第7話「図書館」
戦いとは無縁の「ミラーレ」という名の世界に、ユアとディンフルが加わった。
ちょうど二人いるので弁当屋と図書館に一人ずつ来てもらい、片方が休みの時は二人で一つの店を手伝った。
キイの両親が経営する図書館からも許可が下り、ユア達を歓迎してくれた。
図書館初日は二人揃って挨拶へ行った。
自己紹介をすると、キイの母であり「キーワード図書館」の副館長・シオリは体中に雷が落ちたような衝撃を受けた。何故なら……。
「キイ。あの二人、どこから来たの? 特にディンフルさんってイケメンの人!」
挨拶に立ち会ったキイは、二人の紹介を終えた後でシオリに呼ばれた。
「どこって……。ディンフルは、“フィーヴェってとこから来た”って言ってたかな?」
「フィーヴェ? あんた達が前に飛ばされたとこ?」
「いや。初めて聞くから、たぶん違う。てか、自分で聞けよ。惚れたのか?」
根掘り葉掘り聞いて来る母にキイはうんざりしていた。
「な、何を言っているの?! そんなわけないでしょ! お母さんには、お父さんという恋愛結婚で結ばれた相手がいるんだからっ!」
シオリは慌てて否定するも、「図星だな……」とキイは思った。
彼女は昔から恋愛体質で、結婚した後も浮気まではいかないが好みの者を見つけると思わず惚れてしまう癖があった。自覚はあるようだが、本人曰く直らないらしい。
因みに、キイの父で「キーワード図書館」の館長・ワードもそれを知っており、シオリが誰かに惚れる度に落ち込んでしまう。優しい性格のため怒れずにいるが、浮気まではいっていないのでとりあえずは許しているようだ。
そんな両親の間にいるキイは「またか……」と、ほとんど諦めていた。
弁当屋が休みの日はユア、ディンフル、とびらの三人が図書館の手伝いに来ていた。
開館前、みんなで本の整理をしている時だった。
「それにしてもイケメンだな、ディンフル君。まるで、私の若かりし頃そっくりだよ」
ワードが冗談を交えながらディンフルに話しかけた。
横から、とびらが手伝いながら話に入って来た。
「おじさんも結構なプレイボールだったんでしょ?」
「“プレイボーイ”な、とびらちゃん。おじさん、運動は苦手だったよ……」
言い間違えるとびらをワードは優しく訂正する。
さらに、キイが話に参加した。
「何が“プレイボーイ”だよ! 一度だけ告白されたらしいが、相手が罰ゲームで告ってたんだろ?」
「ワードに告白しろ」という罰ゲームだ。
手伝いながら聞いていたユアは「きっつ……」と、顔が青ざめた。
黒歴史を思い出したワードも、すっかり落ち込んでしまった。
そこへ、受付カウンターの奥からシオリが出て来た。
どうやら起きたばかりらしく、髪はボサボサ、顔はすっぴん、服も部屋着のままだった。寝ぼけ眼でだらけながら挨拶をした。
「おはよ~」
シオリは朝が弱く、ずぼらな性格でもあり、開館前に寝巻のままで本の整理をすることがあった。
初めてシオリのラフな姿を見たユアとディンフルは絶句し、ワードは慌て、とびらは「寝起きだ~」と慣れたように眺め、キイは即座に注意した。
「母さんっ! 開館前だからって寝起きで来るなよ! 今日はユアとディンフルが揃って来てるんだから!」
ディンフルを見たシオリは一瞬で我に返り、急いでカウンター裏へ引っ込んで行った。
そして「事前に知らせなさいよね!!」と、ドア越しにキイへ怒鳴った。
ユアとディンフルはあまりの理不尽さにキイを気の毒に思った。
そしてユアは、「シオリさんは私のライバルだな……」と確信した。
◇
キイは、毎日異世界へ飛べる本を探しているが、一向に見つからない。
ユアは、弁当屋と図書館で働くことが楽しくなって来たようで「ゆっくりでいいよ」と言ってくれる。
だが、本当は推しと同じ世界にいれることが嬉しいので、ディンフルと長く過ごしたいが為に温かい返事をしたのだ。
対するディンフルは、一刻も早く今の環境から抜け出したいので、キイが見つからなかった報告をする度に眉間にしわを寄せたり、舌打ちをしたり、「急げ」と圧をかけてくる。
