第5話「本と鍵」

 休む間もなく昼がやって来た。休日と言うこともあり、弁当屋は既に客でごった返していた。


 お腹いっぱいになったユアは人助けと思い、出来る限りの調理と初めての接客を必死に頑張った。

 ディンフルも本当は人間に手は貸したくなかったが、とびらとキイから感じる魔法について知りたい為に交換条件で店を手伝った。

 そして、やはり「魔法について聞いたら早く去ろう」と心の底から思っていた。




「一〇〇万?! 弁当一つに、そんな大金払えないぞ!」


 とびらから説明を受けながら初めてのレジ打ちをするユア。最初は順調だったが、途中打ち間違えてしまい、中年の男性客から怒られてしまった。

「ごめんなさい!」と謝り、打ち直そうとするユアをとびらが助けようとした。すると……。


「ストップ! キイ君かまりねさんを呼んで来てくれ! とびらちゃんもよく失敗するだろ?」


 その男性は常連客で、とびらがドジをやらかすことを知っていた。

 長年、看板娘としてやってきたはずなのに他の人を指名され、本人はショックを受けた。

 

 そこへディンフルが割って入り、正しい金額を出した。彼もレジ打ちは初めてだったが、一度触っただけですぐに覚えてしまった。


「負けた……」ユアととびらは二人して肩を落とす。



 昼過ぎ、ようやく客足が落ち着いたところでユア達は休息に入った。

 まだ少ししか働いていないが、既にディンフルは一目置かれていた。


「レジも出来るんだって?」

「そうなんだよ! ゲームのキャラだって言うから出来ないと思ってたけど、すごいレジ捌きだったよ!」


 キイが尋ねると、とびらが興奮しながら答えた。


「色々と器用だけど、働いたことがあるの?」

「人間共に媚びていた頃、様々な術を身に着けた。今思えば、馬鹿なことをした」


 まりねの質問に彼は素っ気なく答えた。讃えられても嬉しくなさそうだった。


「何言ってるの? その経験がここで活きてるじゃない! お陰で助かったわ」


 感謝されると、ディンフルはそっぽを向いた。その方向にはユアがおり、目が合うと彼女を睨みつけた。


「それに比べて……」


 呆れるように言うと、ユアは申し訳なさそうに唸った。

 彼女は働くこと自体が初めてなので、もちろん手早く調理も出来ないし、レジ打ちもおそるおそるだった。

 初日なので仕方が無かったが、推しから睨まれて気落ちしてしまった。


 うなだれるユアを見て、病院から戻って来ていたこうやが咄嗟にフォローした。


「ユアちゃんも頑張ったよ。お母さんに雷を落とされながらも、この時間までついて来れたじゃないか」

「そうそう、本当によくやってくれたわ。お礼はたくさん弾まなきゃね!」


 仕事中に怖かったまりねも優しく励ました。ここで言うお礼とは、初めての給料。

 ユアは「働くのって、こんなに大変なんだ……」と労働の苦労を思い知った。


「一息ついたところで、例の話を聞かせて頂くぞ」


 ここでディンフルが別の話へ切り替えた。もちろん、内容は魔法について。


「そうだった! お母さん、ちょっとだけ抜けていい?」

「いいけど、お父さんがしばらく動けないから、早めに戻って来てよ」


 まりねから許可をもらい、ユア、ディンフル、とびら、キイの四人は再び二階へ上がった。



 とびらの部屋に再び入ると、彼女は真っ先に首から下げていた鍵型のクリスタルがついたペンダントを見せた。


「キレイ。でも、何で鍵型なの?」

「……これだ。この飾りから魔力を感じる。今すぐよこせ!」


 ペンダントに込められているであろう魔力に魅了されたのか、ディンフルは突然乱暴な物言いになった。


「よこすって……、それは無理だよ」


 とびらがビックリしながら拒否すると、ディンフルは詰め寄った。


「何故だ? 私は嫌々、お前達に付き合ったのだぞ。礼として、当然だろう?」

「悪いけど、本当にあげられないよ。だってこれ、単体で使えないからさ」

「その鍵と、俺の図書館にある本がないと効果が出ないんだよ」


 二人は揃って反対するが、ディンフルにあげたくないわけではなさそうだった。


「何故、鍵と本の組み合わせなのだ?」

「その本には鍵穴があって、この鍵で開けると異世界への扉が開くんだ」


 ユアが「何、そのファンタジー?!」と興奮する。空想が大好きなので、こういう話は大好物だった。

 ディンフルは冷静に質問を続けた。


「異世界への扉ということは、それを開くと他の世界へ行けるということか?」

「ああ。でも、どの世界へ飛ぶかはわからない。何せ、ランダムだからな……」


 引き続きキイが答えてくれたが、その顔は苦虫を噛み潰したようだった。まるで経験したような言い方だったので、気になったユアが「行ったことあるの?」と聞いてみると……。


「あるよー!」

「ある……」


 とびらは明るく、キイは嫌そうに、同時に返事をした。感じ方は違うようだ。


「実は、この世界に来てから魔法が使えなくなったのだ。別の世界へ行けばまた使えるかもしれぬ。そちらを使わせて頂きたい」


 ディンフルは先ほどの乱暴な頼み方から一変し、今度は少しだけへりくだった。

 その姿勢を受けて、とびらとキイは鍵と本を使わせることにした。弁当屋を手伝ってくれたお礼もしたかった。

 しかし……。


「魔法に関しては保証できないぞ。この本は異世界へ行く力しかない。何より、ディンフルさんの魔法が使えなくなった直接的な原因もわからないしな……」


 とびらとキイは普通の人間。魔法は使えないので、異世界へ行くことで彼に魔法が戻るかはわからなかった。


 ディンフルが「了解した」と返事をすると、キイはすぐに自分の図書館へ本を取りに行った。



 その間、ユア達はまた弁当屋を手伝うことになった。昼のピークは過ぎたが、冬休みなので客足は途絶えなかった。


 回数を重ねるごとにユアは少しずつ上達し、仕事での経験値が増えていくのであった。

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