第8話「山菜採り」
ミラーレに来て五日目。
ユアの接客技術は向上し、徐々に客からの信頼も出て来た。
そして、元からの愛嬌の良さもあり、とびらと並ぶ看板娘二号になりつつあった。
ディンフルも元々料理が上手で、彼が考え作った惣菜は受けが良く、売り切れが続出していた。
こうや以外が作った惣菜が続々と売り切れるのは弁当屋「ネクストドア」始まって以来の出来事で、まりねとこうやはディンフルに頭が上がらなかった。
ついには、店長のこうやから提案があった。
「ずっと、ここで働いてくれないかな? もちろん、次期店長候補として!」
「断る。永住する為に働いているのではない」
ディンフルは即答してから、キイを睨みつけた。
「例の本はまだ見つからぬのか?」
いきなり振られた彼は焦りながら答えた。
「あ、ああ。父さんも俺も図書館の仕事しながらだから、そんなに時間が取れないんだ。部屋も散らかってるから探しにくいし……」
「私が行こうか?」
「やめてくれ! ただでさえ、ひっくり返っている書斎がますます汚くなる!」
とびらが助け舟を出すも、キイはすぐに断った。長年の付き合いからか彼女の普段のドジっぷりを思い出し、イヤな予感しかしなかった。
こうや達としては、ディンフルに残ってもらいたい。
しかし、彼はゲームのラスボス。ミラーレに残って弁当を作り続けると、魔王がいなくなったフィーヴェは平和になり、不戦敗扱いになる。
そして、自分が嫌いな人間を救うことにもなる。ディンフルにとっては一番イヤな結末だった。
ミラーレの人間とは大きなトラブルは起こっていないが、まだ彼らが信用できなかった。
一方でユアは、ミスする度に彼にカバーしてもらうことが多く、よく叱られた。
だが、「人間が嫌いだ」と言いながらも仕事をこなしたり、フォローまでしてくれるディンフルを「本当は優しい人なのでは……?」と思い始めていた。
そして、ディンフルはまりね達から褒められるが、その度に「お前達を見ていられないからだ」「本が見つかるまでの間、ここへ置いてもらう為だ」だの、いつも怒りをまじえて否定する。
周りは「ツンデレか?」とだんだん思うようになって来た。
ユアはもう一つ、気付いたことがある。
それは、ミラーレに来てもう五日になると言うのに、まだ彼から名前で呼んでもらっていない。
いつも「おい」や「お前」と呼ばれるが、ユアは呼ばれたこと自体が嬉しくて思わず反応してしまうので、「名前で呼んで」と言いにくくなっていた。
今日は図書館が休みなので、二人で弁当屋の手伝い。いつも通り店内で仕事をすると思っていた。
「今日はユアちゃんとディンフルさんには山菜を採って来て欲しいんだ」
開店前にこうやから言われた。
キイは図書館で異世界の本探しに専念してもらい、店はこうやとまりねととびらの三人で回すことにした。
◇
ユアとディンフルは地図を渡され、指定された山に行った。
そこはミラーレの者なら出入りだけでなく、自由に山菜を採ってもいい山だった。
到着すると、二人は早速頼まれていた山菜を採り始めた。
ディンフルと二人きりになるのは久しぶりで、ユアの胸は終始高鳴っていた。
そして、普段からドジをやらかしているため「迷惑を掛けないように……」と心掛けていた。
一方、ディンフルは「早く採って早く帰ろう」という考えしかなく、黙々と山菜を採り続けた。
来る前、彼はまりねから見せてもらった図鑑を一度見ただけで山菜の見た目と名前を完璧に覚えてしまったので、写真を見ながら採っているユアと比べてたくさん採り、カゴが既に満杯になっていた。
「すごーい! もうこんなに採ったんだ!」
カゴを見て喜ぶユアに、彼は相変わらず冷たい態度を取った。
「お前ももっと採れ。ほとんどが私の収穫だぞ!」
「採ってるんだけどな~……」
ユアのカゴにはまだわずかしか入っていない。その上……。
「これは違う。これもだ! ちゃんと見ているか?」
抜き打ちでディンフルがユアのカゴを確認し始める。採ったもののほとんどが間違っていた。また怒られてしまった。
するとディンフルは、ユアのカゴを自分の方へ引き寄せた。
「カゴがいっぱいになった。共に確認しながらやるぞ。お前一人には任せられぬ!」
「共に確認」……推しとの共同作業が始まるのだとユアは感激した。
「嬉しそうだが、お前の為ではないからな!」
