死者との語らい

 声はティエラだがその口調は明らかに別人のものだった。リブラを降霊した人形がぐるりと辺りを見回し、最後に自分の両手を眺め見た。


「ふ~ん。つまり、私はあの忌まわしい依り代人形にやられた。なるほど。それで早速、降霊させられたというわけだね」


 人形は見える範囲の自分の様子を確認する。


「おやおや、こんな可愛らしいドレスを着て。売り物だよ、これは」


 ひとり喋る人形にマルテは見入っていた。たしかにティエラとは別人だが、本当にあの眼鏡の元締めの魂が降霊しているのだろうか。降霊術がインチキでなければ、これはティエラの姿をしたリブラなのだ。リブラは身じろぎして舌打ちした。


「体の自由が利かんね。自分で自分の体をバラバラにしてやろうと思ったが、単純に体に降霊するだけじゃないということか。まったく、心底忌々しいね。それで、他の連中の情報を喋らせようと言うんだな」


 その独り言は、まるで誰かと話をしているかのようだった。見えないところで体の持ち主であるティエラと会話をしているのかも知れない。マルテにはそう感じた。


「我々は仲良しグループではなかったんだ。全員の動向を知ってるわけじゃない。特に立場を得て偉くなったピスシスやレオンとは疎遠だ。逆にタウロはよく私を頼ったよ。武器を調達して欲しいってね。あんな奇人も金牛傭兵団なんていう傭兵団の団長だからな。今は北部平原のあたりにいるんじゃないかな。あそこは西部内乱以前から小競り合いを繰り返している場所だ。今でも戦の匂いがするらしいし、暴れる口実を探してるんだろう」


 一気呵成に喋るとリブラは溜息を吐いた。


「さぁ、喋ったぞ。もう楽にしてくれていいだろう」


 喋らせたいことを喋らせたら、ティエラはこのままリブラを解放するだろう。マルテは腰を浮かせた。


「あ、あの!」


 リブラがいなくなる前に声を上げる。二十年前にあった出来事を、ティエラ以外の人間の口から聞いてみたかった。邪魔はしないと約束したが少しくらいの質問は許されてもいいだろう。

 リブラの目が初めてはっきりとマルテに向いた。


「ああ。なんだ。盗品と一緒に連れて来られた女の子か。よかったねぇ。命拾いをしたんじゃないか」


 決して優しいわけじゃない皮肉っぽい口調だった。


「少しでいいから聞かせてくれませんか? 二十年前に何があったのか」

「二十年前?」


 リブラがまばたきもせずにマルテを見据えている。


「二十年前、霧の里という降霊術師の里が焼かれて。住民がみな亡くなったんだって聞きました。ティエラはその里の人で、そのことを復讐するために旅をしてるって」

「だったらこの復讐人形に直接聞けばいいだろうに」

「ティエラも知らないことだってあります。だってティエラは一人前の術師に認められてからすぐに亡くなってるから」

「なるほどねぇ」


 リブラは可笑しそうに笑って揺れた。


「まぁ、そうだな。エストレージャ公が主動した血生臭い行為はすべて墓場まで持って行くという約束だったが、実際もう墓場までは持って行ったことになる。これは約束破りにはならんだろう」


 霧の里の件に直接関わった人物からも、はっきりとエストレージャ公の名前が出た。


「エストレージャ公。やはり、エストレージャ公が?」

「そうだよ。公は西部統一を成し遂げた偉人だが、その道程は決して綺麗とは言えない。無論、お人好しではそんな大事業など成し遂げられんもんだが、公の場合、もともと気性の激しい一面があって、若い頃はより顕著だったからね」


 領民は領主としての公しか知らない。しかし、実際に公の下にいた人間は、民の知らない公の一面を知っているのだ。


「霧の里の話をすると、里の者たちをひとり残らず始末するのが我らに与えられた仕事だった。私はひとりも里から逃さない、かつ、効率よく仕事が進むような作戦を立てた。住人を始末したり、人形に火を点けるのは他の連中がやった。私はひとりひとりに直接自分の手を下すのは、労力もかかるし面倒で好きではなかったからね。ただ、私の狙い通りに里が焼けていく様は気持ちよくもあったよ」

「酷い。里が焼けて人が死んでいるのに、気持ちいいだなんて」


 マルテがあからさまな嫌悪感を示すと、リブラは声を縦て笑った。


「我らはそういうろくでもない連中だけでできた集団だったんだよ。オスクリダドと名前がついていた。そして、エストレージャ公が作る歴史の暗部を担ってきたんだ。どんなゴミも使い様によっては有用な道具になる。言わば汚れ役だね」


 マルテは言葉を失っていた。


「驚くのも無理はないな。キミたちにとってエストレージャ公は立派な大人物だろうからね。もちろん、西部統一以降の治世を安定させるためにはそういう評判を広める必要はある。暴君に人はついてこない。だから我らは行儀よく口をつぐんでいるんだよ」


 リブラは笑うように揺れる。


「さぁ、そろそろ終わりだ。もう休ませてくれ」

「ま、待って下さい。どうしてエストレージャ公は里を焼くなんてことをしたんですか!」


 マルテは片手を伸ばした。だが、リブラは何も答えずに目を閉じた。肩が落ち、首が垂れる。目には見えないが、魂が人形の体から抜けたのは明らかだった。マルテは伸ばした手を引っ込めて拳を握った。人形が再び目を開け、首を持ち上げたときにはそれはティエラに戻っていた。


「次のお星さまは決まった。金牛傭兵団の団長タウロだ」


 黒こげのリブラをそのままにして、ティエラは次の復讐へ向かおうとする。


「待って、ティエラ」


 マルテはティエラが体に巻いた布を掴んで呼び止めた。


「ねぇ、どうして、霧の里は燃やされることになったの?」


 ティエラは素っ気なく振り返った。


「マルテが気にすることじゃない。あなたは邪魔をせずに私に付いてくればいいでしょ」

「私、エストレージャ公は立派な人だと思ってる。復讐されるような人だなんて思ってない。たぶん、みんなそう。だけど、ティエラの復讐が理不尽な逆恨みじゃないってわかった。だから、気になるんだよ」


 ティエラとマルテはしばらく睨み合った。


「……わかった。いいよ。でも今は次の相手のことを考えさせて」

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