第4話「弁当屋」

 四人が店の前で話していると、とびらの母であり弁当屋副店長のまりねが慌てて店から出て来た。

 業務中なのでエプロンを着ており、かぶっている三角巾からはとびらと同じ薄い橙色の髪が少しだけ覗いていた。


「とびら、キイ君! お父さんは応急処置して救急車を呼んだわ! それより、至急手伝って! 急遽、配達の注文が入ったのよ!」

「お母さん、少しだけ休むんじゃなかったの?」

「お得意様だから、断れなかったのよ! お父さんが動けないから急いで!」


 まりねは忙しなく言うと、近くにいたユアに話しかけた。


「あなた、料理の経験はある?」

「す、少しだけなら……」

「少しでもいいわ! バイト代を出すから手伝って! お願い!」

「わ、私で良ければ……!」


 まりねはユアが言い終える前に必死に頼み込んだ。

 ユアも今は弁当を売るより食べる側になりたかったが、藁にも縋る思いの店員さんを見て断れなかった。

 次はディンフルへ目を向けた。


「あなた、料理の経験は?!」


 友好的なユアとは違って、彼は冷たく返した。


「人間は嫌いだ。手は貸さぬ」

「わけのわからないことを言ってないで、手伝って!」


 断るが、まりねはディンフルの腕を引っ張り、強引に店内へ連れて行った。


「おい! 手伝わんと言っているだろう! 離せ!」



 まりねに従い、とびら、キイ、ユア、そしてディンフルは厨房に入った。

 隅にはとびらの父・こうやが椅子に座って、火傷した腕を氷で冷やしていた。範囲は手首から肘までと広かったので、大量の氷が必要だった。

 心配したとびらが声を掛けた。


「お父さん、大丈夫?」

「大したことはないと言ったんだが、お母さんが“休んどけ”ってうるさくてな……」


 横からまりねが口を挟んだ。


「火傷口から菌が入って感染症になる話もあるのよ! ちょっとの火傷でも大事を取らないと!」

「そうですね。感染症は厄介ですから」


 さらにキイも口を挟んだ。

 働きたい気はあったが今は休むことになり、少しだけ落ち込むこうや。

 その時、彼の視界にユアとディンフルが映った。


「あれ? 新人さんを雇ったのかい?」

「ええ。今だけ手伝ってもらうの。自己紹介して」


 まりねに振られ、ユアはガチガチになりながらも自己紹介をした。


「す、少しの間だけ、お世話になるユアです。よろしくお願いします!」


 次にまりねがアイコンタクトを送るも、ディンフルは腕を組みながら無言を貫いた。

 それを見かねたユアが代わりに紹介した。


「こちらは、連れのディンフルです」

「何故、貴様の連れなのだ……? 私はディファートだ! 人間は手伝わんぞ!」


 紹介のし方に納得がいかないディンフルはディファートであることを告白しながら、再度拒否した。


「ディファート……?」

「って、何ですか?」

「それと手伝うのと、どう関係があるの?」


「平凡」の意味を知らなかったとびらだけでなく、キイとまりねもわかっていないようだ。


「知らぬのか? ディファートは人間と相容れぬ種族。昔から嫌い合って生きて来た。人間がディファートを嫌うように、私も人間が嫌いだ!」

「何だかよくわからないけど、後にして! 今は急いでいるから!」


 彼の解説は、せかせかしているまりねによって流されてしまった。


(本当に知らぬようだな。仕方がないとしても、「嫌い」と言い張っている私は一体……?)


 ディンフルは自分が子供に思えて恥ずかしくなった。

 言っても無駄と思ったのと、「早く済ませて、ここを去ろう」と渋々手伝うことにした。



 まりねによる鬼指導の下で調理が始まった。


「とびら! レタスで傷んでるところが残ってる!」

「キイ君! 厚さにばらつきがある! 均等に切って!」

「ユアちゃん! 早く皮を切って!」


 調理法のダメ出しを受けるとびら、キイ、ユア。

 そしてディンフルはと言うと、調理法以前の問題だった。


「ディンフルさんって言ったかしら? 調理する時は髪を束ねて! もしくは三角巾を被って! 料理の基本でしょ!!」


 マントを脱いでジャケット姿になっていたが、髪は下ろしたままだった。


「この状態が落ち着く。あと、人間のくせに指図をしないで頂こう」


 反抗する彼にまりねの雷が落ちる。


「つべこべ言ってないで、まとめなさい!! 髪の毛が入ったらどうするの?!」


 まりねが怒鳴るもディンフルは無視して応じない。

 そこへユアが彼の髪を無理矢理一つに束ね、三角巾で頭を包んだ。


「おい! 何をしている?!」

「ごめんなさい! 今は言うことを聞いて!」


 ディンフルに怒られるも、ユアは「推しの髪に触れられた」と心の中で大満足だった。

 彼は仕方なく受け入れ、作業を再開した。そして始めた時と同じく、「早く終わらせて早く去ろう」と胸の内で何度もつぶやいていた。



 しばらくして、とびら、キイ、ディンフルがそれぞれの作業を終える中、ユアだけがまだ包丁でのじゃがいもの皮むきをやっていた。しかも、形がガタガタな上、進みも遅かった。


