第33話 朝の話し合い

「というのが事の顛末なのです」

「だから全員が裸だったのか」

キャミコから昨夜の話を聞いている内に俺の記憶は完全に蘇っていた。


頭、スッキリ、心もスッキリだ。


俺が何かイケナイ事を仲間達に仕出かしたわけではなくて本当に良かった。


二日酔い、起きたら全裸状態、太ったメト。

それらが重なり混乱した状況では一時退却を選択するしかなかったが、これならばメトやヨルガにちゃんとした説明が可能になった。


さっきまでの心配事は解消、これにより心の平穏は保たれるだろう。


キャミコが先に起きててくれて助かった。順番が逆だったら目も当てられない事態になりかねなかったと思う。


「ありがとうございます」

「なんで私にお礼を言っているのです?」

「日頃の感謝の気持ちを伝えているんだ」

「そうなのですか?なら受け取っておくのです」


朝早く起きててくれてありがとう。

ちゃんと服を着ててくれてありがとう。

戦場では護ってくれてありがとう。


心の中でもう一度、キャミコに感謝を込めて礼を言っておいた。


「これからもよろしくなキャミコ。頼りにしてる、いや本当に・・・だから一先ずメトとヨルガが来たら説明のフォローをしてくれると助かる」


キャミコに世話になりっぱなしだなと思いながらまた頼み事をする俺はいつか痛い目に遭うかもしれない。


「貸し一つなのです」


キャミコが人差し指を立てて言った。


「あぁ、この恩はちゃんと返す。心のメモ帳にでも書き込んでおいてくれ」

「なら取り立てずに待っててやるです」

「それは助かる」


キャミコのメモ帳にはマオを無罪の証人になる。貸し一、とでと記載されたのだろうか?

そのメモ帳が文字で一杯にならない内に恩を返せればいいんだけどな。


「キャミコは何か困っていることはないのか?」

「困っていることなのですか?」

「そうだ、恩返しの為に聞いておきたい」

「そうなのですね・・・ならみんなが降りてきてマオの無実の罪を晴らした後に一つ提案をするのでその私の提案に乗ってくれると助かるのです」

「わかった、物凄い無茶な事でなければ賛同する」

「マオにも都合が良いことの筈なのですよ」


俺がキャミコのお願いに耳を傾けていると、

足先を引っ張られる感触がした。

俺は自分の足元に目を向ける。


「リンネ、何やってるんだ?」

「キュイキュイ」


そこにはズボンの裾に手を掛けて俺の体をよじ登ろうとしているリンネが居た。

新しい遊びかね?


「ほら、箱に乗ってテーブルの上に・・・」

と箱を使ってリンネの足場にしようとした時に俺は異変に気づいた。

あれ?箱がない。

周りを見渡すがいつも俺の背後を影のように付いてきていた白銀の箱が何処にも見当たらなかった。

まさか、探索者組合に置いてきたのか?

あそこまでは箱があったのを覚えている。

昨日の夜ヨルガに一泡吹かせたのは箱のお陰だったからな。

王城であの箱を貰った時からずっと勝手に付いて来るのが普通だったので、それが普通の状態だと思ってしまっていた。

どうしよう?あれ失くしたら不味いよな。

王様に返せとか言われたら困るぞ。


「なぁキャミコ、俺の箱知らないか?」


俺は他に聞く相手も居なかったので一縷の望みにかけてキャミコに箱の在処を尋ねた。


「それなら玄関に置いてあるのですよ」


俺が玄関に慌てていくと、キャミコの言う通りにそこにちゃんと箱はあった。

今日も白銀に輝いている。


「ふぅ〜良かった、でもなんでここにあるんだ?」


何故こいつは今まで通りに影のように付いて来なかったのか?

それがわからない。

もしかして所有権がなくなったとか?

