金牛傭兵団

復讐人形

 マルテとティエラは農作物と一緒に牛車の荷台で揺られていた。荷台の縁に腰を下ろし、足を投げ出したまま、遠ざかる景色を眺めている。

 ティエラは次の標的である金牛傭兵団を率いるタウロの元を目指していた。金牛傭兵団は、エストレージャ家の旗手であるベヌス家の居城近く、エルマノス平原に陣を構えていた。そのエルマノス平原の反対側には、もうひとつベヌス家の居城があった。このふたつのベヌスは長らくどちらが本流かを争い続けており、今でも大昔の怨恨を受け継いでいるのだった。両家ともに違いを殲滅する機会をうかがっており、きっかけさえあればいつでも武力闘争が勃発しかねなかった。

 生粋の戦闘者であるタウロは、常に闘争を求めており、この二家の間に陣を構え、自慢の戦斧を振るう機会をじっと待っているのである。


 ふたりを乗せた牛車はエルマノス平原近くを通過する予定があった。ふたりはそれに便乗させてもらうことにした。さいわい、血の惨劇となったリブラの闇市では、悪漢たちが蜘蛛の子を散らすように去り、汚れた貨幣がたっぷり放置されたままだった。つまり、ふたりには潤沢な路銀があり、それを使えば大抵の無理は押し通った。牛車に便乗するなど造作もないことだった。


 マルテはそっと隣をうかがった。野営を出発してからずっと、ティエラが霧の里の話をしてくれるのを待っているのである。牛車はいよいよエルマノス平原付近に近づいている。ティエラはいつ話し出すつもりなのだろう。

 ティエラは闇市で奪ったドレスを着ているが、そのスカート部分を、動きにくいという理由で短く切ってしまった。マルテはティエラを説得してタイツだけ履いてもらうことにした。極力、ティエラが人形であることはバレてほしくない。露出した人形の足を隠したいのだ。復讐に取り付かれたティエラは自身の風貌を気にしないが、同行するマルテは別だ。旅程ではできる限り面倒を減らしたい。


 遠ざかる風景にじっと目を向けていたティエラがあごを上げ、空を見上げた。


「いい天気」


 実際、まるで洗ったような蒼穹である。


「霧の里では年中霧が出ていて、真っ青な空なんて見ることなかった」


 ティエラが唐突に話し始めた。マルテは真剣な表情で耳を傾けた。


「霧の里で一人前の降霊術師と認められると、ようやく里を出ることが許される。外の村々で現世を離れた魂と生者とを繋ぐ手助けをするんだ。みな、亡くなる人とちゃんとした別れの挨拶をできるわけではないからね」


 マルテはうなずいた。降霊術によって亡くした人と言葉を交わせるのならば、すがりたい者も少なくないだろう。


「西部統一に乗り出したシリオ・エストレージャは、新たに加えた領地に降霊術の一族が住んでいることを知って、先代の領主と対話するという催しを行ったんだ。エスプランドール城に赴いたのは当時もっとも腕がいいと言われた術師だった。でも、降霊した先代の言葉をシリオは気に入らなかった。降霊術が失敗するはずはない。先代の言葉は本当のはずだ。でも、シリオ・エストレージャは降霊術と称したペテンで侮辱を受けたとして、不敬の罪で降霊術師の首をはねた。そして、霧の里の降霊術を邪悪な死霊術と断じて、里の外にいる降霊術師を見つけては命を奪い、最後には里に火を放った」


 マルテは驚きで目を丸くしていた。賢君として知られるエストレージャ公は、西部統一の大事業の多くを対話によって解決していた。武力が必要なときも無益な血は流さなかったと言われている。そんな慈悲深い君主像からは想像もできない残酷な姿である。


「ようやく一人前と認められて里を出る許しをもらった矢先、私は地獄の業火で里もろとも焼かれた。生前、こんな青い空を見ることも叶わなかった。私は今、こうして人形の体を借りて空を見上げることができてるけど、それすらできなかった術師見習いは大勢いた」


 それからしばらくは牛車の軋む音だけが響いた。マルテはどう言葉を返していいのかわからない。ティエラが話すのを止めれば、ただ沈黙だけが微風になびくだけだった。


「その、亡くなった術師とは話せたの?」


 マルテはようやくそう言葉を絞り出した。つまり、降霊術を使って話はできたのかということだ。リブラにやったように、本人から声を聞くことができれば、エスプランドール城で何があったのか詳らかに知ることができる。しかし、ティエラは首を横に振った。


「遺灰がないと降霊術で魂を呼び出せない。何が起こったのかは、里にやってきたエストレージャ公配下の者たちの口から聞いた。彼等は降霊術を侮辱し、嘲笑していた。降霊術師は不敬を働いたから処刑されたって。でも、そんなのは絶対に真実じゃない」


 からりとした天気とは裏腹に重い空気が漂う。


「私の怒りと無念、いや、里の皆の怒りと無念だ。それが私の魂を人形に留めたんだ」


 ティエラが震えるほど強く拳を握って胸に当てた。魂を呼び戻して死者と対話する降霊術師だ。その耳の内では、燃え盛るような死者の言葉が響いているに違いない。


「里を焼いたのはオスクリダドと呼ばれる、表に出来ない仕事を任されるたった七人しかいない連中だった」


 ティエラは手を広げて指を折っていく。


「カンセル、リブラ、タウロ、サヒタリオ、ヘミニス、ピスシス、レオン。これに命を下したシリオ・エストレージャを加えた八人が私の復讐の対象。私は彼等を星にして空に上がった里の皆に懺悔させてやるまで、絶対に止まるつもりはない」


 美しい容貌の人形が涼しい顔で淡々と胸の内の怒りを言葉に変えて吐き出す。マルテは自分が震えていることに気が付いた。隣に座っているのは具体を得た怨霊だ。

 そんな中、牛車の御者が荷台を振り返って能天気な声を投げかけた。


「おーい、娘さんたち! そろそろエルマノス平原だよ!」


 降り立ったエルマノス平原では青々とした草が風に揺れていた。風上に目を向ければ平原の向こうにベヌス家の居城が見える。風下に目を向ければもうひとつのベヌス家の城も見えた。


「さあ、復讐に向かうよ。約束、忘れてないよね?」


 ティエラはフードの奥からマルテを見やった。牛車に乗る前にマルテはティエラと約束したことがあった。それは、ティエラが霧の里の話をする代わりに、マルテはタウロに近づくための手助けをするというものだった。

 マルテは神妙にうなずいた。復讐の手助けはしたくないが、タウロに近づくくらいならいいだろう。それに、マルテにだって別の思惑があった。


「じゃあ、作戦のおさらいをしよう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る