第2話 人と言語

 とにかく白かった。町並みに見えるのは白。白。白。

あとはところどころに植物の緑。街の中に土は見えない。これまで見えなかった空には雲一つ無く、視界に入る色の構成は白、蒼、そして僅かな緑。

 彼女は目を見開いた。東京の薄汚い空気とは全く違ったのだ。

見たところ人はいない。廃墟なのだろうか。いや、そんな訳が無い。

あまりにも生活感がありすぎる。

 そんなの気にせず、この清潔な空気を吸い続ける。

 その時にはもう、彼女は"視線"なんて忘れていた。

 あのときの混乱を忘れたように放心していると、とんっと背中を突かれた。

驚きの感情とともに彼女は振り返る。

 全身に白い服をまとった子どもが一人目に入る。ただ実際背中をつついたのはその後ろにいたその子の母親らしき人物だ。

 「人」という生物に出会ったことに驚きが隠せないが、同時に安堵の気持ちもある。そんなこと考えている暇無しに母親らしき人物は話し出す。

「きぁいぁあぇかぁ」

 言語があるらしい。もちろんのこと、聞き取れなかった。

彼女の頭は回らない。

 もちろんのことだろう。突然知らない世界に起き、

視線を感じたと思えば、走り出し、見たこともないような光景に目をくらまし

そして、謎の人物にコミュニケーションを図られた。

ただ彼女は混乱しても意味がないことに気づき、言語の解読に挑む。

「かるむ あぁかぁ」

女性は自分のことを指しながら。

 さっきとは違い、はっきりした単語が聞き取れたような気がする。

かるむ、だ。これまでふにゃふにゃしていた音の中、はっきりと聞こえた。

 ためしに彼女は、女性に指を指しながら言ってみる。

「かるむ?」

女性が聞き取れていない様子だったので彼女は繰り返す。

ひたすら、理解してもらえるまで。


ようやく伝わったらしい。

 女性、いや、かるむは突然笑顔になり

「くぅくぅきぃ」

と、楽しそうに語る。

 おそらく、「くぅ」または「くぅくぅきぃ」は「そうです」などの意味を持つのだろうと彼女は察する。それ以外に何もわからないが。

この言語が聞き取りやすいことが彼女にとっての唯一の救いだろう。

「きぁいぇあぇかぃきぁ」

長い。彼女には到底聞き取れない。

 ただおそらく会話の流れから「あなたは?」的なことを聞いているのかと彼女は思う。間違っていたらどうしよう。というおそれは捨て、口に出した。

純子じゅんこ

 もう一度純子は言う。

「じゅんこ」

 それでもやはり聞き取れない。

女性は頑張って発音しようとしているみたいだ。

「ぇう、んこぉ.......ぇうぅんこぉ」

ここで純子はすごく大事なことに気づく。

"この人達は母音そしてか行しかのだろうか"

 発覚の連鎖である。 

"いつもメインとなる音と小音がセットだ。それも全部母音の。"

 純子の名字は「青」これなら発音できるのだろうか。

自分のことを指さしながら言ってみる。

あお

すると女性は紐どけたような顔で

「あお きぃ あお きぃ」

分かってくれたみたいだ。

 だから何だという話だが、純子の目には微かな希望が見えていた。



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