俺は箱の操作を試みた。


「・・・ちゃんと動くな」


俺が思うがままに箱は移動した。

箱を操れるという事はまだ所有権は俺にあるのだろう。

理由は不明だが別に困ってないからこのままで良いか。

俺は安易にそれを受け入れて広間まで戻ることにした。

箱はやはりついては来なかった。




広間に戻って椅子に座る。

キャミコが乗せたのか、自分でジャンプして乗ったのかは知らないがリンネはテーブルの上で寝転がっていた。

「今日もあざといな、お前は」

「キュイキュイ」

椅子に座ってリンネを撫でると可愛い鳴き声が返ってきた。


「箱は朝からあそこにあったのか?」


俺はリンネの頭を撫でながらキャミコに質問した。


「夜からなのですよ」

「・・・そうか」


変化があったのは夜からか。

まぁ、それを聞いても何にもわからないんだけどな。


「箱がどうかしたのですか?」

「いや、なんでもない」


一旦箱は放置だな。

困った時にまた考えよう。


「そういえばキャミコは昨日のことを全部覚えているのか?」


俺は箱の話から話題を変えた。


「覚えているのですよ」

「じゃあヨルガが服を脱がしてきたこともか?」

「あれは眠かったので抵抗しなかったのです」

「少しは抵抗した方が良かったんじゃないか?」

それで俺に裸を見られているわけだし、

「マオも人のことは言えないのですよ」

「確かに」

俺もあの時は思考停止してたからな。

キャミコにあーだこーだ言う資格はないか。


「見てすまない」

一応謝罪はしておく、俺に瑕疵はないがこういう事はそういう問題でもない。

相手がキャミコだと素直に謝れるのだから不思議なものだ。これがメトだと謝りたくなくなるんだよな。


「パーティーメンバーなので許してやるのです」

パーティーメンバーってそんな強力な免罪符になり得るのか?

キャミコは特に何も言うでもなく謝罪を受け入れてくれた。

でも頬が少しだけ赤くなっていた気がしたので恥ずかしいのは恥ずかしいらしい。

裸を見られて恥ずかしいとちゃんと思ってくれる女の子がパーティーに入ってくれて俺は嬉しかった。

他の二人は暴れるか露出狂かの二択だからな。


「キャミコが入ったことだし、パーティー登録しないとな」

「まだしてなかったのです?」

「そうなんだよ、色々ゴタついてな」

「ちょうど良かったのですね」

「リンネの従魔登録はしたんだけど、パーティーの方は名前があるだろ?だから一人で勝手に登録することは出来なくてな」


みんなの意見を聞かずに適当な名前でパーティーを登録したら文句が出て二度手間になるに決まっている。

面倒事は一度で済ませた方が良い。


「先にパーティー名を決めないといけないのですね」

「そゆこと」


緊急依頼もこなしたし、そろそろリズベルでの探索者人生も本格的に始まるだろう。

絶対に英雄になる!なんて覚悟はまだしていないがパーティー名を決めて名前を売れば飯には困らなくなるかもしれない。

毎日人間のご飯が食べられる。

なんて素晴らしいんだ。

俺は自分の輝かしい未来を想像して胸を熱くした。




「お茶を持ってくるです、何か食べるですか?」

「リンネ、いるか?」

「キュイ」

「俺も食べるのは大丈夫だ」

「お茶はどうなのです?」

「そうだな、貰えるか?」

「はいなのです」

話が一区切りついてキャミコはお茶を取りに行く為に広間から出て行った。


俺はリンネに構いながらキャミコの帰りを待った。そんな時だ、二階から二人分の嫌な足音が聞こえてきたのは。

その音には怒りの感情が乗せられているように気がした。それは廊下から階段へと進み、一階へと降りて来る。


そして広間の扉を開けて

「アンタ、私とヨルガに何したのよ?」

とメトが叫んだ。


はぁ嫌だ嫌だ。

朝の静けさが台無しだよ。


ドンドンと床を足で叩きながら俺の方へとメトとヨルガは近づいて来る。


「マオ、逃げるんじゃないわよ」


怒りの表情と太っている事で別人に見えるが、声がメトのままなので頭が混乱する。

接近してくるメトの瞳には裸を見られただけではなく、俺達の間にそういうことがあったのではないかという疑念が浮かんでいるように見えた。


やはり彼女は盛大に勘違いしていそうだった。俺もキャミコに話を聞くまでしてたから人のことは言えないけどな。


俺はメトからヨルガに視線を移した。

ヨルガはそっぽを向いた。

こいつは覚えてるな。


裸を見られた恥ずかしさと全員を裸にしたのは自分だと言えない罪悪感が混在したなんとも言えない表情をしていた。


「おはよう、二人とも。よく眠れたか」


俺は普段通りに挨拶する。

だって本当に何もしてないからな?

