第2話「出会い」

 炎に包まれた森の中。

 草木はすべて焼け、赤く燃え盛る光景だけが視界に映っていた。


 燃え上がる森の中に、濃いピンク色の三つ編みを片方に下げた一人の女性が現れた。

 こちらの様子をうかがっている。


「お前は?! 何故、ここにいる?」


 知り合いであろう女性の表情は曇っており、今にも泣き出しそうだった。

 それを見て、こちらも心が苦しくなる。


「そんな顔をするな……」


 女性を抱きしめようと手を伸ばすが、目の前が炎で遮られる。

 彼女がこちらに背を向けて去っていく様子が炎の隙間から見えた。


「行かないでくれ!!」



 目を覚ますと青い空が広がり、赤く燃えていた光景が噓のように緑の草木が生い茂っていた。


「夢か……」


 ディンフルはベンチの上で体を起こした。


 辺りを見回すと自分がいた古城とは打って変わって、戦いとは縁遠い雰囲気の公園があった。遊具がすべり台とブランコの二つがあるぐらいで、公園自体は大きくない。


「ここは? 先ほどまで、フィトラグス一行と戦っていたはずだが……?」


 体を起こした拍子に、ピンクのチェック柄のハンカチが膝に落ちた。誰かが濡らして額の上に置いてくれたのだろう。おでこがひんやりしていた。


「き、気が付きましたか?」


 女性の声がした。

 ゲームを買ったばかりの少女・ユアが、起き上がったディンフルを心配して近づいて来た。

 彼女はゲームの列に並んでいた時と違って、ピンク色の長袖Tシャツの上に、丈が長い赤いチュニックを着て、黄色いボトムスを履いていた。


「具合はいかがですか?」


 優しい笑みを浮かべるも少しだけ緊張した面持ちのユアを、ディンフルは睨みつけ拒否した。


「近寄るな。私は人間とは相容れぬ存在。介抱してくれたのだろうが、感謝はしない」


 ユアが驚いて歩みを止めると、ディンフルは彼女は自分に怯えたのだと思い、心の中で嘲笑った。


(フン。少し脅しただけでも怯える。所詮、人間は弱い)


