ナンパは黙って殴られろ

 指導室からの一連はこう。

 まず詳細を話す。先生が怒る。斎藤が証拠映像を見せる。一応正当防衛を認める先生。原因を聞かれる。話そうとした斎藤の口を閉じる。先生が怪しむ。不良達がちょうど起きる。報復で廃病院に不法侵入したのがバレる。先生激怒。親に現状報告が入る。

 ここでお昼休憩に入り、午後は普通に授業を受けて良い、反省文は明日まで、と言われてやっと解放された。親からメールが飛んできたものの、不法侵入より不良との喧嘩の方で心配された。まあ学生の殴り合いってここ最近聞かないよね。

 明智にとって一番辛かったのは、クラスメイトから好色を含む視線にさらされたことだった。何やったんだお前、と交流が生まれつつある友人からイジられはしたが、そうじゃないクラスメイトからは危険人物扱い、机じゃ足りない足枷付けろ、と言わんばかりの恐怖の目線がいくつもあった。

 関係がはっきりしない時期だ。部活もまだ入ってないので、特に上級生には喧嘩上等の新入生、または令和の喧嘩番長として認知されたのは間違いないだろう。


「でも、怪物の一件が忘れられているのは、良かった、よな」


 怒られながら、イジられながら、明智は明智なりに怪物の話しを集めていた。

 指導室に招いた教師曰く。夢で熊と狼が取っ組み合っていたところに巻き込まれたとか。斎藤に至っては巨大な怪物の映像を撮るのに夢中になっていた夢を見ていたとか。

 交流の浅いクラスメイト達からは、学校の窓側から、異形の怪物が侵入しようとしていたのを、教室の隅でじっと丸まって見ていた話しを聞いた。


「怪物は夢の存在、って訳じゃないよな。やっぱりあれは現実だった」


 複数人が怪物や学校を舞台に夢を見た共通項、それはどう考えても赤い毛皮の怪物関連しかない。

 みんな揃って覚えてない、付け加えるなら、その事件は起こらなかった。元も子もない。


「忘れるとかのレベルじゃないよな、これ」


 忘れるというのが、起きた出来事を思い出せないことだと、明智は思っていた。しかし目羅は忘れてと言い、世界を洗浄するが如く真っ白にした。

 その結果が世界の再創造だとしたら、それは神の御業と言う他ない。

 世迷 シャーロックはこのことをフィルムカットと評していたが、怪物関連をぼんやりでも覚えている以上、完璧なカットとは言い難い。もちろんこれが本当に神様の仕業というなら、仕事に文句を付けるなんてことしないし、受け入れるしかない。なにより、夢なんてずっと覚えているものじゃない。忘れやすく固執しない。むしろその完璧さにレビューを書きたいところだ。

 けれど、それをやったのは神様ではなく、ましてや天使や悪魔でもない。

 人間の少女だった。それもスマホを使って。


「……何度もやってるんだっけ、こんなことを」


 目羅。

 銀髪無感情の少女。

 彼女が今どこで、何をしているのか。

 この時の明智に知るよしなどなかった。


 □■□■□


「任務、大事」


 少女は暗くじめっとした場所にいた。

 暗いと言ってもまだ日は差しており、日も高々とある。少女は自らそういう場所へ身を隠したのだ。

 別に何かやらかして追いかけられたため、仕方なく隠れた訳ではない。白飯には箸を、パスタにはフォークを、適した物に適した物を添えるように、彼女は適切だと思った茂みに隠れたに過ぎない。