当たり前のように当たり前のことをする。

こういう時に変な態度を取ると勘違いが連鎖して余計にややこしいことになると相場が決まっている。

だから敢えて二人に何もやましい事はないたアピールする為にいつも通りに振る舞った。


「なんで普通に挨拶してくるのよ」

「なんでって朝だからだろ?とりあえず座ったらどうだ?」

「いいわ、答えの如何によっては、アンタは一回死ぬことになるから」

「朝から物騒だな」

「それだけのことをしたでしょ!?」

メトは髪を逆立てて怒っていた。

顔が怖いよ?

「まずお前は勘違いしてる」

「へぇ、じゃあ昨日何があったのか説明できるって言うの?」

「勿論だ。俺は何もやましいことはしていない」

「聞かせてもらおうじゃない」

「ヨルガにもちゃんと聞いてもらわないとな」

「うむ・・・そうだな」


俺はキャミコに聞かされて思い出した昨日の出来事について話を始めた。




「じゃあこういうことかしら?私が裸を見られたのもアンタの粗末なものを見たのも全部、ヨルガの所為だってこと?」


俺から一番遠い席に座っているのがメト。

その隣にヨルガが座った。

キャミコは戻ってきても位置は変わらない。

リンネテーブルの上で俺に撫でられていた。


俺の話を聞いたメトは途中で口を挟まずに拳を握って何かに耐えていた。

偉いぞ。


「全部というと語弊があるな。まずお前とキャミコが口論を始めて、お前が俺に喧嘩をふっかけてきて、それでヨルガの行動に作用して、俺が暴れて、結果的にそうなったんだ。この中で悪くないのは唯一リンネだけだな」

「キュイキュイ」

名前を呼ばれたリンネは返事をした。


「私は悪くないじゃない」

「そうとも言えない。まぁ五割はヨルガの所為だな、あとの五割は俺達三人で分け合おう、ってことで怒りは沈めろ。わかったな?」

「なんでよっ!」

「お前も悪いからだよ?」

聞いてなかったのかな?

「私、アンタに裸を見られたのよ。この姿のだけじゃなくて前の時の姿の時のも」

「別にいいだろ、俺のも見たんだし、トントンだよ」

「ふざけるんじゃないわよ、私とアンタの裸の価値が同じ訳ないでしょ?」

「何?俺の裸がまた見たいの?仕方ないな。また今度な」

「そんな事を一言も言ってないわよ」

「じゃあ金でも欲しいのか?」

「それもなんか嫌よ」


我儘なやつだな。

みんなで事の責任を分け合うのも嫌。

金を貰って黙るのも嫌。

じゃあ一体どうしたら満足するんだ?


「兎に角、俺が言いたいのは、昨日俺達に間違いはなかったって事だ。そういう関係にはなってない。それだけ分かればいいだろ?」


その勘違いがそもそもの怒りの原因だったんだからな。今のメトは引っ込みがつかなくなっているだけであるのはわかっている。

だから俺はヨルガに視線を送りお前が先に折れて見せろ。と促した。


「そうだな、どうせ私は前にもマオに裸を見られているし、問題ない」


俺の合図でヨルガはこの話を無かったことにした。その内情はこれ以上自分が責められたくないというのが大半を占めていた。


次はキャミコに目配せをして合図を送る。

「パーティーメンバーなのですからそういうことがこれからも起きる可能性はあるのです。私も気にしませんです」


キャミコは一瞬で理解して視線を返し、俺の意見に賛同してくれた。


「俺は別に最初からなんとも思ってない。なんならここで脱いで一日中全裸で生活をしてもいいぐらいに気にしてないぞ」


俺が最後に追付いして三人でメトの方を見る。ほらこれでお前も降りられるだろ?


「私は許せないわ、でも私だけがいつまでも同じことを言っていたらまるで心が狭いみたいじゃない。そうね、よく考えたら別にマオに裸を見られたからって何ともないわね。動物に見られるのと同じよ」


三体一では分が悪い。

強がりにも似た言葉を吐きながらメトは渋々今回の事を水に流した。

心の中でどうかはわからないが、これでなんとか穏便に問題を解決することが出来た。


同調圧力はメトにも有効のようだ。


「二人は朝ごはんいるのです?」

「私は遠慮しておく」

「私もいらないわ」

「じゃあお茶だけ出すのです」


キャミコは二人のお茶を取りにまた広間を出てキッチンへと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る