第十八話 渋戻り

 さて数日後、安左衛門の手でりんごの甘煮は完成された。


「ふーむ。甘露なものである。しかし」


 しかし、だ。味に渋みがあることと、時間を置くと色が悪くなることが問題であった。りんごの色変わりは塩水に少し漬けることで防ぐことができるのだが、安左衛門はそのような工夫には思い至らない。いずれにせよ、味が渋いのが先ず問題であった。和りんごは明治以降の西洋りんごよりもタンニンの成分が多く、渋いのである。さらに、タンニンは加熱すると渋みを増す。この問題は干し柿作りでも知られていて、加熱した渋柿の渋みが増してしまう現象のことを「渋戻り」と言った。


「別に、渋みを含むからと言って食えぬことはないし、殿の御膳に上げられぬということもないだろう。だが、もしも殿が南蛮船の上にて食されたる菓子にこれだけの渋みがあったのなら、ただ『甘く酸く色黄色きもの』と言われるのみならず、渋さについても言及があったはず」


 というわけで、おそらくその菓子に使われていたのはリンゴのジャムではなかったらしい、という推測が成り立つ。りんごの甘煮は、やはり瓶に入れられて、安左衛門の試作品の列に並べられた。


「次は何を試そうか。やはり桃か」


 桃にはさまざまな品種があり、だから全体としては収穫時期も夏から冬にかけて長い。とりあえずいつもの果実商に出かけていって、何が出回っているか確認することにした。


「これは水野さま」

「うむ。今の時期はどのような桃が出回っているかな」

「桃、でございますか。そういえば、珍しい桃が入荷しております。『ずばいもも』と称する、信州の産に御座います」

「ずばいもも? 聞いたことがない」

「はい。あまり数を作られているものでは御座いません。一般的な桃よりも酸味が強く、生食にはやや適しませんが」


 ちなみに、ずばいももは古くから日本にあったものなのだが、こんにちでは洋名の「ネクタリン」で呼ばれることが一般的になっている果実である。


「それは逆に有難いな。まだ今後も入荷する予定はあるか?」

「それは難しいかと存じます」

「では、あるだけ買っていく。残らずだ」

「は。お言葉のままに。毎度の御引き立て、まことにありがとうございます」


 というわけで、大量のずばいももが手に入った。持って帰って、まずは生で試食してみる。なるほど、夏場の桃よりも果汁が少なく、酸味が強いようである。果肉は黄色みが強い。これはいけるかもしれない。


「煮てみよう」


 今までの実験から、果実の甘煮は長期間の保存が利くものである、ということが分かっている。というか、南蛮船の上にあった「酸味のある黄色い何か」も、同じ手段によって南蛮から持ち込まれたという可能性もあると安左衛門は考えている。というわけだから砂糖を多めに用いて、良い塩梅のずばいもも甘煮を、安左衛門は作り上げた。


「うむ。良い具合である」


 これでいけるかもしれない。安左衛門はそう思った。次は、これをかすていらに巻き込む、という問題について考える段である。

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