先手を打つ

 サテーリテは隊から選抜した配下をふたり連れて、エルマノス平原を臨む街道沿いの小さな集落を訪れていた。こじんまりとした小さな旅籠の脇に牛車が停まっていて、ボロ布のような服を着た少年が牛を拭いている。サテーリテたちに気づくと、驚いてヘコヘコと頭を下げた。領主直属の剣士隊であるサテーリテたちは、質のいい鎧と滑らかな質感のマントに身を包んでいて、少年の瞳の中で輝いている。この地方にこんな物語の挿絵のような騎士が訪れることは滅多にない。

 サテーリテは馬から降りると、少年に気さくに片手を挙げた。


「やぁ。この馬にブラシをかけられるかい?」

「え、あ、はい。他の馬とかと同じようでいいんなら……」


 少年は恐縮しておどおどと言葉を返す。


「まったく問題ない。じゃあ、こいつらの馬も同じように頼むぞ、少年」


 サテーリテは配下の者たちの馬をあごでしゃくると、少年にキラキラと輝く硬貨を渡した。それを見て少年は目玉が零れるほど目を丸くして、急いでブラシを取りに走った。


「隊長、ずいぶん割のいい仕事を与えましたね」


 配下のひとりが笑いながら言うと、サテーリテは少年の背中を目で追いながら声だけを返した。


「構わんだろう。彼の服装を見れば、いつもは割に合わん仕事ばかりをやってることくらいすぐわかる」


 旅籠の扉を押し開けると、中はほとんど無人で、ずんぐりとした背の低い店の女将と、窓際の席でひとり食事をしている赤ら顔の中年、そして、端の席でちびちびとエールを飲んでいる細面の男しか見当たらなかった。

 剣士隊三人はカウンター席を端から三つ埋めて座った。サテーリテはちらりと中年の食べるシチューを見てから残りのふたりに視線をやり、ふたりが無言でうなずくのを見てから女将に指を三本立てた。


「あれと同じものを三つくれ」


 シチューが届く間に三人で馬旅の途中であった出来事の他愛のない話をする。シチューを運んできた女将がサテーリテに尋ねた。


「騎士様、この辺りの人じゃないね。お偉いさんだ。こんな片田舎に何の用事です?」

「ああ、エルマノス平原の辺りに駐屯している傭兵団に用事があってな」

「はあ」


 女将は巨大な乳房を持ち上げるように腕を組んで、眉根を寄せて首を傾げた。その顔にはどこか不安の色が浮かんでいた。騎士が傭兵団の話題を口にするなど、きな臭い以外の何ものでもない。ここはベヌス家の睨み合いが続く土地なのだ。

 すると、突然、隅の席にいた男が顔を上げて鋭い目を向けた。


「傭兵団はなくなったぜ」


 剣士隊三人は一斉にそちらを向いた。細面の男は酔ってこそいるものの、真剣そのものの目をしていて、悪い冗談を言っているようには見えなかった。


「知っているのか?」


 サテーリテが声を返す。


「知ってるも何も、俺はそこで傭兵をやってたんだ。だが、傭兵団は解散。俺は新たな職を探さなきゃならなくなったってことだ」


 サテーリテの脳裏に嫌な予感が過ぎった。だが、それには妙な確信がある。カンセル、リブラとかつてオスクリダドにいた人間が次々に消えている。タウロが次の犠牲者になるのもまったく不思議なことではない。


「詳しく聞かせてくれないか?」


 サテーリテは男に詳細を語るのを促した。男は喋る前にエールを景気よく呷る。


「俺にも何がなんだかわからねぇ。突然、野営地に人形師を名乗る若い女がやって来たんだ。そいつは俺たちの夕食のときに人形を使った芸を見せると言ってたんだが、気づいたときには人形が剣を抜いて団長とやり合ってた。最初から団長をやるつもりで俺たちに近づいたんだよ。そして、団長はやられちまった」


 杯を持つ男の手がカタカタと震え始めた。


「そして、そいつは死んだ団長の首に何度も何度も斧を叩きつけて……いまだに俺は何を見させられていたのかわからなくなる」


 男は自棄酒よろしくエールを呷って飲み干すと、すぐに追加の一杯を頼んだ。

 サテーリテたちは顔を見合わせた。やはり人形が関わっているのか。しかしだ。


「若い女というのは仲間でしょうか。最初からいたんでしょうかね」

 ひとりが疑問を口にした。サテーリテは顎をさすった。この一連の騒動はやはり霧の里が関わっているに違いない。その若い女というのが霧の里ゆかりの人間で、新たな人形を携えて里の復讐に乗り出したと考えると、すべてが符合する。

 しかし、サテーリテには腑に落ちないところもあった。


「生き残りがいたというのが信じられない。常に徹底したやり方を貫いていたはずなのに」

 サテーリテは誰に言うでもなく、ボソボソと独り言ちた。ふたりの配下も正確に聞き取れない程の小さな呟きだ。


「何かおっしゃいましたか? 隊長」


 サテーリテはそちらを一瞥して、なんでもないとばかりにかぶりを振った。目を再び酒に浸る元傭兵団の男へ向ける。


「もし、これから仕事に困るというなら、エスプランドール城下へ来い。金牛傭兵団の男なら腕が立つんだろう。衛兵の仕事に興味はないか? 俺が紹介状を書いてやる」


 杯の水面に目を向けていた元傭兵がはっと顔を上げた。


「さて、この一連の騒ぎはエストレージャ家統治に対する反乱と見ていいだろう。俺の目に相手の輪郭がおぼろげに見えてきた」


 配下のふたりが顔を見合わせてサテーリテに尋ねる。


「どうするんです?」

「闇雲に追っても後手後手に回るだけだ。俺には次の標的がある程度わかる。これからそいつらに手紙を飛ばす。そして、その人形とやらを待ち構えて迎え撃つんだ」

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