第四話 VSスライム

 

 「疲れた…」


 そんなこんなで洞窟をでてから森の中を歩き始めてはや2時間、アレンの朝は限界を迎えようとしていた。かなり歪な道をしているとはいえ、たった2時間森の中を歩いただけでここまで疲れるなんて自分の体力のなさを嘆いた。


 「まあ仕方ないだろう。体力もそうだが精神的にもきているのかもしれない。一旦休憩にしよう。」


 ヴァルドに促されて、そばの大きな岩の上に座り一つ大きく息をついた。5分ほど休憩していると遠くに何か動くものが見える。気になったので立ち上がり近くに近づいてみると緑色のゼリー上の物体がドロドロと動いているのがわかった。


 「なんだあれ」


 「あれはスライムだな。いわゆるチュートリアル用の魔物だ。まあこの世界のスライムはそんなこともないんだが」


 「あれが魔物…」


 話には聞いていたがアレンは魔物を自分の目で見るのは初めてのことだった。なぜかアルバリ村の近くには魔物は一切出ず、そのおかげで村人たちは長い間平和な暮らしを維持することができていたのだ。


 「ちょうどいい、身体能力もそうだがお前の戦闘センスも知りたかったんだ。あのスライムを倒してみろ」


 「え!?でも俺体一つでここまで来たから武器も何も持ってないですよ?」


 「武器なんてそこに落ちてる木の棒で十分だ。」


 「で、でも魔物ですよね?もしあっさり殺されたりしたら…」


 「ガチャガチャうるせえな!いいからやれ!スライムにも勝てないようじゃどちらにしてもこの先やっていけねえよ!」


 頭の中で怒鳴られ渋々木の棒を握りアレンはスライムに近づく。かなりの距離まで近づいたが、スライムはまだこちらに気づいていないようだった。真後ろにつけ、スライムの体目掛けて力一杯木の棒を叩きつけるがドロドロの体に力が分散されてしまい全く手応えがない。


 「なんだ…!?」


 攻撃に気付いたスライムがこちらを向く、と思いっきり体当たりを仕掛けモロにくらったアレンは体を吹き飛ばされ地面に叩きつけられる。


 「がっ!?なんてパワーなんだ…」


 「フフ…俺がチュートリアル用モンスターとかいうから舐めてかかっただろう。確かにあいつはそこまで強い魔物ではない。だが、ちゃんと攻略法を知らずに闇雲にぶつかってもスライムには絶対に勝てないぞ。あいつに殺されて生涯を終える冒険者だって少なくないのさ。」


 その話を聞いた途端、応対しているスライムが化け物モンスターに見えてくる。最強スキルを手に入れたというのにその真価も発揮せずに死ぬなんてそんなのごめんだ。

 アランは立ち上がり態勢を立て直した。ヴァルドは戦闘センスを見たい、攻略法を知らずに、と話していた。つまりヴァルドはアレンがスライムをどう倒すのか見ている。つまり、今のアレンでもやり方次第ではこの魔物を倒すことができるということだ。先ほどの結果からただ殴り続けても効果はないように見える。スライムをよく観察していると、その体の中心に何か色の異なる球体のようなものが蠢いているのがわかった。弱点というにはわかりやすすぎる気もするが、狙うならあそこなのかもしれない。


 「試してみるしかないな!」


 アレンはもう一度スライムに向かって走り出す。それに応対するようにスライムもこちら側に飛びかかってくる。


 「今だ!」


 「!」


 その瞬間、体を屈ませスライムの下に回り込むと体内の球体目掛けて木の棒を突き出した。すると木の棒が球体の中心を貫通し、そのままスライムは消滅していった。


 「やったか?」


 「おめでとう。お前の勝ちだ。」


 心の中にヴァルドの声が響く。


 「正直ここまで早くスライムを倒せるなんて思っていなかった。いい意味での想定外だ。お前の狙い通り、スライムを倒す条件は体内の中心にある核を破壊すること。体をただ殴るだけじゃダメージは全く通らない。」


 やはり自分の予想は正しかったのかとアレンは喜ぶ。


 「だが、スライムの厄介なところはそこじゃない。核を破壊するとはいうが、その中心を綺麗に攻撃しないと完全に破壊することはできないんだ。」


 正直そこまで考えていなかったが、確かに中心を貫いたし、無意識で中心を狙う意識が心の中にあったのかもしれない。


「ほとんどの冒険者も核の存在には気づくが、その中心を攻撃することができなくて殺されることがほとんど。だが、お前はそれを1発で成し遂げた。初めて外に出たガキができることじゃない。たいしたものだ。」


