覇者の憂鬱

 王国西部、エスプランドール城。王国西部総督シリオ・エストレージャの居城である。同時に王国西部の治世を統括する西部総督府である。

 ホールの扉を開け放ち、姿を現したのは、近衛剣士隊の隊長サテーリテだった。軽装鎧をカチャカチャと鳴らしながら、足早に領主シリオの座す玉座へ向かう。漆黒のローブを纏った側近となにやら話し込んでいたシリオは、サテーリテの姿を認めるや否や、手を振って側近を下がらせた。

 玉座の前まで来るとサテーリテはかしづき、首を垂れたまま言葉を放った。


「リブラが死にました」


 わずか白の混じったシリオの眉が片方上がる。サテーリテは続ける。


「リブラが統括する闇市が突如何者かの襲撃を受け、そこにいた他の盗賊たちと共に首を斬られたとのことです」

「間違いないのか?」

「はい。宿場町近くの平原に何者かの野営の跡が見つかったそうなのですが、そこに黒焦げになった死体が放置されており、おそらくそれがリブラの亡骸ではないかと。死体から確かめる術はありませんが、そこにリブラが愛用していた眼鏡が落ちていたらしいのです」


 シリオは憂鬱そうに唸った。


「先日、カンセルが行方不明になったばかりではなかったか」

「はい。そこでもうひとつ気になることがありまして」

「言え」

「現場に居合わせ幸運にも逃げ延びた数名の賊徒連中が、近隣の酒場に姿を現したらしく、下手人は人間ではなかったと口にしているとのことです」


 シリオが眉を潜めた。


「待て。おまえの話ではたしか、カンセルの砦の生き残りが、下手人は人形だと言っていたのではなかったか?」


 サテーリテは無言で領主を見上げた。


「人形が襲ってくるなどという話は信じがたいですが、似たようなことが二度立て続けに起こったとなると、何かの間違いだと断じるわけにもいきますまい」


 シリオは頭痛を気にするようにこめかみに手をやり揉んだ。サテーリテはなおも続ける。


「それに、気がかりなのはその標的です。カンセル、リブラ」


 すると、その続きをシリオが強引に奪い取った。


「オスクリダド。我が覇道の裏で、血生臭い仕事を請け負った者たちだ」


 サテーリテが首肯する。


「恨みならいくらでも買っています。復讐の線はありましょう。オスクリダドが解体してから久しいですが、逆に言えば刃を研ぐ時間が充分にあったということ」

「だが、後々のことも想定して、オスクリダドを動かすときは、生き残りが出ぬよう徹底的にやったはず」


 シリオが怪訝そうに眉を寄せる。サテーリテが再び首肯した。シリオは陰鬱な表情を浮かべて、高い天井を仰ぎ見た。


「人形か……」

「気になりますか?」

「西部を統一するため多くのことをやってきた。不思議なもので、人には誇れぬ所業の数々こそ、鮮明に覚えているものだ。人形を使い降霊術を行う一族もいたな」

「一族郎党里ごと焼き尽くしました。しかし、あれはやはり閣下に対する無礼と判断する他なかったのでは」

「あのときはペテンと断じたが、あるいは事実、霊だの魂だのを自在に操ることができたのであれば、命を失ってなお、現世で復讐を果たそうとすることも可能か」

「しかし、あれはもう二十年は前の話。今さらあの死霊術を信じるおつもりで?」

 シリオの目が僅かに険しさを帯びた。

「信じてはおらん。だが、あれがペテンか否かはどうでもよいのだ。ただ、不敬を働いたと判断せざるを得なかっただけのことだ」


 西部統一のために駆け抜けていた頃は、どんなことも徹底的にやり抜く厳しさと辛辣さが必要だった。結果、その徹底ぶりがシリオを西部総督にまで押し上げた。迷いなく振り抜いた辣腕だが、結果がそれを肯定している。


「オスクリダドの連中は、歴史に記されてはならんエストレージャの暗部を知る者たちだ。ピスシスやカンセルには表の役職を与えて口を閉じるよう仕向けていたが、遅かれ早かれ永遠に口を封じる必要はあった」

「無論、心得ております。ですから、カンセルの元へ向かったときも、私は口封じの良い機会だと見たのです。ですが、カンセルは私が到着する前に何者かの手にかかっていた。好都合と言えばそうですが、しかし、だからと言って静観しておくわけにも参りますまい」


 これ幸いとばかりに痴れ者が面倒を排除していく様子に任せるというつもりなのだろうか。サテーリテはシリオがまだ何も言わないうちから、諫めるような視線を向けた。


「シリオ様。私が懸念しているのは、オスクリダドの誰かが、この一連の事件を、まさしくシリオ様が主導した口封じだと勘繰ることなのです。ピスシスなどは今や一城の主。早まって蜂起などすれば厄介極まりありません」


 主上に訴えるサテーリテの脳裏に、あの占星術師の言葉が蘇る。


 近しい人間が災いを連れてやってくる。


 まさしく、かつて主の元で多くの汚れ仕事に携わった者が、その血塗られた刃を向けるとも限らない。ペテンと断じた占い師の戯言を、自ら現実のものとしてしまうのは滑稽この上ない。


「おまえの言う通りだな、サテーリテ隊長。我が元へもいつ災いが降りかかるとも限らん。妻と息子を早急に退避させろ。サトゥルノ城がよかろう。娘と孫の危機と聞けば助力を惜しむこともあるまい」

「すぐに手配いたします」

「そして、この件については引き続き調査を続けろ。オスクリダドを勝手に消してくれるのはありがたいが、好き勝手に暴れられるのは都合が悪い。早急に正体を暴き、処理するのだ」


 シリオは片手を振った。サテーリテは深く頭を下げる。


「仰せのままに」

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