菓子パン一個の魅力とばさばさ噂話し
翌日。明智は目羅を家に残し登校した。
お腹が空いたらこれを食え、と菓子パンを出した。分かったと返事をもらっているが、不安を拭える程じゃない。
「おはようアル!」
「斎藤か……よう」
「どうしたの暗い顔して」
「いや、ちょっとな」
家にいるのは異世界人の女の子、常識はまだ勉強中である。もし知らない人が声をかけたら、もし何かの弾みで一刀両断したら。頭の中で思いつく限りの悩みと不安がミキサーの如く掻き回されていた。
「らしくないね。そんなに怖い?」
「怖いだろ色々と、何してるのか分からないんだぜ」
「まあね。でも、この力作である反省文を読めば、あの筋肉教師も落ち着くって!」
「今なんて?」
反省文……。
「ん? もしかしてやってない?」
「忘れてたッ!!」
痛恨のミス!
明智は頭を抱え、駆け回りたい衝動に襲われた。
あまりに濃い一日だったため、反省文なんて遠く昔の話だと思っていた。学生としてやるべき優先事項があるじゃないか。
澄み切った空に飛んで逃げれたら。天を仰いでみるが翼が都合よく生えたりはしない。
ガックリと、明智はその場にうずくまった。
「アル、元気出せ。心霊検証の動画編集はちゃんと進んでるぞ」
「それが今さらなんだよ〜! 行かなきゃ良かった廃病院!」
思えば、不良の襲撃や怪物の登場と、全て廃病院繋がり。ここまで来ると心霊現象と言って過言じゃないかもしれない。
「これで実証されるかもね」
「されたって失った時間は戻ってこないんだよ。ちくしょう」
「何でやさぐれてるの。でも、心霊現象といっても、特に何も写ってなかったね」
そう、収穫は無しだった。
事前に伝えられていたルートを歩いて、終わった。本当にそれだけだった。
そういえば、と明智は斎藤に振り向く。
「あの廃病院、何で噂になってるんだよ」
「え? 教えなかったっけ」
「廃病院の検証をしたいから、って言われてすぐだったし」
思い立ったらすぐ行動。そのため明智は半ば知らずに検証に付き合うことが多い。特に断る理由がなく、こうして心霊スポットを練り歩いては後日になって斎藤から話しを聞くことが多い。幽霊を信じてる訳じゃないが、やばいと言われた心霊スポットに行ったときは悪寒が止まらなかった。
えっと、と斎藤がスマホを取り出し、どこかのサイトを調べ始めた。
「題して、廃病院に轟くばさばさ!」
「カッコわる」
「うるさいな。読み上げるんだからテンション上げていこうよ。ええと、今から三十年前に潰れた廃病院、その院内にばさばさと鳥の羽ばたく音が聞こえる。不特定の時間帯に鳴るため、目撃者の証言も時間がバラバラだった。また夜に、人魂のような炎が光っていることがある。って」
「って、じゃなくないか? 俺そんな怖いところ行ったのか」
今更だが、そんな危険な場所に友達を向かわせる斎藤の神経を疑う。
斎藤だが、テンプレな心霊内容だし何もないと思ってた、と言うのだからやる気も疑う。
配信者の誇りはないのか。
「まあでも、最近は何かと話題だったからね。あそこ」
「そうなのか?」
「うん。ネットでも急にあのスポットへの関心が広まってさ。たった二週間で激アツスポットに早変わりだよ」
「ちょっと待て、二週間?」
なぜか、二週間、という単語に引っかかった。じゃなくても、急激に人が関心を寄せるような場所かと、現地に赴き調査した明智には納得いかなかった。
その反応を良く思ったのか、嬉しそうに斎藤が、
「そう! 人魂の目撃情報が増えてさ、特に夜! 見たかったな〜! でも、その噂を利用して、あの不良達みたいに溜まり場になりやすくもなってるから、危ないのには変わらないんだよね。はぁ〜、筋トレ始めようかな」
「筋トレより度胸だろ」
あれは不良のせいで〜、と泣き喚いているが、明智は構わなかった。
その後、無事筋肉教師に叱られた。めっちゃ叱られた。おかげで反省文が倍になった。泣きっ面に蜂? 泣きっ面に理不尽だろ。
午前の授業が終わり、明智はそそくさと屋上に向かう。さっとスマホを取り出すと、アプリを起動しそれっぽいのを押した。コールが鳴る。
『迷い家エクスプレス車掌の世迷 シャーロックだよ♪』
「なあゲートの出現期間ってどのくらいなんだ?」
『んん~? ゲートの出現期間?』
オウム返しな世迷が間を空ける。
『まちまち。長くても一年以上。短くて二〜三週間かな』
「じゃあ、ゲートが長い期間あれば、迷い込来る奴も多いのか?」
『だね。ゲートのゲート。つまり使者になってる君ちんが別世界の存在を広める広告塔なら、ゲートそのものは、文字通りそれらを繋ぐ扉になるね』
「そうか。悪い、ありがとう」
ぷつっ、と通話を切った。
屋上に通り風が吹き、たった一人の利用者を撫でる。利用者は空を仰ぐ。
「もしも妖世界からゲートを通ってあの病院に迷い込んだら、俺ならどうする」
見知らぬ場所、見知らぬ光景。それを前にしたら。
「きっと、その場から動かず、周りが安全か確かめて、その後付近を散策したりする」
廃病院は元々心霊スポット。でも二週間前から関心が寄せられた。もしも二週間前に怪物が現れて、病院内という狭い空間で勝手が利かず暮らしていたら。
「人魂の件、マジだったりしないだろうな……」
□■□■□
放課後になり、筋肉教師に釘を刺されつつ学校を去った。反省文のことは申し訳ないと思うが、今日書けるかと言われれば、ものすごく自信が無い。迷子の怪物を元の世界に帰すという、言っても信じられない事をしに行くのだから。
家に辿り着き、玄関の扉を開けると、なぜかメロンパンを咥えた目羅と視線が合った。
「……ただいま」
「……」
口がモゴモゴと動いている。咀嚼か挨拶かは分からない。
いや、多分前者だろう。
「目羅、廃病院に行こう。あそこのゲートを通った奴が二週間近く廃病院に居座ってるかもしれない」
「……」
「こっちに来たか、靴履いたらすぐ出発だ」
「……」
「一つ言いたい。食うの遅くない?」
とたた、と動くのだが、メロンパンを咥えて離さない。何となく目がとろんとしてるような。
「……これ、美味しい」
「気に入った?」
「うん……」
「急ごう。食いながらで良いから」
言うと黒い外套を羽織り、初めて見た時のような姿になり、靴を履いた。
明智は鞄を置き、中からスマホを取り出してポケットにしまうと、確認のため目羅を見た。
「行くぞ」
「任務、がんばる」
二人は廃病院へと向かった。
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