 彼女の周りには自由に伸びた雑草と、亀裂の入った道路が緩く曲がって続いている。


「……落ち着く」


 ボソッと、少女は言い。晴れやかな空を見上げた。

 揺れる草の音。肌を優しく温める陽射し。微かに甘い香りがする風。


「……」


 気配を消そうとしている少女の目が、こくり、こくりと伏せる。

 ついに目を閉じた少女は、ふんわりと近くの木に頭を傾げた。


「……!」


 のだが、冷たく底のない瞳が、一瞬だけ感情を揺らめかせ、少女を揺り起こした。


「だめ。いけない」


 自身を叱責していても、その表情は変わらない。


「ん?」


 遠くから音がする。少女は背高草せたかそうの根元まで顔を低くした。

 現れたのは車だった。グレー色の自動車が、凸凹の道を通る度、紙をくしゃくしゃにするような音が発する。付け加えて、窓の開いた車内から、海外のポップスらしき曲が洪水のように流れていた。

 音の暴走車両は緩やかなカーブに接近すると、煙を上げる何かを地面に落とした。

 それはタバコだった。ポイ捨て禁止の看板は近くにあるため、決定的なマナー違反を目撃したことになる。

 だが、それを見ていた少女にとっては、違ったらしい。


 「なんだ!?」


 野太い男の声と、タイヤの火花と甲高いブレーキ音。車内から流れる曲はサビに到達したのか、大音響で言葉のマシンガンを放つ。男の混乱した絶叫はそれら音の暴力に揉まれ、車が横転するその時まで、男の悲鳴を殺し続けた。


「なんだよ。何なんだよ!」


 無事だったらしく、何とか這って出てきた男は携帯を取り出すと操作し、耳に当てた。


「そうだ。スマホ」


 怒り声を上げる男を見て、少女は木の上でスマホを取り出し、男が操作したのと似た行動で耳に当てた。


「……」

『ヤッホー、迷い家エクスプレス車掌の世迷 シャーロックだよ〜。』

「世迷。目羅、任務を進めたい」

『むむ? もしかしてピンチ? パートナーの明智 在吾君はいないのかな』

「分からない。ここに着くまで、はしってた」


 ムフフ、とスマホの通話相手から、からかうような声が漏れる。


『そっか~! つまり迷子さんか! あはは! ならここに来たいって思いながら寝てごらん。もう一回、明智 在吾……う~ん、アルゴっちって言おうかな。アルゴっちの元に送ってあげるよ。ところでさ、目羅ちんは『平世界』、そっちの世界でトラブルとか巻き込まれてな〜い? そっちじゃね、目羅ちんみたいな美少女は男に襲われちゃうんだよ〜。ナンパって言ってね。もうあれやこれやと聞かれちゃう訳、そういうのは問答無用で殴って、黙らせるのが良いよ。あぁ~でも手加減してよ。ゲストが無意味な殺生したとか、僕ちん色んな人に怒られちゃうから。良いね。

 じゃ何でもありだったかもしれない。けどね、この世界は目羅ちんの世界と違って平穏なんだ。だから、の出番は、いざって時にしか現れないでね。それじゃ、待ってるね〜♪』


 間延びした声がぷつりと止んだ。少女は言われた通り寝るため、木から降りた。


「おいあんた! あんただよ! ここどこだか知ってるか、今場所聞かれて困ってんだ。ほっつき歩くような場所じゃねえし、詳しいんだろ」

「……しらない」

「だったらスマホ出して調べてくれよ! あれ見ろ、になった俺の車。まだ買ったばかりだったのによ! どうやったらこうなるって言うんだ! さっきから相手に質問攻めされてイライラするしよ! ちっと助けろやッ!」


 少女は男に近付いた。それを見た男は協力してくれると思ったのか、通話相手と話しだした。

 少女が十分に近付くと、男が「何だよッ!」と怒声を浴びせる。

 底の無い万華鏡のような瞳の底、紅が微かに変化する時、少女は言った。


「ナンパ、なぐってだまらせる」


 その後少女は草をベットにして寝息を立てた。神隠しの如く消え、残ったのは潰れた草。

 その数時間後、男は発見された。真っ二つとなった車両と共に、全身骨折した男は繰り返しこういったそうだ。

「女がいた。目の前で消えた」と。近くで発見された草の痕跡から警察も動いた。そもそもこの付近に住居と呼べるものはなく、その草むらは熊の寝た後と処理された。

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