傭兵団解体ショー


 首なし男の背後に立っているのはもちろんティエラだった。タウロの血走った目がそれを見据え、憤怒の鼻息が放たれた。


「貴様らぁっ!」


 タウロは後ろに立てかけてあった戦斧をむんずと掴む。大きな両刃のついた長柄の武器だ。普通の人間なら持ち上げるのも難儀しそうなその得物を、タウロは軽々と振り上げる。

 ティエラはタウロの注意が戦斧に向かったそのわずかな隙を突いた。邪魔になっているマルテを体当たりで脇へ押しやり、飛び上がりざまに高い位置のあるタウロの首筋を剣で狙う。

 しかし、剣はタウロの首を捕えなかった。ガチリと固い音が響く。タウロは振り向くと同時に、ティエラの剣を歯で噛んで止めたのである。タウロはまさしく猛牛よろしくそのまま頭を振り、首の力だけでティエラを振り飛ばした。


「痴れ者がぁ!」


 タウロは怒りに任せて戦斧を振り回す。マルテは悲鳴を上げ必死に地面を這って、芋の詰まった木箱の裏へと身を隠した。振り回された戦斧の嵐は天幕の支柱をへし折り、布をズタズタに切り裂いていく。瞬く間に天幕は巨大なボロ布と化して崩れ落ちた。

 天幕に覆われ右も左もわからない状態である。マルテは地虫のように這い回り、なんとか天幕の裂け目を見つけると、そこから頭を外へ出した。見ればすでにタウロとティエラが青空の下で対峙している。何事かと集まってきた傭兵団の面々がその外で円になっている。

 ティエラが真っ直ぐに剣をタウロに向けている。


「あんたは昔から暴れるのが大好きだったよ。大切な依り代人形をいくつも壊して、里の家々をことごとく破壊した。生活の礎が瓦礫と化していく様子を、みんな涙を流しながら見てたよね。西部統一後も自分の破壊衝動を発散できる居場所を得るために傭兵団を作ったみたいだけど、破壊に取り付かれた迷惑なやつに居場所なんてない。さっさとお星さまになっちゃえばいいんだ」

「ようやく思い出したぞ。たしか、霧の里だな。死んだ人間の魂を人形に宿らせるとかいうペテン師の里だ。たしかに破壊し尽くしたな。人形もヘミニスの炎で全部灰にしたはずだが、どうして燃え残った。今度はどんなペテンを使ったんだ?」

「私はあんたたちオスクリダドに復讐をするために人形に宿って蘇ったんだ。それをペテンと嘲るなら、いくらでも嘲ったらいい。どうせすぐに笑えなくなるんだ」


 タウロが呵呵大笑する。


「貧相な人形風情が俺に勝てると思うか! 実際、笑えるな!」


 タウロは笑い声を唸り声に変えて、旗でも振るかのように、片手で長柄の戦斧を振り回す。そして、その勢いのまま、ティエラの頭上に振り下ろした。まともに食らえば、木製の人形などひとたまりもないだろう。

 だが、そんな大味の攻撃を食らうティエラではない。まるで風に舞う木の葉のように身を翻し、斧の軌道をかわした。地面に叩きつけられた斧が大地を揺らし、土埃が舞い上がった。

 ティエラはおちょくるように手招きした。


「あんたは体も大きくて力も強いけど、動作がいちいち大きくて当たる気がしない。一対一ならカンセルの方がよっぽど手ごわい」

「ガラクタがいちいち気に障る」


 タウロのこめかみに畝のような血管が浮き出た。

 タウロは再び斧を頭上で降り回して勢いをつけると、今度は横に薙いだ。タウロの一撃の恐るべきは、その重さではなく速さだった。長柄の戦斧をまるで片手剣でもを扱うように繰り出すのだ。ティエラは剣を縦に構え、左腕を剣の腹にあてがって斧を止めた。だが、その圧力の前にその体は軽々と吹き飛ばされた。

 マルテが思わず伏せた身を起こした。ついに復讐人形を仕留めたか。

 しかし、地面を転がったティエラは片膝をついて立ち上がった。土に汚れてはいるもののまるで無傷だ。派手に吹き飛んだのは、敢えて飛ぶことで威力をやわらげたに過ぎなかった。

 そこへタウロが砂塵をまき散らしながら猛然と駆け寄る。戦いの主導権を譲る気もなく戦斧を振り下ろした。ティエラが再び地面を転がって攻撃を回避し、ばねのように跳ね起きて、剣を振り抜いた。

 タウロは引き戻した斧の柄で剣を止めると、ティエラを押しやり、前蹴りを放った。ティエラが積まれた木箱のピラミッドへ突っ込む。木箱には酒瓶が敷き詰められていて、それが割れるけたたましい音が響いた。

 タウロは大股で歩み寄り、ティエラの埋まった酒瓶の山を戦斧で薙ぎ払った。木箱と酒瓶が粉々に砕け散り、まるで波濤のように飛び散った。


「ああ……俺たちの酒が……」


 誰かがぼそりと呟いた。

 酒でぐちゃぐちゃになった無残な破片の山の中に、ティエラの姿は見当たらなかった。粉々に飛び散った木っ端には、ティエラだったものもあっただろうか。タウロが満足そうな笑みを浮かべる。

 マルテは息を飲んだ。消えたと思われたティエラの姿を見つけたからである。ティエラは木っ端微塵になどなっていなかった。振り抜かれた戦斧に乗っていたのである。大量の酒を浴びて深い赤紫に染まっているものの、やはりその体はほとんど無傷だ。

