第6話「これから」

 弁当屋は、今度は夕飯時で忙しかった。

 新人のユアがミスしたり混乱すると、先輩のとびら達と、仕事の飲み込みが早いディンフルがフォローに入った。

 助けるディンフルを見たまりねは「いい新人さんが来てくれた」と改めて感心していた。




 夕飯のピークを過ぎると弁当屋は閉店。今日の業務は終了である。


「つかれた……」


 ユアは初めての労働でダウンしていた。お腹も空いていて、また倒れそうになっていた。


「お疲れさま! 夕飯も出来てるよ。一緒に食べよう!」


 食卓へ行くと、とびら、まりね、こうや、そしてユアとディンフルの席も用意されていた。まだ作業が残っている人もいるが、一旦食事休憩をすることになった。



 食事中、とびらは食べるのが大好きなので、今朝ユアが朝食を抜いて家を出て来たのが疑問でたまらなかった。


「何で朝食べて来なかったの? 私なら、三食きっちり食べるよ!」

「きっと、寝坊したからだよ」


 こうやが決めつけて言うと、ディンフルが代わりに答えた。


「それはない。今日は我々が出ているゲームの発売日だ。この日に限って、娯楽好きのこいつが寝坊するわけがない」


 ユアは寝坊はしなかった。と言うよりも……。


(“イマストが楽しみ過ぎて一睡も出来なかった”なんて恥ずかしくて言えない。それに、寝坊して外に出られなかったら、こんなに楽しい時間過ごせてないしね……)



 五人で話しながら食卓を囲んでいると、店の裏口からキイが静かに入って来た。彼は本を取りに行ってそれっきりだった。しかし、手ぶらだ。

 本を心待ちにしていたディンフルが真っ先に聞いた。


「本はどこだ?」

「……すまない。探しても見つからなかった」


 話によると、例の本は貸し出しはしておらず普段はキイの父親の書斎にあるのだが、昨日の昼頃、父が整理の為に本を全て出してしまった。

 その最中に父は熱で倒れた上、本の数は膨大で山が出来ている状態なのでキイ一人では見つけられなかった。


 それでも、ディンフルは引き下がらなかった。


「何とかして見つけてくれ!」

「もちろん見つけるよ。あの本を早く持って行って欲しいからさ……」


 最後はとびらに聞こえないように小声になるキイ。異世界へ行って、相当大変な思いをしたようだった。


「今日中に見つかりそうか?」

「今日?! それは難しいな……」


 キイが困っていると、こうやが尋ねた。


「もし今日中に見つからなかったら、ユアちゃんとディンフルさんはどこで寝るんだい?」

「考えてなかった……」


 途端に焦り出すユア。自分の世界でゲームを買ってから異世界へ来たが、寝る場所の確保が出来ていなかった。

 そこへ、まりねととびらが提案した。


「ここがあるじゃないの!」

「そうだよ! 部屋も空いてるし、二人共泊まってったらいいんじゃないかな?」

「二人……?」


 とびらの家は二階が住居となっており、個室がニつと物置が一つあった。と言っても、大して物が置いておらず、少し掃除して布団を敷けば寝室として使える。

 しかし、泊まるのは二人。その部屋は二人で泊まるには狭かった。


「ディンフルと、一つ屋根の下の密室で……?!」


 まさか、たった一日で推しと同じ店で働けた上に、同じ家の同じ部屋で夜を過ごすことになろうとは……。ユアは顔と耳が真っ赤になった。


「さすがに異性同士だから、まずいわよ。ディンフルさんはキイ君のところに泊まったら? そっちも部屋が余ってるって言ってたわよね?」

「そうさせてもらう。こいつとは、今後も仲良くなるつもりはない。建物が別で助かる」


 まりねの提案にディンフルはすぐに乗り、はっきりと言い切った。

 

 ユアは「そうなるよな……」と残念がったが、たった一日で推しと同じ部屋で夜を明かすのは、よく考えたらありえなかった。

 特に、次元が違う架空の推しと会って話すこと自体が普通は出来ないので、たくさん喋って一緒に仕事が出来ただけでも「自分は恵まれてる方だ」と思った。


 そして、まりね達にとってユア達は店の救いになってくれたし、二人が今日この世界に来たばかりだと知ると、異世界へ飛べる本が見つかるまで弁当屋に置いても良いと提案してくれた。

