西部総督の覇道
晴れた夜空には無数の星々が輝いていた。マルテはそれを見上げて、そのどれかがタウロだったとして、どれだろうとぼんやりと考えた。星のことは詳しくない。ひと際明るく輝いているものが新しく空に登った星なのだろうかと思ったりもした。正面に目を移せば、胡坐をかいて座るティエラがいる。すでにタウロの首はリブラのときと同じように高温の炎によって遺灰にされており、それを使って死んだばかりのタウロが降霊させられるのである。
ティエラは遺灰を使って顔に十字をかき、瞑目合掌してまじないの言葉を唱えている。
唱え終わって再び目を開いたときには、それはもうティエラでない。
「まさか自分が呼び出される側になるとはな」
タウロは開口一番、気だるそうに言葉を吐いた。どこまで自分に自由が許されているのか確かめるように身じろぎする。
「お人形さんが知りたいのは他の連中の情報か」
タウロがポツポツひとりで語り始める。
「俺は根無し草のように王国内を転々としてたからな。やつらのその後にはそんなに詳しくない。どいつもこいつも俺を馬鹿だと思って相手にしなかったしな」
タウロが笑い声を上げる。
「だが、サヒタリオなら知ってるぞ。アルコ山地の辺鄙な山奥でひっそりと暮らしてるんだ。麓の村で一度顔を合わせたことがある。たしか、二十も歳の離れた若い妻を娶ってな。娘もひとりいるはずだ。オスクリダドで散々血生臭いことをやっておきながら、平然と長閑な場所で平和な家庭を築いて暮らしてやがるんだぜ。俺からすればあいつが一番狂ってるな」
そこまで一気に喋ると、タウロは空を仰いで溜息を吐いた。
「あの」
静観していたマルテが、そこで口を挟んだ。ティエラが降霊術を使っているときは、当事者からかつてのことを聞ける数少ない機会だ。
「ああ。娘。おまえもオスクリダドに恨みを持っているのか。まぁ、俺たちも恨みを買うようなことならいくらもやってきたからな」
「いえ、私は違います。ただ、知りたくて」
「知りたい? 何を」
「エストレージャ公は内乱の長引く西部を統一して平和をもたらした方です。私はそんな公が霧の里を焼いたというのがいまだに信じられないのです。一体、何があったんですか?」
霧の里の一件はなぜ起こったのか。マルテは知りたがった。ティエラはエストレージャ公を邪悪な人間として語るが、公には公なりの理由があるなずなのだ。
だが、それはある意味ではマルテの願望でもあった。万が一、マルテの納得できる理由が見つからなかったら、果たしてこれから公をどういう人物として見ていけばいいのだろう。そしてそんな公が統治する王国西部は、これからどうなってしまうのか。
「残念ながら俺はシリオ公の人と成りを詳しく知ってるわけじゃない。ただな、シリオ公は聖人君主なんかじゃないんだよ。たしかに西部を統一したかもしれん。だが、結局は戦で何人もの人間の命を奪ってるんだ」
マルテは一瞬、言葉に迷った。
「ですが、戦で相手を死なせるのと、無辜の民の命を奪うのとは違うでしょう」
そこまで言うとタウロが強引に口を挟んだ。
「理由や手段が違っても、やってることの本質は一緒だ。どのみち人が死んでるんだ。そして、そうやって平和は築かれた。なら、それでいいじゃないか」
いいわけがない。だから、ティエラは復讐に乗り出したのだ。そこまで考えて、マルテは突然自分が何を考えているのかよく分からなくなった。いつの間にかシリオ公の暴虐を認め、ティエラに感情移入している自分に気付いたからだ。マルテは慌てて首を振った。
「とにかく、シリオ公にはなにか理由があったと私は思ってるんです」
「理由があっても、シリオ・エストレージャが残酷な男であることは変わらない」
それは明らかにティエラの口調だった。いつの間にか人形の中身がティエラに戻っていたことに、マルテの心臓は飛び跳ねた。
「ティ、ティ、ティエラ! い、いつの間に!」
「勝手に死者と話をするの、やめてくれる? 重要な情報を喋らせてるのに」
「ご、ごめん。でも、私も霧の里であったことが知りたかったから」
「マルテが知りたいのは、どうしてシリオ・エストレージャが里を焼いたのかの理由でしょ」
ティエラにはすべて筒抜けだった。マルテは狼狽して口をパクパクさせた。ティエラは涼しい目でマルテを見据えた。マルテは背筋が凍り付く感覚を覚えた。タウロの元では密かにティエラを裏切ろうとした。まさか、それも気付かれているのだろうか。
「少し不思議に思ってる。どうして、マルテはそんなにエストレージャ公を崇拝しているのかをさ」
マルテは首を傾げた。
「西部は王国内でも小貴族たちの争いが頻発しててあちこちで戦が起こってた。それを終わらせたのがシリオ公だよ。私の両親が安心して商売ができるようになったのもシリオ公のおかげだもの」
「でも、その両親は賊徒の手にかかったんでしょ」
マルテは息が詰まりそうになった。そう、平和なはずの世の中で両親は命を落とした。しかもそれはたった数日前のことだ。マルテは考えないようにしていた自身の孤独を突然突き付けられ、狼狽した。そして、心の傷を抉ったティエラに対して怒りが込み上げてきた。
「そんな言い方って」
「……ごめん。言い過ぎた」
マルテの怒りが沸騰する前に、ティエラはすぐに謝った。ティエラが突然見せる素直さ。ティエラはときどき急にマルテと変わらない少女の一面をのぞかせる。そんなとき、マルテはティエラが若くして命を落としたことを実感する。怒りが急激に冷めた。
「マルテも悲しいよね。両親がいなくなっちゃって」
ティエラはティエラなりにマルテに気を遣っていた。マルテは首を振った。無論、悲しいのは間違いない。
「うん。あの人たちはいい人たちだった。本当の両親じゃなかったけどね」
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