 そう言われ、今までの父との特訓の日々をアレンは思い出す。あの特訓の日々、父に教えられた剣の扱いは無駄ではなかったとアレンは父に感謝した。


 「それにしても魔物って倒したらこの世から消えちゃうんですね。もっとドロドロのぐちゃぐちゃにでもなるのかと…」


 「それはな、いろいろと事情があってだな。そもそも魔物というものがこの世界には最初は存在していなかったんだ。」


 「存在していない?」


 「今から何千年も昔に実在した魔王と呼ばれる存在が、この世に産み落としたのが魔物だ。魔王のその膨大な魔力から産み出された魔物は身体を魔力で構成されており、魂を持たない。だから殺されその身体を構成する魔力を失ってしまったら、魂を持たない魔物はその肉体の形を維持できず、この世から消滅してしまう。魂あっての身体だからな。諸説はあるが。大体こんなところだ。」

 

 身体と魂はその言葉通り一心同体というわけだ。だが、そうなると一つアレンの中で気になることが浮かんでくる。


 「でもその理論だとヴァルド様の身体はもうこの世界に存在しないってことになりませんか?」


 「ああ、そうだぞ。だから俺はこんな魂だけの存在になっちまってるんだ。」


 「…じゃあどうやって生き返るつもりなんですか…?」


 「知らん。だからその方法をお前が探すんだろ。」


 これはかなり長い道のりになりそうだとアレンは悟り苦笑いを浮かべた。


 そんなこんなで休憩を挟みながら道中遭遇するスライムを合計で5匹ほど倒しつつ進むと、その先に小さな町が見えてきた。入り口の前まで行くと『ようこそ!ビギンの街へ!』と書かれた看板が置かれている。


 「ここが…ビギンの街…」


 「おい、早く中に入れ田舎者。そんないちいち驚くような場面じゃないぞこんなところ。」


 ヴァルドの発言に少しイラっとしながらも、町の中に入る。もうすっかり陽が落ちており、店などはもうしまっているところが多く町はすっかり夜に沈んでいた。


 「今日はもう遅いから宿を取ろう。あの赤い屋根の家が宿屋だ。」

 

 「なんでそんなことすぐわかるんですか?」


 「なんでも知ってる神様だからに決まってるだろう」


 何でもかんでも神だからで片付けるのは少しズルくないかと思いつつ、赤い屋根の家に近づいて見てみると確かに宿屋のようで中に入る。カウンターには小太りの女の人が座っており椅子に腰掛け本を読んでいた。


 「すみません。一晩泊まらせていただきたいんですが…?」

 

 「いらっしゃい。旅人さんだね。うちでよかったら泊まってってくれ。」


 「あ、ありがとうございます。」


 「じゃあ一泊200ゴールドね」


 「あ」

 

 お金の存在を完全に忘れていた。そもそも村に住んでいた頃は物々交換が主流だったため、そもそもお金というものを見たことがなくアレンが持っているわけもなかった。どうしようかとアワアワしているとヴァルドの声が頭に響く。


 「おいアレン後ろに手出せ」


 促されるまま、うしろに手を出すとその中に何かがズシンと入った感覚があった。まさかと手の中を確認すると、案の定手の中には大量のお金だと思われるものが握られていた。こいつ本当になんでもありだなと思いつつ、これで足りますかと店主に差し出しそのまま部屋に案内される。小さな部屋だが1人で寝泊まりする分には十分な広さだ。荷物も特にないためそのままベッドに向かって腰掛ける。


 「ところで、さっきのお金はどこから出てきたんですか、いつもの神だからってやつですか?」


 「まあそんなところだな」


 「そのおかげで今回は助かりましたけど、他人からお金奪ったりしてるわけじゃないですよね?このお金」


 「そういうこともしようと思えばできるが、今回はそうじゃないから安心しろ」


 やろうと思えばできるのかいと思いつつアレンはため息をつく。本当にこの神はなんでもありだ。その分人生を奪われた人たちがいるというのが複雑だが、結果的にそのおかげで自分は助けられ続けている。複雑な気持ちに心がぐちゃぐちゃになる。


 「あと、ずっと気になっていたんだが今日から敬語は禁止だ。心の距離を感じて気に入らん」


 「いや、最初に会った時に言葉遣いがどうのって言ってきたのヴァルド様じゃないですか…」


 「あの時は久しぶりに人に会ったからテンサョン上がってカッコつけてみたかっただけだ。あと呼び名もヴァルドでいい。心のきょ…」


 「あーはいはいわかったよ!風呂入ってもう寝るから頭の中で話しかけてくんな!」

 

 そんなこんなで風呂に入った後、アレンはベットに寝転がり目を閉じる。今日一日で本当にいろんなことがあった。家族が殺されたり神の力を外せられたら魔物と初めて戦ったり。圧倒的に辛いことの方が多くこれからの未来もどうなるかわからない。だが、必死に生き抜くしかないヴァルドを復活させる手がかりを探すしかない。改めてそう決意を固め、アレンは眠りについた。

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