 キイも、ディンフルを置いてもらえるように両親を説得すると約束してくれた。


 ただし無料で泊めさせてもらう代わりに、弁当屋と図書館の手伝いが待っていた。ユアは「社会勉強が出来る」と、疲れながらも前向きに了承した。

 そしてディンフルも、接客と調理だけでなく図書館の仕事の経験もある上「本の為なら」と、今だけ魔王のプライドは捨てて働くことにした。



 話が決まったところで、皆が忘れていた話題が上がった。


「ところで昼間、ディンフルさんが言っていた“ディファート”って何?」


 まりねの質問に、ユアが代わりに答えた。


「ディファートって言うのは、フィーヴェって世界に存在する種族で、人間とは違って生まれつき魔法に似た特殊な力を持っている人達のことを言うんです」


 解説がしっかりしていたので、ディンフルは初めてユアに感心した。


「随分と詳しいな」

「イマストのシリーズ共通だからね!」


 イマストこと「イマジネーション・ストーリー」を一作目から知っているユアにとっては常識だった。ディンフルに感心され、鼻高々となる。

 元気に話すユアへ、とびらが「すごいね!」とワクワクしながら言った。


「ああ、すごいな。自分の好きなことだから、知識の吸収も早いのだろう。店での仕事っぷりは置いといて」


 ディンフルは抑揚をまったくつけず、淡々と返した。

 今の言葉で、今日一日で犯したミスの数々を思い出し、自信満々だったユアはテンションが下がった。

 隣に座っていたまりねが励ますように背中をさする。


「違うよ! 私がすごいって言ったのは、ディファートのこと!」


 ディンフルは、とびらがディファートに詳しいユアを讃えたのだと思っていたが違った。とびらはディファートそのものをすごいと思ったのだ。

 種族に対して褒められてディンフルは驚き、食べようとしていた具材を思わず落としてしまった。

 今まで、ディファートでいることで讃えられたことが無かったからだ。


「”すごい”とは……?」

「だって、生まれつき魔法みたいな力を持ってるなんて素敵じゃん! 私ら、魔法なんて使えないから羨ましいよ」

「ディンフルさんも何か能力があるの?」

「平和ボケしたこの世界には無縁だが、戦闘能力に長けている。どんな武器も一瞬で扱え、身体能力も普通の成人男性の数倍はある。修行をして魔法も身につけた。」


 ディンフルの能力について聞かされたとびら達は開いた口が塞がらなかった。

 特にユアは、発売前に情報収集はしていたが、改めて本人の口から聞かせてもらったので数倍感動していた。

 彼はさらに疑問をぶつけた。


「……気持ち悪いと思わぬのか?」


 とびらはまだ目を輝かせていた。


「全然! 何でそう思うの?」

「ディファートは人間から忌み嫌われて来た。大昔に起きたディファート発端のいざこざがきっかけだがそのうち、“元々何かしらの力を使えることも不気味だ”とも言われるようになった」


 説明してもユア以外の者達はイマイチ、ピンと来ていなかった。


「俺達は今日初めて知ったから、気持ち悪いとか不気味とは思わないな」

「不思議な力を持っているからって嫌おうなんて思ってないよ」

「そもそも、いざこざがあったのは大昔なんでしょ? だったら、ディンフルさん達は関係ないじゃない」


 キイ、こうや、まりねの順にディファートを擁護した。

 予想外の反応に、ディンフルは言葉を失った。


「大丈夫だよ! この世界にディンフルの敵はいないよ。私を含めて!」

「お前はどうでもいい」


 励ますようにユアが言うが、冷たく流されてしまった。残念ながら、現段階では好かれていないようだ……。

 それでも、弁当屋の人達がディファートにも寛大で良かったと心から思った。


 こうして、ユアとディンフルの異世界での住み込み生活が始まるのであった。

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