あえて、最後を強調するディンフルにユアは「やっぱりツンデレだ」と思った。
しかしよく考えたら、ユアが間違えたせいでこうなったのである。心から反省した。
それからは、ユアが採る前にディンフルが確認するというルールを設けた。
「何で一回見ただけで覚えられるの? やっぱり、ラスボスになる人は頭の出来も違うの?」
「口より手を動かせ。頭の出来は関係ない。私は元々、生まれ育った場所で山菜やキノコをよく採っていた。それ故、慣れている」
最初に比べるとディンフルは、自分の話をよくするようになった。彼の生い立ちや生まれ育った場所はユアにとっては、かなり興味深い内容だったが……。
「ネタバレになるから言わないで!」
まだゲームをプレイ出来ていないユアはこれから自分の目で少しずつ確かめて行きたいため、ディンフルの話を遮った。
「なら、よい」と彼もお言葉に甘えて黙ってしまった。
「でも、ありがとう。」
「……何が?」
突然感謝されたディンフルは作業をしながら、ユアの方へ向いた。
「だってディンフル、自分の話をすること無かったじゃん? 少しだけだけど、聞けて良かった!」
「勘違いするな。事実を言ったまでだ。心を許したわけではない」
ユアは坂の近くまで来ると、下り斜面のど真ん中に立派な山菜が生えているのを見つけた。
「あれもそうじゃない?」
「だんだんわかってきたようだな。頼まれていた一つだが、あれはやめておけ。この坂で採るのは難しい」
ユアが指をさすと彼も手を止め、そちらへ向いた。
山菜があった坂はかなり急な角度で、足を滑らせれば一気に滑落する危険があった。ディンフルの言う通り、採るのは難しそうだった。
しかし、ユアは座りながら慎重に降りて行った。
「やめておけと言っているだろう!」
「大丈夫! ゆっくり降りれば滑らないよ」
ディンフルが止めるのも聞かず、ユアはお尻で這いながら坂の下へ降りて行った。
手を伸ばすと、無事に山菜を採ることができた。
「採れたよ!」と大喜びでディンフルへ見せながら立ち上がるとバランスを崩してしまい、悲鳴を上げながら坂の下まで転げ落ちて行った。
ディンフルは転げ落ちて行ったユアを追い、倒れないように器用に滑って降りて行った。
◇
ユアの体は、はるか下の平らな場所にある木にぶつかった。
何とか止まれたが、あちこちを打ったので体中が痛かった。
起きれずにいると、坂の上から男性の声で「ユア!」と呼ぶ声が響いた。
ディンフルが坂を滑って降りて来た。
「大丈夫か?!」
下まで来ると、彼女の体を抱き上げた。
触れられるのは、皮むき練習で後ろから手を支えてもらい包丁の持ち方や動かし方をレクチャーされた時以来だが、推しの顔が今までで一番近い場所に来ていた。
ユアはまた悲鳴を上げて両手で顔を隠した。初日に、公園でまともに顔を見れなかった時と同じだ。
「恥じらっている場合か! お前がケガをして帰ると、私が怒られるのだ!!」
「心配、そこなんだ……。それよりもっ!」
まりね達から怒られる方を心配するディンフルに落ち込みつつも、ユアはすぐに声を弾ませた。
「名前、やっと呼んでくれたね?!」
ユアは目を輝かせてディンフルを見つめた。
「降りて来る時、言ったじゃない? “ユア”って!」
ディンフルは「しまった」と言いたげな顔をすると、慌ててごまかした。
「お、お前の意識を確認したのだ! 呼びたくて呼んだのではない!」
「照れちゃって! あっ!」
ユアはからかうと、自分が採った山菜が手から無くなっていることに気付いた。
名前を呼ばれて喜んでいたが、またすぐにへこんだ。
「山菜はどうでもいい。それより、お前のケガだ!」
出血している箇所があるので無理に動かせられない。
こういう時、イマスト
「近くに薬屋があったはずだ。見て来るから、そこを動くでないぞ」
ディンフルはユアの体を木にもたれかけるように座らせると、返事も待たずに走り去っていった。
ケガをしてしまったが、ユアは満足だった。彼が自分をここまで心配してくれたのはミラーレに来て初めてだったからだ。おまけに、自分のために薬屋まで走って行ってくれた。
一番嬉しかったのは、やっと名前を呼んでもらったことだ。
このことから、ユアは「ケガをするのも悪くないな」と、しばらく顔がにやけっぱなしだった。
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