 だがユアは、再びおそるおそる近付いて来た。


「あの……、ディンフル……ですか?」


 今、初めて会ったばかりの少女から突然名前を呼ばれ、今度はディンフルが驚き、相手を見つめた。


「何故、私の名を?」

「あぁ……、やっぱりぃ~!」


 ユアは突然大声を上げ、ディンフルに背を向けた。

 再びこちらへ向くと、顔は両手で隠されていた。


「わ、私、あなたにずっと会いたかったんです……! 一目惚れしたんですっ!!」

「は?!」


 ユアは彼を見ずに俯いたままで自分の思いの丈をぶつけ始めた。顔は隠されているが、わずかに見える箇所と耳が真っ赤になっている。

 初めて会ったばかりの相手から「会いたかった」と言われ、ディンフルは困惑した。


「……色々気になることがあるが、何故顔を隠す? 話す時は相手の目を見ろ!」

「み、見れません! だって……、ようやく会えた、推しの人ですから……!」


 ディンフルに注意されてもユアは顔を隠していた。そのまま早口で自己紹介をした。


「私はユアと言いますっ!」

「そのまま名乗るのか……? 我々は初対面だろう? どうやって、一目惚れなど出来るのだ?」


 ディンフルが呆れながら疑問を投げかけると、ユアは背負っていた黄色のリュックを下ろし、中から買ったばかりのゲームソフトを取り出し、「こちらです」と彼に見せた。

 パッケージの前面にはフィトラグス一行、後面にはディンフルのイラストが描かれていた。


「何だ、これは? 私とあいつらがいるだと……?」


 ディンフルは先ほどまで戦っていた一行の絵と、見たことが無いプラスチックの入れ物に疑問を抱いた。

 ユアは再び顔を隠すと、「よくぞ聞いてくれました」と言わんばかりに早口で説明した。


「私の世界で本日発売となったゲームです。あなた達の戦いはこの中で繰り広げられているんです!」


 ディンフルは何となくだが理解した。


「よくはわからんが、貴様らの娯楽になっているということだな? こちらは命懸けで戦っているというのに、呑気な……」


 自分達の戦いを娯楽扱いされ、腑に落ちない。

 しかし彼が憤っても、ユアは全く退かなかった。


「わ、私にとっては娯楽以上です! 何と言うか……、生き甲斐ですっ!」

「それは良かったな。数少ない賛成派ということで見逃してやる」


 ディンフルは淡々かつ無愛想に言うとハンカチをベンチに置き、立ち上がった。


「好いているなら存じていると思うが、私はディファートだ」

「はい、知っています。ディファートと人間がお互いに嫌い合っているのは。でも、私は気にならないです」


 ユアはまだ顔を隠していたが、慣れて来たのか先ほどより落ち着いて来た。

 ディンフルは呆れてため息をついた。


「全ての人間がディファートを嫌っているわけでは無さそうだが、私は人間が嫌いだ。二度と会うことはない」


 そう言うと、空へ向かって左手をかざし始めた。

 ユアがようやく両手を外し、「あっ!」と声を上げる。



 恐らく、テレポート系の空間移動の魔法を使っているようだが、何も起きない。


 何度も呪文を唱え直しても、魔法らしきものが出なかった。


「……魔法が使えぬだと?」


 どうやら魔法を使えなくなってしまっていた。

 ユアが彼を心配して、覗き込むように近付いて来た。


「本当に使えないんです……か?」

「使えていれば、ここにはいない」


 ディンフルが答えながらこちらへ顔を向ける。

 目が合ったユアは小さく悲鳴を上げ、再び両手で自身の顔を覆った。


「いつまで照れている?!」


 ユアは彼に背を向けたままで返事した。


「す、すいません! つい……。でも、”使えていればここにはいない”と言うのは……?」

「空間移動の魔法を使ったのだ。ここは、フィーヴェではないだろう? こんな場所、見たことが無いし、空気も違う。フィーヴェはここまで平和ボケした雰囲気ではない。私は元の世界でやるべきことがあるのだ」


 さりげなく、今いる世界の悪口を言うディンフルへユアは再び振り返った。まだ顔は覆ったままだった。


「あ、あの……、実は、私もこの世界は初めてなんです……」

「ん?」

「私もあなたと同じで、別の世界から来たんです」

「こちらの出身ではないのか? てっきり、この付近の者と思ったが?」

「ゲームを買って、あなたのことを強く思ったら、こっちに来ていて……」

「お前も変わった目に遭ったのだな」


 ユアの言葉をディンフルは冷静に遮り、顔を覆っていた彼女の両手を無理やり外した。

 目の前に推しの顔があり、ユアは大きく悲鳴を上げた。再び両手を閉じようとしたが、ディンフルが離さなかった。


「隠すな!! そうやって顔を隠されると、話が入らぬのだ!」

「すいません……! でも、“お前も”ってことは?」


 ユアは頑張って、推しの顔を見ながら話すことにした。心臓はまだバクバクと鳴っていた。


「その小箱に描かれている勇者共と戦っていたら、いきなり竜巻に襲われた。そこからの記憶はなく、気が付くと、このベンチで眠っていた」

「わ、私……、あなたが現れるところを見ました!」


 ユアの話では公園に先にいたのは彼女で、しばらく経たないうちにディンフルが光の中から現れ、ベンチの上に着いたという。

 相当うなされていたので、ユアは持っていたハンカチを濡らし、彼の額に置いたそうだ。


「そうだったのか。竜巻に魔法が通じなかった。今、魔法が使えぬことと関係しているかもしれんな」

「……竜巻のことはわかりませんが、それが起こってくれて良かったと思います。私にとっては運命の出会いなので」

「何が運命だ? こちらにとっては大問題なのだ!」

「すいません……」


 ユアは空気を読まずに発言したことを詫びた。


「まあ、いい。この世界から出る方法を探す。お前も来い」

「えっ?!」


 驚くユアに向かって、ディンフルは彼女のハンカチを投げ付けた。


「今のところ敵意は感じられぬし、迷っている者同士だ。数少ない賛成者ならば、助力してもらう。必要あればこちらも出来る限りだが手は貸す。しかし、気が変わり私を気に入らなくなれば、即刻去れ」


 ディンフルは上から目線に言うと、そのまま足早に公園から出て行ってしまった。

 それでもユアは嬉しさのあまり、軽やかに彼へついて行った。

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