苺と桜と一方通行
目羅の服を見繕って、ようやく一息吐いた。
明智達は今、ショッピングモールのフードコート、その一席に座り、ズズッとジュースを飲んでいた。
ここまで来るのは非常に大変で、まず外に出るなり目羅が物陰や民家の屋根にジャンプして身を隠す。何とか人にバレないよう説得して下ろすと、今度は街路樹や茂みに体を滑り込ませようとし、それもまた説得して引きずり出す。
特に人の往来が多くなると、目羅の視線がいつもより鋭くなり、ブツブツと物騒なことを唱えているではないか。怖いお兄さんに聞かれる前に、そういやテレビでぇ〜、と会話を振り、目羅の気を自分に向けさせることで止めさせた。やっとショッピングモールに入店し、一安心と思った矢先、目羅が隣から居なくなった。まだ近くにいるはず、と探してみれば、通路でよく見かける季節のオブジェ前で、お店の人に叱られているではないか。
この子まだ日本に馴染めなくて、と説得し、見逃してもらった。
服を買う際、ファッションセンターの店員にサイズを見てもらい、服一式を購入した。試着室に通してもらったが、そこでも仕切りを乗り越え、銀髪頭が出てくるわで気が休まることはなかった。最終的に値札だけ取ってもらい、ダボっていた服をエコバッグにしまって、こうして、フードコートで一時休息している。
「子供を連れた親の気持ちってこんな感じなのかな……」
ズズズッ、目羅のプラスチック容器の中にある甘酸っぱい色の苺ジュースが減っていく。
桜がプリントされたTシャツにホットパンツ、シューズを買ってみたのだが、とても様になっていた。
元が良いと何を着ても似合うとはこのことだろう。そのためか、店員にも色々勧められた。だが、目羅にも好みがあるようで、被って腕を通すだけのTシャツと、足の動きを制限しないホットパンツは、試着した時から気に入ったらしく、後半戦にて店員も遊ぶのを止めていた。
思わぬ出費に明智の精神はそれなりに揺らいでいるが、こうして好きなものを自分で選んで着てくれるのだから、まあいっかとなった。
「その服どうなんだ。あんなマントみたいなのじゃ動きづらかっただろ」
「うん。でも、あれはあれで好き。闇にまぎれられるから」
「そ、そうか……」
忍者みたいな返しだな。
「この服、いい匂い」
「あー、新品の香りって良いよな。分かるよ」
「人にもらったの、これ以来」
彼岸花の髪飾りをそっと撫でる。美しいのに、どこか不安を感じさせる髪飾りが揺れる。
「貰い物だったのか。それ」
「そう。たいせつ」
「そっか。それも似合ってるよ」
「ありがとう」
ここまでの会話で笑ったり照れたりは無い。目羅はただ、髪飾りを優しく撫でながら、フードコートの周りを観察したり、行き交う人々の顔を見たり、たまにジュースを口に含んでは、味に満足したようにほっと息を吐く。
「……おいしい」
「口に合ったようで何より」
「目羅、今、たのしい」
「そっか。俺もまあ、楽しいよ」
言い終えると、むず痒い時間が襲ってきた。思えばこうして、ジュース片手に普通に過ごすなんて無かった。自分と目羅ではどういう関係か。普通の関係ではない。それだけがはっきりしていた。
目羅は命の恩人で、世界を塗り潰した奴で、なぜか今、世迷のせいでパートナーを組まされている。
繋がる縁はたくさんあるのに、話せることなんてほとんど無い。
気まずいと表すならばそれも良いかもしれない。けれど、それは答えにはならない気がして、明智は痛くもない首に手を置き、回らない思考に代わって首を回した。
「……俺達は、ゲートを閉じるために、チームを組んだって感じなんだよな。ならさ、場所は分かってるんだし、明日の夕方にでも向かうか?」
「分かった」
「おう。あと、俺がその、ゲートになってるって話だけど、いつまたあの怪物が出てきてもおかしくないんだよな?」
「うん」
「そっか……困ったな」
「目羅がたおす。だから、大丈夫」
「そっか……」
封印された魔王が、見せつけるようにゆっくり封印を破壊しながら出現しても、正確に首だけ切って、終わった、と言ってのけそうだから怖い。
そういえば、と明智はあることを思い返し、目羅に向いた。
「目羅は『妖世界』の住人って聞いた。妖世界ってどんな世界なんだ? 世迷からは、殺戮に特化した世界とか冗談言われてはぐらかされたんだけどさ――」
「合ってる。目羅の故郷は、血と凶器が交差する世界。殺し合いの世界」
「……」
「弱いと今日を生きれない。強いと今日を生きれる」
「それは……!」
「目羅は、今日を生きれることが、いつも、うれしい」
「……」
目羅が、彼岸花の髪飾りを撫でた。
大切そうに。
明智は何となく、ただ何となく妄想していた。地獄のような世界で、
目羅はまだ穏やかな方で、平和主義で、そんな奴が守る平穏な村や町でもあるんだろうと、そんな想像をしていた。結局想像なだけで、世迷が吐く世迷い言だと思っていた。
違う。そうじゃない。
少ない会話の中に、明智にも分かる繊細な感情の動きが合った。それは表情だとか動作で表現するものじゃなく、発することで伝わる何か。
そこまで分かって、何を返せばいいのか分からず途方に暮れた。
明智は、こういう時にコミュ力が足らないことを恨んだ。
「……ありがとう」
「え?」
「服もジュースも、ありがとう。今日を一緒にいてくれて、ありがとう」
「ど、どういたしまして」
ほんの少しだけ笑ったように見えたのは、自己満足の幻だろうか。彼女の表情は固い。なのに、少しだけ口角が上がったようで、笑っているようで、可愛いと思える少女の笑顔だった。
「それで、今日はどうするんだ」
「アルゴの家に向かう」
「帰らなくていいのか? 故郷に」
「帰れない」
「そっか、……はぁ?」
しんみりした空気を変えるつもりだったのに、その事実が唐突に飛び込んできた。
「目羅は、アルゴのゲートを通った。だから、帰れない。世迷が、いっぽうつうこう、だって」
「ま、マジか。え? でも怪物は元に戻したろう」
そう、怪物は明智のゲートを通ったと世迷が言っていた。怪物がゲートを通れて、目羅が戻れないはずがない。だが、目羅が静かに反論する。
「目羅はゲスト。世迷にしょうたいされた客。だから、正式なゲートじゃないと、帰れない」
「…………」
もう言い返せなかった。そのまま数秒が過ぎ、目羅も話しに決着が着いたんだと思ったのだろう。
「よろしく」
一言、そう言った。
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