレッジは興味深い話を聞いているうちに、危うくケガ人を忘れるところだった。

 ユアも名前を呼んでもらえた時点でケガの痛みは気にしていなかったが、ティミレッジとも会えた喜びで「既に治った」と錯覚するぐらい忘れてしまっていた。


(だけど、僕らの戦いが娯楽に使われている? まさか……?)


 ティミレッジは薬と包帯で手当てをしながら、自分達の戦いが異世界では娯楽になっていることが引っ掛かっていた。

 何か思い当たることがあるようだった。

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