世迷付き管理車両

「世迷 シャーロック? 車掌の?」

「アハ♪ もしかして偽名だと思った? まあ世迷なんて中々聞かないよね。この世に迷うなんて縁起でもないってさ。でもでも、シャーロックはイカすでしょう。名探偵気分だよ♪」


 車掌を名乗る男に絡まれた明智は、呆然としていた。

 いつの間にか白い世界が一変していたから。

 暗い木材が壁や床に使われ、雰囲気に合うオシャレな調度品やカーペットが敷かれている。壁付けのランプもステンドグラスに覆われ、慎ましく照らしている。この空間で印象的なのはバーカウンター。四人がけのテーブルも目を引くが、カウンター奥の棚に並ぶ、宝石じみたグラスが絢爛けんらんたる眩しさを発する。

 だが、そんなのどうでもいい。

 明智は足元から伝わる振動から、脳内にそれと著しく近いものの名前を浮かべた。いや、はっきりとした確信があった。世迷が車掌と名乗った時から。


「電車、いや列車になんで、いつの間に」

「それはね、君っちが目羅ちんのことを追いかけたからだね」

「どういうことだ。ってか、目羅はどこだ!」

「ほほぉ、君ちんは中々業が深いですな。さっきからずっと、人目も憚らずに女子の肩に手を置いているっていうのに♪」

「…………」


 右手を軽く握ると、確かな感触があった。見ると、目羅の紅い瞳と目があった。


「わ、悪い!」

「いい、目羅は気にしてない」


 声音も表情も変わらない。ドキドキしているこっちがかえって恥ずかしい。


「う~ん青春。目羅ちん良かったね。こんなに話せる男の子って俺っちぐらいだったもんね。たまには別の人ともお話しないと」

「…………」


 よく話してる割に反応しないなこの子、と明智は目羅の肩から手を離すと、車掌に向き合った。

 身長は二メートルに迫るぐらい、年齢は二〇代前半か。白髪は首元辺りできっちり切り揃えられていて、後ろ髪は結わえてある。発言に反して身なりには気を使っているらしい。

 どこかチャランポランな雰囲気が出ている、見た目だけなのだろうか。


「ところで、僕ちんに聞きたいことあるよね」

「! ああ、ここはどこだ、俺のいた学校は、どうなったんだ!」

「ああそっち? てっきり目羅ちんの好みとか気になってるのかと」

「んなわけあるか!」


 やっぱりふざけてるなこいつ! 明智は怒りを乗せた視線を世迷にぶつけた。

 アハハ♪ とどこ吹く風な様子で、全く気にしてないようなのが腹ただしい。


「ごめんごめん。ここって君っちみたいに『迷子』になった子を保護する場所でしょう。よっぽどのことでもない限りこうして話せなくってさ。あ~面白い」

「よっぽどのことが起きたのか。あの怪物のせいで……」

「いや、君ちんが原因だよ」

「は?」


 面白おかしく笑う世迷は、はっきりとした声音で明智を指した。まるでゲームのネタバレをするような、嬉々とした声で説明を始める。


「君ちん、ここに来る時、白い世界を通らなかった?」

「通ったよ、いや、通ったっていうか、元々いた世界が崩壊していって、気づいたら真っ白な世界にいて……」

「それはね、目羅ちんが使った記憶消去の動作光景だね。普通、人はその段階を見れないんだ。気づくこともできないし、ましてやその世界で行動もできない。あ、でも安心して、人も建物も消えてないから。言うなれば、エラーを起こしたフィルムだけを切り取ったって感じ」

「なら、斎藤も先生も、クラスメイトも、ついでに不良達も無事なのか」


 肩から力が抜けた明智は、久しぶりに笑った。あの光景がそのまま世界の終わりではないと知れただけ、一息吐いた気分だった。


「ってことになるね。さて、そもそも白い世界を通ったことや、『妖世界ようせかい』の怪物が『平世界へいせかい』にやってきたこと、これら全部、君ちんのせいなんだよ」

「俺の、せい……」

「待ってまって、気に病む必要はないよ。君っちはね、ゲートの力に干渉されちゃったのよ。それこそ偶然ね」

「ゲート? 平世界?」

「平世界の話しは後で。

 ゲートはね、簡単に言うと異世界を繋ぐ出入り口。あの怪物はね、ゲートによってマーキングされた君を仮のゲートととして現れちゃったのよ。ちなみにそこの目羅ちんもそうやって追いかけちゃったのよ。なんか、心当たりない♪」


 言われてみれば、怪物も目羅も、自分の側に現れていた。


「どっか通らなかった? 君の世界だと、そう、心霊スポット、とか」

「あ……」


 通った。

 通っていた。

 動画投稿の検証のため、ビビって逃げた斎藤に代わって。


「じゃあ、俺が廃病院に行かなければあんなことには……」

「違う」


 異議を申し出たのは、軽口な車掌ではなく、


「怪物が出てきたのがどこだったか、それだけのちがい。そこ、ちがう」


 ずっと口を閉じていた目羅が、明智に言う。

 静かだがどこか固い意志を漂わせ、明智にそれ以上を言わせなかった。気圧されたわけではないが、少女の発言は少女の見た目に伴わない、人生というものに達観した考えを持っている。とは、また少し違うかもしれないけれど、目羅はただ静かに、明智を見つめる。


「目羅ちんありがとうね〜♪ そう! 君は悪くない。むしろ大幸運の持ち主だよ。なにせ、廃病院というゲートの情報。そして『妖世界』と繋がってることが判明したんだ! いや~一周して僕ちんがラッキーマン? それにね。明智君、仮にゲートが君じゃなかろうとも、この事態はどこかで必ず起きたんだよ。むしろ、誰も犠牲を出さず記憶の消去を行うことができた君の幸運、一周して俺ちんのラックに拍手喝采しちゃっていいわけ。アハハ! 照れちゃうね〜おだててもなにもでないよ♪」

「なにも言ってねぇ」


 なんだこの自己満足製造機は。手玉に捕られる少年は、ゆらりと揺れる車掌の動作に、こういうRPGのモンスターいたな、と頭に浮かんだ何だったかを目の前の車掌に重ねて嫌な気持ちになった。


「ところでさ、君ちんに相談なんだよ」

「なんだよ」

「学校も無事、友達も無事、怪物は無事断頭されて送り返された訳じゃない。となると、残る問題があるでしょう」

「……ゲートか」


 世迷は、面白おかしそうに明智を見つめ、薄くのっぺりとした手を伸ばす。その際、目羅の毛先が微かに揺れる。少しだけ、明智に視線を向けていた。無感情ながらに、同情するような瞳を向けて。


「君を、『平世界のゲスト』として招待させてもらえるかな」

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