第3話「とびらとキイ」

 一軒の弁当屋。

 名前は「ネクストドア」で、今日は一組の少女と少年が店番をしていた。ここは弁当屋 兼 少女の自宅でもあった。


 少女は“とびら”という名で、橙色のボブヘアに七分袖の黄色系のブラウスに、水色のキュロットを着用している。

 少年は“キイ”という名で、青色のショートヘアで白色の襟付きシャツの上にグレー色のジレに、紺色のパンツを着用している。


 二人は幼稚園の頃からの幼馴染で、母親同士が学生時代からの友人なので家族ぐるみの付き合いで、互いの店を手伝うこともあった。

 とびらの家族はこの弁当屋、キイの家族は小さな図書館をやっていた。


 今日はキイがとびらの弁当屋を手伝っていた。

 店は開けたばかりなので閑散としていたが、弁当屋はお昼と夕方は平日休日共に客足が多くなる。

 冬休みなので通常よりも混むことが考えられるため、今は嵐の前の静けさと言ったところだ。


「キイ君の図書館も、本当ならごった返してるのにね」


 とびらがつぶやく。

 本来、図書館は休館日ではなかったが、館長であるキイの父が熱を出してしまったので急遽休みになった。


「本当だよ。あれほど体調管理はしっかりしとけって言ったのに!」


 キイは父に対して憤った。そんな彼をとびらが茶化す。


「図書館が休みの分、こっちでは働いてもらうよ。弁当屋のお昼は怖いぞ~」

「何度も手伝ってるから知ってるよ。こんなに閑古鳥が鳴いてるのが嘘みたいになるんだろ?」

「うち、鳥なんて飼ってないよ?」

「ことわざであるんだ! 学校で習っただろ?」


 勉強が苦手なとびらは「閑古鳥」がわからなかった。

 一方でキイは勉強も運動も万能な優等生。暇なこの時間を使って、好きな本を読んでいた。


「お客さんが来てない間に勉強した方がいいぞ。暇つぶしにもなるし頭も良くなるし、一石二鳥だぞ」

「いっせきにちょう?」

「マジか……」


 ことわざも通じず、落胆するキイ。


 その時、彼はとびらが首から下げたペンダントに気が付いた。ペンダントには鍵の形をした水晶の飾りがついていた。


「それ、出して来たのか?」

「うん。何か今日は、これを着けてるといいことありそうだなーって思ったんだ」


 とびらは得意げに、鍵型の水晶をキイへ見せた。



 弁当屋の外では、ユアとディンフルが店の前を通り掛かっていた。

 匂いにつられて、ユアの足が止まった。


「いい匂い……。もしかして、弁当屋かな?」

「もしかしなくても弁当屋だ」


 ディンフルも足を止め、首だけ彼女へ振り向いた。


「うーん……。ごめん、ディンフル。ちょっとだけ寄ってもいいかな?」

「なら、ここでお別れだ」

「えっ?!」

「私は弁当屋には寄らぬ。行きたければ、一人で行け」


 ユアは店に入りたかったが、せっかく出会えたディンフルとも別れたくなかった。


「外で待ってるだけでいいから! 何なら、ディンフルの分も買って来るから!」

「断る。何故、人間の作る弁当を食べねばならぬ?」


 拒否しても、ユアは諦めなかった。


「お願いっ! 実は今朝、何も食べてなくて猛烈にお腹が空いてるんだ! このままだと倒れそうだよ」

「知らぬ! そちらの過失だろう。こちらには関係ない!」


 ディンフルの言うことはごもっともで、ユアは言い返せなかった。


「何故、朝に食べなかった? 異世界の者でも朝食でエネルギーを蓄えるのではないのか?」

「そ、そうだけど、今日は事情があって……」

「フン。どうせ、娯楽が待てなくて食べずに家を出たのだろう」


 ユアが言葉を濁すと、ディンフルは最後まで聞かずに決めつけ、再び歩き始めた。


「待ってよ、ディンフル~!」

「待たぬ! 人間の作った物は食べたくないと言っているだろう! 短い間だったが、さらばだ!」

