氷魔術師の受難
第31話 お酒って怖い
頭の底から響くような痛みで目を覚ました。
それは意識した途端に扉をゆっくりとノックするように何度も襲ってくる代物だった。
言うまでもなく今朝の目覚めは最高とは言い難かった。
こういう時は直ぐに目が開かない。
体が上手く動かなくて頭も働かない。
ちょっとずつ暗闇の中で、何だっけ?と思い返すのだ。
昨日は・・・そうか、魔物の群れと戦って、それから戦勝の記念に飲み会を開いて・・・最後に乾杯してからの記憶が、なかった。
メトやヨルガと連むようになってからこんなことが多くなった気がする。
また酒の所為だ。
酒に飲まれて飲まれ続けて気がついたら二日酔い。頭の痛さと酒臭さで目覚めたのは何度目だろうか?
ベッドの上で起きられるということ自体がこの前までありえない贅沢なものなので、それから考えれば二日酔いで目を覚ますなんて事はご褒美だと言っても過言ではないかもしれないが、このままでいいというわけでもない。
次からは気をつけよう。
これも毎回思ってるな、と考えながら俺は目を開けることにした。
目を瞬かせて辺りを見回す。
窓から明かりが入ってきているのがわかった。という事は時間は朝か昼だろうか?
何日も寝ていたわけではないだろうから昨日酒を飲んでそのままここに来たのだろう。
みんなは何処だろうか?
靄がかかったような視界が徐々に鮮明になっていく。
「?」
そうして俺の目に入ってきたのはふくよかな、いやかなり太った女の背中だった。
しかも裸だった。
マジか・・・。
声を出さないように努めて、落ち着くためにゆっくりと呼吸をする。
何がどうしてこうなった?
考えを巡らすが答えは出ない。
誰だ?こんな知り合い居ないぞ。
「んっ」
初めて見る肥えた女の背中を凝視していると、その逆側から小さく漏れる声がした。
俺はハッとして振り向く。
そこにはヨルガの顔があった。
ヨルガと俺に掛けられていた薄い毛布が振り返って動いた反動で移動して、一部が膨らみヨルガの首から下、胸の辺りまでが目線を下げるだけで見えてしまっていた。
見えてしまったと言ったのはヨルガも全裸だったからだ。というか俺も全裸だった。
この状況は二日酔いなど関係なく頭が痛い。
ベッドの上に三人。
俺とヨルガ、それに後は太った知らない女。
その全員が裸で眠っていた。
これはまさか、既成事実ということなのだろうか?
いやいやいやいや、それはない。
絶対にない。
酒を浴びるように飲んだからって有り得ないだろ。そもそもヨルガは脱ぎ女だからな。
こいつが酔っ払って脱ぐのは当たり前みたいなものだ。
じゃあ俺は何故脱いでいるのか?
それにこの知らない女も脱いでいる理由は?
考えると余計に混乱してくる。
いっそ二度寝するか?んなこと出来るわけない。どうするんだよこれ?本当に。
少なくとも俺は何も覚えていない、全くだ。
ん〜どうする?誰か最適解を俺に教えてくれ。頭のいい人助けて。
「ん〜、体が痛いわね」
俺が思考を放棄しかけてここに居ない誰かに助けを求めようとしている間にヨルガの反対にいた太った女が目を覚ました。
ヤバいっ。こんな所でもしも騒がれたら。
頭の中に数十と嫌な予測が浮かんだ。
「ん?マオ?アンタこんな所で・・・」
そしてその見たことない女は重そうな体を動かしてこちらを見て俺の名前を呼んだ。
そしてその声に俺は聞き覚えがあった。
こいつ、まさか、メトなのか?
俺は驚きのあまり色々としなくてはいけないことも忘れて思考が完全に停止してしまった。
「アンタ、見たわね」
そして自分の姿と俺を見比べたメトは寝たままグーパンで顔面を殴ってきた。
俺は吹き飛びべッドから落ちる。
体重が乗ったいいパンチだった。
そして素早く立ち上がりこの部屋の脱出路である扉へ走った。
ガチャ。
「逃げてんじゃないわよ!私のこの姿と裸を見たことそれと粗末なものを見せた責任も取らせてあげるから覚悟しなさい」
裸で駆け出し、少しも体を隠すことなく俺は部屋を脱出した。ヨルガも巻き込まれてベッドから落ちていた気がするが、それに考慮している余裕はなかった。
朝っぱらから女から全力で逃げる全裸の俺。
なんて情けない姿だ。
昨日魔物と向かい合い戦って輝いていた俺は何処かへの消えていた。
バタンと扉を勢いよく閉める。
すると後ろからはメトの怒声。
前方に目を向けると階下へと降りる階段が見えた。
ここが何処なのかも分からない。
誰かいるかもしれない。
でも今は逃げないと。
俺は自分が全裸だということも忘れ、全力で階段を下った。
そしてその先には・・・。
「朝から元気なのですね、マオ」
こちらを見ているキャミコがいた。
「・・・おはよう」
キャミコの目線が俺の下半身に向いていたのは間違いだったと思いたい。
「おはようございますなのです。とりあえず広間に入って座ったらどうなのです?」
俺はキャミコと挨拶を交わした事で落ち着き、案内されるまま席に座った。
「冷っ」
椅子につけた尻が冷やされビクッとした。
キャミコは何も言わずに階段を登っていき、メトの大声が響いた後で一階に降りてきた。
手には俺の服を持っていた。
あの決して戻りたくない部屋から持ってきてくれたようだ。
俺にはキャミコが女神に見えた。
「これを着るのです」
キャミコは服を手渡し俺はそれを有難く受け取った。そのまま彼女は隣の席に座る。
「ありがとう」
「男の人の裸は初めて見たので責任は取って欲しいのです」
そして着席後そんな事を言った。
「・・・・・・・」
俺が魚のように口をパクパクしていると、
「冗談なのです」とキャミコは頬を緩ませた。
「それで何処から話しますですか?」
「乾杯した後のことを全て頼む」
「わかったのです」
ここは何処なのか?なぜ全裸なのか?一緒に寝ていた理由は?メトのあの姿は何なのか?
俺には聞きたいことが山程あった。
「なら最初から全てを話すのです」
メトは昨日の事を思い出すように語り出した。
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