 タウロが気づいたときには、ティエラはその長柄の上を滑っていた。そして、水平に構えた剣を、タウロの顔面を目掛けて突き出した。だが、タウロは再び口を開き、その剣を噛んで止めた。だが、ティエラは予見していたかのようにあっさりと剣を手放す。そして、隠し持っていた木箱の破片を突き出した。その先端は鋭利に尖っていて、易々とタウロの片目に埋まった。

 猛牛が苦悶の雄叫びを蒼穹に響かせた。ティエラはダメ押しとばかりに飛び上がり、突き刺さった木っ端をさらに蹴り込んだ。

 残酷な場面にマルテは思わず目を背けた。

 牛頭に深々とめり込んだ木っ端は、頭部の致命的な場所まで到達した。世にも恐ろしい叫び声を上げながら、タウロが大の字になって倒れ伏す。その巨躯が何度も痙攣を繰り返す。ティエラはその上に着地し、涼しい顔で吐き出された剣を拾い上げた。やがてタウロの動きが止まった。絶命したのだ。


「よし。これで三人目」


 囲んでいた傭兵たちが皆、絶句したまま固まっている。タウロはただの牛頭の狂人ではなかった。禁断の外科手術の施術は頭だけでなく全身に及んでいる。正真正銘、人外の怪物なのだ。それを退けた動く人形に脅威を感じない者などいなかった。

 マルテはティエラの勝利に目を奪われていたが、ハッと我に返り、こそこそと荷物の影を移動し始めた。この傭兵団の野営地にティエラを連れてきたのは、他でもないマルテ自身だ。たとえそれがティエラの案だったとしても、傭兵たちにとっては、危険な人形を持ち込んだ女でしかない。このままここにいて無事でいられようはずがないのだ。

 傭兵たちの注意がティエラに向いている間に逃げなければ。しかし、その思いは早々に挫かれた。マルテは急に頭部に激痛が走った。誰かがマルテの絹のような細い髪を乱暴に引っ掴んで持ち上げたのだ。


「お嬢ちゃん。逃げられると思ってんのか?」


 髪の毛を編み込んだ屈強な傭兵が顔を近づけ、欠けた前歯を剥き出した。


「や、やめてっ」


 力任せに引っ張り上げられて、マルテはつま先で立っている。


「あの人形を動かしてんのは、おめぇだろうが!」


 案の定、傭兵たちはこの流血騒動をマルテが仕組んだものだと思っている。傭兵が腰にぶら下げた反りのあるサーベルを抜いた。


「てめぇが死にゃ人形は止まるんじゃねぇのか!」


 マルテの全身から汗が噴き出した。このままだとタウロの次に天へ上ることになる。この状況で命が助かる方法はひとつしかなかった。


「ティエラ! 助けて!」


 短い間だが旅程を共にした人形、さきほどのタウロとの戦闘に乗じて破壊されないかと願っていた人形に、マルテは助けを求めた。ティエラにとってマルテは勝手について来た人間だ。しかし、ティエラはマルテの叫びに応えた。


「その子を放せ。私の目的は終わった。あんたたちに危害を加えるつもりはない。ただし、もし、その子に傷ひとつ付けてごらん。団長と一緒に夜空に輝くことになるよ」


 ティエラは水平に構えた剣でゆっくりと扇を描いた。ここにいる全員の命を奪うと仄めかしている。


「あの人形を止めろ!」


 マルテの髪を引っ張り上げたまま傭兵が叫ぶ。至近距離で怒声を浴び、マルテは身をこわばらせた。


「あれは勝手に動いてるの! 私には止められない!」

「嘘吐け! 人形が勝手に動くか!」

「ブブー。時間切れ」


 刹那、キラリと光るものが飛び、傭兵の首を掠めた。あっと声を出したのも束の間、傭兵の首から鮮血が噴き出し、よろめいてくずおれた。地面には割れた酒瓶の破片が転がっている。破片の縁はナイフのように鋭利だった。

 もう誰もその場を動こうとしなかった。ティエラは悠然とマルテに歩み寄った。

 マルテが顔を上げるとティエラと目があった。


「あ、ありがとう。助かったよ……」


 ティエラの瞳は作り物ではあるが、人間のそれと遜色なかった。その瞳には魂が宿っているのだ。その澄んだ瞳に、マルテはささやかな罪悪感を抱いた。ティエラは、危険な目に遭っても手は貸さないと言っていたのにマルテを助けた。だが、そのマルテはティエラを裏切って亡き者にしようとしたのだから。


「そこのあんた」


 ティエラは唐突に立ち尽くした傭兵のひとりを指差しながら近づいた。


「それ、貸して」


 そう言って硬直したままの傭兵の手から、斧を強引に奪い取った。本当ならティエラと戦うために握ったものだ。


「戦利品としてこれはもらっていくよ」


 誰もがその斧のことだと思ったろう。しかし、違う。ティエラは茫然と見ている傭兵たちの前で、タウロの首に斧を叩きつけた。立派な牛頭を切断するためだ。それを燃やして遺灰にするのである。何度も振り下ろされる斧が、分厚い筋肉と中の骨を断っていく。聞くに堪えない音が青空の下に響いている。マルテは顔を背けて込み上げるものを我慢した。


「好き勝手しやがって!」


 誰かが憤懣やるかたなしと苛立ちの声を上げた。しかし、ティエラは気にする様子はない。飛びかかって来ないなら相手にする必要もない。首の切断が終わると、団長の体液に塗れた斧を傭兵の胸に押し付けた。


「はい。ありがと」


 ティエラはタウロの頭部を背負って歩き出した。マルテは人見知りの子供のようにその後についていった。残された傭兵たちを気にしながら。

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