「そんな。せっかく会えたのに……」


 ユアが名残惜しそうに言うと、ディンフルはまた足を止め、振り向いた。


「変わった奴だな。普通はフィトラグスらのような正義の味方に憧れるのではないのか? 何故、私なのだ?」

「えっ?! そ、それを聞く……?」

「さらに聞くが、弁当を買う金を持っているのか? そして、”ここが初めて”と申していたが、こちらの通貨は知っているのか?」


 ユアは絶句した。

 ディンフルを好きになった理由なら答えられそうだが、弁当代や通貨に関しては自信が無かった。

 何故なら、ゲームを買ったばかりで財布はほとんどすっからかんだった。さらに、この世界の通貨も知らなかった。お腹が空いても食欲を満たす方法がない。



 その時、弁当屋の戸がいきなり開き、とびらとキイが出て来た。


「キイ君! こういう時って警察? 消防車? それとも救急車?!」


 店から出て来た二人は慌てていた。とびらは今にも走り出しそうに足をバタバタしていた。


「火傷したんだから救急車に決まってるだろ! 消防車は火が出ていないから呼ばない! 事件性もゼロだから警察も違う!」

「わかった! 急いで呼んで来るよ!」

「電話で呼べば来てくれるから、行かなくていい!!」


 ユアとディンフルは、パニック状態の二人に目が釘付けになった。


「あの……どうかしたんですか?」

「お客さん、すいません! 実は、厨房にいる父が熱湯で大火傷をして、今、調理を中止しているんですよ!」


 とびらが慌てながら答えると、キイが横からフォローを入れた。


「でも大丈夫です。調理担当はもう一人いますし、我々も手伝いに入るので。今なら、お味噌汁などの汁物でしたらお出し出来ますが?」


「お味噌汁」という言葉を聞いて、ユアはさらにお腹が空いて来た。

 ユアがお言葉に甘えようとすると、ディンフルが別の話を振り始めた。


「お前達、魔法を使えるか?」


 思わぬ質問に、ユア達三人は固まってしまった。


「魔法……?」

「つ、使えるわけないですよ、人間なので……。ところで、ゲームのボスっぽい格好してますけど……コスプレですか?」


 とびらとキイが疑問に思うと、代わりにユアが得意げに答えた。


「いいところに気が付きましたね! そう! この人……ではなく、この御方は何と、ゲームのラスボスなんです! コスプレじゃありません! ディンフル様、ご本人ですよ!」

「何故、お前が鼻高々なのだ? しかも、“様”付けしているが、いつから私の部下になった?」


 意気揚々と答えるユアへディンフルは不服そうにつっこむと、再び二人へ聞いた。


「話を戻すが、魔法は使えるか?」

「うーん……。魔法かどうかはわからないんですけども……」


 とびらが自信なさげに話し始めると、ディンフルが急かし始めた。


「何だ? 早く答えろ!」


 今まで冷静だったディンフルが急に熱くなり出したので、ユアはおそるおそる尋ねた。


「ど、どうしたの?」

「この二人が出て来た時に魔法の力を感じた。見た目は平凡そうだが、使えるのではないかと思った」


「平凡」と言われ、いい気持ちがしないキイは抗議した。


「初対面で”平凡”はないんじゃないですか……?」

「へいぼん……」


 途中で言葉を切るとびら。ショックを受けているのかと思えば……。


「……って、何ですか?」


 ここでも、彼女の勉強不足が災いし、ユア、ディンフル、キイの三人はガクッとなった。


 自分を好いているユアと言い、今出会ったばかりのとびらと言い、ディンフルは色々と嫌な予感がしていた。


 そして、それはまもなく思わぬ形で的中するのだった……。

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