ワードにも一緒に探してもらおうと思ったが図書館の仕事がある上、病み上がりなので無理はさせられない。
キイも手伝いながらなので、散らかった書斎の中でたった一冊を見つけ出すのは至難だった。
弁当屋での業務では、ユアは接客業は慣れたが調理の仕事はイマイチだった。特に包丁での皮むきが苦手で、手を切ることもあった。
一方、ディンフルはまだ人間が受け入れられないらしく、接客で不愛想な態度を取ってしまい、まりねから激しく叱責されてしまう。
それをきっかけにユアは接客、ディンフルは調理と、それぞれの役割が決まった。
◇
閉店後、ユアはゴミ出しのために公園前のゴミ捨て場に来た。
指定された大きなカゴに入れネットをかぶせて帰ろうとすると、すべり台のはしごに足を引っ掛けて腹筋のトレーニングをしているディンフルを見つけた。
「筋トレ?」
声を掛けると、ディンフルはトレーニングを続けながら答えた。
「そうだ。余った時間に鍛えておかねば、フィトラグス達にやられてしまうからな」
「そうなんだ。こんな時まで戦うことを考えているなんて、ラスボスも大変だね」
「何が?」
「だって、最後のボスだから強さを維持しないといけないでしょ? せっかく強いキャラとして描かれたのに、主人公達にすぐやられてしまったらイメージが悪くなるもんね」
「あまり“設定”と言わないで頂こう。改めて、誰かに作られたキャラだと思い知るのでな……。あと、イメージダウンなどは考えていない。鍛えたいから鍛えているだけだ」
ユアはディンフルには向上心があると思った。
彼は戦闘力に特化したディファートだから鍛える必要はないと思っていた。それなのに、まだ強くなろうとする意志に感心した。
同時に、彼がフィーヴェに戻りたがっている様子も見受けられた。
「ディンフルはフィーヴェに戻って、またフィット……、フィトラグス達と戦うの?」
フィトラグスの愛称「フィット」を知っていたユアは、慌てて言い直しながら尋ねた。
「当然だ。私に歯向かう奴は誰であろうと容赦はせぬ。特にフィトラグスは、今まで戦ってきた中で一番骨があると感じられた。是非、再戦を望む」
言い回しといい話すトーンといい、ユアは目の前で推しがしゃべっていることに未だ感動し、内容が入って来なかった。
話を聞かれていないと感じたディンフルは、苛つきながら問いかけた。
「聞いているか?」
「あ、はい。ごめんなさい……」
ユアに謝られたのはこのミラーレへ来て何度もあったので、ディンフルは「またか……」と言わんばかりにため息をついた。
突然、彼は違う質問をした。
「お前も元の世界へ帰るのだろう?」
「え?」
「私はフィーヴェへ帰る目的があるが、お前には無いのか? 故郷の話をしてくれぬが?」
それまで明るかった様子のユアは急に焦り出した。
ディンフルは周りにフィーヴェの話をして来たが、ユアだけ自分の世界の話をしなかった。
「わ、私には無いかな。ディンフルと一緒にいられるだけでいいんだ。あなたはイヤかもしれないけど……」
ユアの様子に気付いたディンフルはトレーニングを中断し、さらに聞いた。
「帰る家はあるのか? まだ未成年だろう?」
「そ、そろそろ帰ろうか。みんな、心配するから!」
ユアは質問には答えず、先に公園から出て行ってしまった。
ディンフルは、「帰る家」と言われた彼女の強張った様子を見逃さなかった。
気にはなったが、深入りしないようにした。ユアが好きではないということではなく、まだ人間とそこまで関わりたくなかった。今の話もなるべく忘れようと思った。
先に弁当屋に着いたユア。
シャッターが降りていたので、裏口から入らなければならない。
入口で立ち止まると三回ほど深呼吸をし、「いいんだ。今が幸せなら、それで……」と、自分に言い聞かせた。
ユアは再び歩き出し、裏口へ回って店内へ入った。そして、「おかえり」と迎える声に、精一杯の笑顔で返事をした。
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