ワンドリンク
明智はその後、目羅用の寝間着も購入して帰った。
明智宅にはベットが一つある、だが幸いなことに布団があった。これはたまに来る斎藤用のだが、今回はそれを敷き、そこへ横になった。
「明日はゲートを閉じに行くのか」
横を見ると、ベットに眠る目羅が写る。
起きている時は無感情な瞳ばかり気にしていたため、目羅の寝顔は起きているのとは違う印象を感じさせた。
安心しきって枕に顔を埋めている。優しい温もりに包まれた子猫のようだった。
「楽しい、か……」
あんなことで良いのなら、毎日でも同じことをやってやれるのに。
そう思いながら、重たくなる瞼を閉じた。
□■□■□
微かに光が入る。混合された色が元の配置に戻るにつれ、意味のある景色を見せた。
温かい色の壁材、高級そうなカーペット、調度品は知識のあるものならうっとりしそうな物を置いている。
ガタンと、心地良い揺れがある。
これはもうあそこしかないだろう。
「何で迷い家に……」
「ハハッ! ご乗車頂きありがとうございます、ってね」
「世迷!」
「何でみんなして俺ちんのシャーロックって部分呼ばないかな。これ深刻案件だよ」
とぼける車掌はネクタイを整えると、地ベタに寝転ぶ明智に歩み、顔を覗いた。
「これからが本番だね」
「応援のために呼んだのか」
「ほぼそうだよ。勇敢なゲストの無事を祈るのも、この『迷い家』の車掌、正しくは、『マスター』としての規則だもの」
「目羅は?」
「呼んでないよ〜」
ふらりとバーカウンターに向かった世迷は、慣れた手つきでショットグラスを取り出し、氷と、カクテル用の軽量カップを用意し始めた。
「君達には期待してるんだよ。管理者っていってもさ、僕ちんはここから離れることは出来なくてね。力のある迷子をゲストとして招待し、ゲートを閉じるお願いぐらいしか出来ないからさ、こういうものを振る舞うぐらいしか役に立たないんだ♪」
「力のあるゲストって、別に俺は地区大会で優勝したとか、身体能力で今ひとつずば抜けたものは無いけど」
何となく起きた明智もバーカウンターの席に腰を下ろし、どこか楽しそうな世迷に悪態を吐いた。
「むしろ俺は、ゲートの使者みたくされて、学校も、目羅が来なかったらやばい状況だったんだ。何もしてないよ」
「ふ〜ん、そう」
「何だよその目」
「運も実力の内、って言うじゃない。実際、ゲートは迷子が出てくるまで見当も着かないんだ。魔法世界の協力を得ても、姿形を追跡出来たのはゲートになった人物の特定だけ。なのに、ゲートの使者になった君のおかげで、管理は順調に進んでるんだよ。胸を張っていい案件だよこれ」
上品な色をした赤いシロップをカクテル用の面白い形をした軽量カップに入れると、氷の入ったショットグラスに注ぐ。
液体は、甘い香りを放ちながら、少し粘質に氷を這う。
シロップが氷を飲み込むと、ルビーのような、それがまるで宝石の用にキラキラと煌めく。
「順調って、目羅が元の世界に戻れないのにか」
「順調だとも、だって君ちんがいる」
「それは押し付けだ」
「ごもっともだね。でも、これは彼女が決めた事」
「……ゲートを何とかすれば、帰せるか?」
「なるようには、なるだろうね」
ニッコリと、薄笑いを浮かべていた。何が面白いのか分からない。しかし彼はなるようになると言った。
ゲートを閉じれば、目羅は元の世界に帰れるということか。
細かい泡がふつふつと昇る琥珀色の液体が入った瓶をカウンターに置いた。その口を開封すると、空気を求めて気泡が集まる。
その光景に惹かれていた明智が、「なあ」と口を挟んだ。
「お前のだよな」
「アルゴっちのだよ」
「未成年だ」
「ジンジャーエールだよ。大丈夫。ノンアルのドリンクだって」
飲んだ後、本当はアルコール入ってました。って打ち明けられそうだから怖い。だが、心の文句とは対照的に、世迷の静かなドリンク作りは、普段おちゃらけている姿と違くて、思わず悩みを言ってしまいそうな程に神々しく見えた。
後ろのグラス達が、そういうステンドグラスで、世迷が、ある種の聖職者っぽく見える程に。
「って空気に飲まれるな俺、世迷は世迷だろ」
「何か失礼な事考えてない?」
「別に」
「あっそ」
ジンジャーエールの入った瓶を傾けると、気泡がシュワシュワ弾け、ルビーのような氷の入ったグラスに注がれる。
液体に満たされたグラスは、世迷がくるりとスプーンを回すと、苺のような艶のあるきめ細かい気泡を上げて、琥珀からルビー色に染まった。
「どうぞ」
「……」
「シャーリー・テンプル。知らない?」
知るかバカ。
思いながらも恐るおそる手を伸ばし、それを受け取った。
斎藤と共に検証として私有地に忍び込んだことはあるけれど、酒やタバコを挑もうとは一度も思わなかった。単純に興味が無いんだと思っていたが、こうして前にしてみると、自分は真面目なのかもしれない、そう考えるほどに、口にするのを躊躇う。
「だからノンアルだって」
「分かってるよ」
原材料不明ではないし、酒の匂いもしない。
ゴクリ、と生唾を飲み込んで、冷えた液体を口に運んだ。
「………………………………………………美味い」
「どうも」
軽い会話一つが過ぎると、後は何も起きない。
ただグラスに満たされた宝石のような液体を呷った。
「これはね。当時、禁酒法が解禁されたアメリカで発明されたんだよ。理由はなんだと思う」
「分からない。なに?」
「子供にもこの喜びを共有出来るようにって」
興味がなくて投げたが、世迷はご機嫌だった。豆知識を披露したかったらしい。
ふ〜ん、そうなんだ。適当な返しを続けながら、口内に広がる
「目羅ちんだけど」
耳にそっと、世迷のつぶやきが通る。
「楽しそう?」
背しか見えない車掌。どういう意味なのか勘ぐって、その後、それを恥じた。
「楽しいって言ってたよ」
「そっか。なら良いんだ」
教育を担当した者が、そっと礼を言って器具を拭く。
目羅との距離感に答えは出ない。けれど、目羅のこだわる今が、この一瞬のために生きてるようだった。
進んだ文明社会に生まれた明智にとって、死と隣り合わせなど、遠いおとぎ話。だから、目羅が持つ生死の概念や、生き残った後の喜びなんて、あまり分からない。
「ドリンクありがとう」
「どういたしまして」
「ゲートはこのアプリを使えば、無事に閉じるんだな」
「そうだよ」
「仮に、そのゲートに飛び込んだら」
思わずした質問に、質問者が驚いた。
「行けるだろうね。その先の世界に」
「そうか」
頷くと席を立った。世迷が「戻るならあっちの車両にあるベットで眠って」と声をかけ、明智は言われた通り、隣の車両へと向かった。
「ふぅ、良かった。僕ちん、マスターとしてのお仕事完了だね」
磨いたグラスを天に掲げ、ニヤリと笑む。
「そうじゃないとね」
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