「ユアちゃん、いつまでやってるの?! 時間が無いんだから早くして!」

「すいませ~ん!」


 早くしようとすればするほど緊張し、遅くなってしまう。

 心配したとびらが聞いた。


「もしかして、苦手なの?」

「は、はい……」


 ユアが申し訳なさそうに謝ると、またまりねが怒鳴った。


「だったら何で最初に言わなかったの?! 料理が出来るって言うから任せたのに!」

「すいません、すいません!」


 ユアが平謝りしていると、横からディンフルが彼女の手からじゃがいもを奪い取った。


「料理も出来ぬとは!」


 そして、洗って置いてある包丁を持つと器用に皮をむき始めた。

 これには、先ほど髪のことで抗議したまりねは感心し、彼を見直した。とびらとキイも彼の包丁使いに思わず見入った。

 特にキイは、先ほどから文句が多いディンフルを「絶対料理とかしないだろう」と決めつけていた。


 取り残されたユアに気付いたとびらが急いで彼女を慰めた。


「気にしなくていいよ。長年手伝ってるけど、私も包丁の皮むきは慣れないよ。これから練習していけばいいよ。あと、お母さんが怖くなるのはいつものことだよ。お店のためなんだよ。手早くしないと、お弁当屋さん回せないからさ」

「お気遣い、ありがとうございます……」


 とびらの励ましのお陰でユアはすぐに立ち直り、他の作業へ移った。


 そして、こうやを迎えに来た救急隊員の対応がありながらも、皆の頑張りの甲斐もあって注文分の弁当が完成した。

 ディンフル以外はヘトヘトだった。



 休憩していると、配達から戻ったまりねの口から衝撃の言葉が出た。


「何とか間に合ったわ。この調子で、お昼からもお願いね!」

「え……?」

「昼からとは?」


 絶句するユアとディンフルへ、同じように疲れていたとびらとキイが答えた。


「弁当屋は毎日昼時と夕食時がピークなんだよ。今は冬休みだから余計に……」

「本当に忙しいのはこれからだよ」

「えーーー?!」


 休日の昼時ということで、ユアとディンフルも手伝わざるを得なくなってしまった。

 疲れ切ったユアに対して、ディンフルは来る前と変わらず、涼しい顔をしていた。


「まあいい。私がいなければ回らぬのなら、手を貸してやらんこともない」

「ゲームのボスなのに協力してくれるんですね……」


 キイは唖然としていた。

 初めに「人間は嫌いだ」と拒否していたのに、途中からやる気になったのか自分からこなし出したディンフルに矛盾を感じていた。


「お前達が出来なさ過ぎるからだ。己でやった方が早い」


 そこへ、ドスンと大きな物が倒れる音がした。

 音がした方を見ると、ユアが倒れていた。



 お客さんは少なかったので店をまりねに任せ、とびらとキイとディンフルが倒れたユアを二階へ連れて行った。

 意識はあったので、とびらがペットボトルの水を渡した。


「大丈夫? これでも飲んで」

「あ、ありがとうございます……」

「初めてだから疲れたんだろう? 初日からあんなにハードだと倒れるよな」


 キイも心配した。

 ユアはとびらからもらった水を一口飲んだ後で答えた。


「違うんです。ずっと、お腹が空いていて……」

「えぇっ?!」


 とびらとキイが同時に驚くと、壁にもたれて腕組みをしていたディンフルが付け加えた。


「朝から何も食べていないそうだ」

「早く言ってよ~!」

「そしたら、あんなに働かせなかったぞ!」


 二人は急いで、店で作られた弁当を二つ持って来た。

 そのうちの一つをユアがもらい、食べ始めた。昨日の夕食以来の食事だったらしく、思わず涙を流した。


「おいしいよ~!」


「大袈裟な……」と腕組みをしながら呆れるディンフルに、キイがもう一つの弁当を差し出した。


「あなたもお腹が空いたでしょう?」

「いらぬ。人間の手作りなど食べたくない」

「うちの弁当は世界一ですよ。食べれば、人間を嫌いだって設定も忘れられると思います!」


 拒否するディンフルにとびらが言った。「設定」と言われたことが気に入らず、思わず眉をひそめた。


「こちらは真剣な理由があって戦っているのだ! 勝手に娯楽にされるとは……!」



 その時、階下からまりねが大声で呼んだ。


「食べ終わったら全員降りて来てー! そろそろ混む時間だから!」


 急いで弁当を食べ進めるユア。


「仕事が終わったら、魔法について聞かせていただくぞ」

「はいっ!」


 ディンフルは弁当を奪い取り、食べ始めた。

 この後も彼が働いてくれると確信したとびらは大喜びで返事をした。


 ユアとディンフルが大変なのは、まだまだこれからである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る